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第100話:間話・天剣の娘

 いつの間にか100話です。

 シンシアの話です。


● ● シンシア視点 ● ●


 戦勝パーティー。


 中心の火の傍で、シンシアは1人、物思いにふけっていた。



 『双刃乱舞』ギャンブラン。

 まったく同じ姿かたちをした、2人組の剣士。

 

 父と同じ『八傑』というこの世の頂点に立つ存在。


 


 ―――まったく歯が立たなかった。


 シンシアは少し前に出会ったそんな強者のことを、思い出していた。


 格が違った。

 今まで磨いてきた剣の、何一つが通用しなかった。


 完敗。

 それが、あの戦いにおける、シンシアの感想だった。


 聞いた話によると、『双刃乱舞』は、かつて父シルヴァディに負けた復讐をするために、シンシアを利用しようとしたらしい。


 アルトリウスを助けようと、奴らの前に姿を現したのは、悪手だった。


 2人がかりでも全く歯が立たず、最後は気絶し、攫われた。

 無様だ。



 そんなシンシアを助けたのは、あの2人だった。


 シンシアがずっと認められなかった剣。


 シンシアにあるはずだった、幼き日々を、犠牲にして作り上げられた剣。


 それを振るう、2人の剣士だ。


 1人はまだ少年だ。 


 父の弟子アルトリウス。


 年下なのに、どこか大人っぽくて。

 距離を置こうとしても、いつもすぐ傍にいる、シンシアの上司。


 誰も殺したくない。戦争が辛い。

 そんな顔をしながら、誰よりも先頭に立って剣を振るい、誰よりも強大な魔法を放つ少年。

 

 きっと、彼はそうして目立つことで、シンシア達隊員の負担を減らしているのだ。

 口には出さないが、節々にそう言ったところが感じられる、不思議な少年。


 いつの間にかシンシアの日常に入り込んでいた変わった少年。


 そんなアルトリウスが、体中に傷を作り、満身創痍になりながら、戦っていた。


 驚きだった。

 その少し前まで、自分と同じステージにいたはずなのに、彼は一瞬でシンシアを置き去りにしたのだ。


 ――「第四段階」。


 達人と呼ばれる領域だ。


 急激な成長――まさに飛躍的な進化だった。


 結果として、アルトリウスはギャンブランの――その片割れを倒した。

 シンシアはアルトリウスの剣によって守られたのだ。



 シンシアを助けたもう1人は、父だ。


 認められなくて、拒絶し続け、ずっと反発し続けていた父。


 そんな父が、絶体絶命の状況で駆けつけてきた。


「・・・よく見ておくといい。アレが――君が認めない剣の――力だ」


 父の戦いが始まる前に、ボロボロのアルトリウスがそう言った。

 

 その剣は圧倒的だった。

 

 シンシアが認めない父の剣。


 シンシアから父を奪った剣。


 そんな剣が、シンシアを救った。


 

 アルトリウスが気絶した後、父が歩み寄ってきた。


 少し難しそうな顔をしていた。


「・・・無事でよかった」


 父は一言、シンシアの近くで、体に触れるでもなくそう言った。


 あんなに拒絶したのに。

 ずっと、意地を張っていたのに。


 守られた。

 守ってくれた。

 

「―――うぅ・・・」


 気づくと涙が出ていた。

 わからない何かがこみあげてきていた。

 

 申し訳なさ。

 情けなさ。

 どうしようもなさ。

 感謝。

 嫉妬。

 憧れ。

 

 色々な感情がこみあげてきて、決壊していた。


「―――ごめん、な」


「―――っ!」


 いつの間にか、シンシアは父の胸の中にいた。

 ごつごつした皮鎧と汗の匂い。

 そして、鍛え上げられた胸板は、居心地はさほど良くなかったが、何故か安心感があった。


「ごめんな・・・ずっと・・・1人にして・・・ごめんな・・・」


 父の声は震えていた。

 凄まじい強敵を一蹴するような父が、情けない声を出していた。


「でも・・・私は・・・あなたをずっと・・・」


 そう。

 シンシアはずっとシルヴァディを拒絶していた。

 拒否してきた。

 1人にしていたのは、シンシアだって同じだった。


「いいんだ。当然だ。こんなに・・・こんなに大事なものを、ずっと放って、復讐に憑りつかれていた。父親として、失格なんだ」


 絞り出すように父は言った。


 ――でも、そんなことを言ったら。


「―――私だって、娘としては最低です・・・ずっと辛く当たって、ずっと遠ざけて・・・愛してくれてるって、知っているのに・・・母さんのために頑張ってたって知ってるのに・・・ずっと意地を張って・・・」


 知っていた。

 知っている事だった。


 父は、シンシアのことを愛してくれていた。


 そんなこと、ずっとわかっていた。


 剣を学べば学ぶほど、どれほど父が高みにいるのかがわかった。

 苦労したに違いない。

 頑張っていたに違いない。

 シンシアを放って、遊んでいたわけじゃない。


 だから、父の剣を恨むのは筋違いだってこともわかっている。


 でも、感情のやり場がなかった。

 両親揃って、手をつないでいる家族が羨ましかった。


「・・・シンシア・・・」


「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・父さん・・・」


 暫く、シンシアは父の胸で泣き続けた。


 意地になっていた。

 

 自分の境遇を、父のせいにして。

 父に対抗して。

 父の剣を妬んで。


 ずっと素直に向き合えなかった。

 ただ許して、そして許すだけだったのに。


 帰り道、アルトリウスを背負いながら父が言った。


「・・・俺は、ダメな父親だ。ずっとお前を・・・たった1人の家族を放って、剣の修業をしていた――でも、後悔はしていない。そのおかげでこうしてお前らを助けられたんだから」


「・・・」


 過去は変えられない。

 受け入れて、進むしかない。


 父は、未来へ向けて歩こうとしている。


 ――過去に間違えてしまったからこそ、未来はせめて間違えないように。


 大切なものはきっと、そういうことなんだ。


 なんとなくそれが、シンシアの心にストンと落ちた。


「父さん」


「なんだ?」


 呼ばれ慣れていないのか、父はぶっきらぼうに返事をする。


「私、父さんの剣が嫌いでした。ずっと、私を―――シンシア・エルドランドを、天剣の娘って縛り付ける剣が嫌いでした。だから、違う剣で越えようと――違う剣で天剣シルヴァディよりも強くなろうと思ったんです」


「・・・もう嫌いじゃないのか?」


「――ちゃんと、私を私として見てくれる人もいるってわかりましたから」


 少なくとも、ここに2人。

 奇しくも2人とも、その天剣の剣を使う剣士だ。

 

 いや、その分類もおかしいことなのかもしれない。


 父の剣は父の剣で、アルトリウスの剣はアルトリウスの剣だ。


 きっと、天剣の名を一番気にしていたのは自分なのだ。

  

「だから、決めました」


「・・・何をだ?」


「嫌いだからでも、認められないからでもなく・・・負けたくないから、越えるんです。父さんも――隊長も」


 新たな決意。

 やることは変わらないかもしれない。

 でも、意識は違う。


「だから、父さんも・・・たまに剣、見てください」


「・・・ああ」


 父は照れくさそうに少し鼻を掻いた。



 天剣シルヴァディ。

 剣と魔法を極めた、世界に名だたる武人。


 ユピテル軍の最高戦力にして、ラーゼンの剣。


 そして――。


 ―――私の、父親。 


 母が死んでから止まっていた2人の時間が、ゆっくりと、だが、確実に動き出した。


  

● ● ● ●



「・・・1人か?」


 メラメラと燃える火を眺めながら、そんなことを思い出していると、不意に声をかけられた。


「―――はい」


「・・・そうか」


 そう言ってシンシアの隣に腰かけたのは、父――最近ようやく少し話すようになったシルヴァディだ。


 アルトリウスが気を利かせているのか2人になることも多い。


 ――別に、遠慮なんてする必要はないのに。


「あの、父さん」


 とはいえ、丁度父に聞きたいこともあった。

 アルトリウスの体に何が起こったのか。

 どうしてあそこまで急激に強くなったのか。

 彼がいる前だと少し聞きにくい部分もあった。


「なんだ?」


「隊長って・・・どうなんでしょうか」


「!?」


 父がなぜかぎょっとした顔となった。

 

 ――どうしてでしょう。


 少し言葉足らずだったかもしれない。


「いやー? どう、と言われてもなぁ? まぁ俺も任せるならアイツしかいないとは思っているんだけど?」


 父の声は裏返っている。

 焦った顔だ。


「任せるって、何の話ですか?」


「―――へ? お前を?」


「ぶっ!」


 思わずシンシアは、口に含んだ酒を吹き出してしまった。


「ななな、何言っているんですか!」


 慌ててそう反駁すると、父はキョトンとした顔をする。


「・・・いや、アルトリウスのことが好きなんじゃないのか?」


「そ、そんなわけないじゃないですか! 単に、あれほど急激に力が向上して、大丈夫なのかと思っただけです!」


 ――もう、どう取ったらそんな判断するんでしょう。


 アルトリウスのことは、嫌いではない。

 確かに最初は拒絶していたが、彼の人となりは、剣を認められないからとか、出会い方が悪かったとかで嫌いになれるようなものではなかった。

 

 シンシアをシンシアとして見てくれて、いつも頼りになって、最近ちょっと格好よくなった年下の少年。

 感謝もしているし、尊敬もしているが、異性としてどうか、というよりはライバルという認識の方が強い。


 しかし―――。


「そうだよな! うん、アイツも確か首都(ヤヌス)に想い人がいるって言っていたし・・・」


「は?」


 父が何気なく口走った台詞に、シンシアは思考が途絶した。


 想い人。


 好きな人ということだ。


 ――確かに隊長は魅力的な人ですし、隊の中にも隊長にぞっこんな人たちはいますし・・・。

 恋人の1人や2人、いてもおかしくはない。


 おかしくはないが・・・。


 まとまらない思考を整理しながら、シンシアは手に握っていた酒のコップを一気に口に運び、ぐびぐびと体に流し込んでいた。


「・・・その話、詳しく聞かせて下さい!」


 そう言ったあとのシンシアの記憶はあまりない。

 

 


 読んで下さりありがとうございました。

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