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【番外編6】僕がここにいる理由

 クライスとして、騎士学校に復学するための試験を受ける日。

 僕は父さんであるエドワルドさんと、ルカナン領へと旅立った。

 試験は新入生と同じテスト問題を受けるようで、試験会場である騎士学校は人が多かった。


 試験は貴族でも庶民でも、誰でも受けられるらしい。

 十五歳から試験は受けられて、年齢の上限はない。上限をつけるとトキビトが入学できないからだと聞いた。

 人数が多くなりすぎるからか、振り落とすための一次試験が一番難しいとエドワルドさんからは聞いていた。


 一次試験を受け終えたら、個別の面接や、実技のテストが僕にはあって。

 校内を案内されていたのだけれど、生徒たちの視線が突き刺さるようだった。

 ……かなり注目されてしまっている。

 行方不明になっていた「クライス・ファン・ルカナン」が記憶喪失になって帰ってきたと、学校ではすでに噂になっているようだった。


 学校側の説明によれば、ここでは家名を一切名乗らない決まりになっているらしかった。

 貴族も庶民もクラスメイトなら平等にという事らしい。

 けど僕がルカナン家ということは、かなり知れ渡ってしまっているようだ。

 ここがお膝元のルカナン領であることも関係しているのかもしれないし、この黒髪黒目の先祖返りという要素がそうさせているのかもしれなかった。


 好奇の目を隠さない生徒たちから質問攻めにあったりして、ちょっと疲れた心地になりながらも、僕はどうにか復学を認められた。

 バティスト領にある屋敷に戻れば、ベネが迎えてくれたのだけれど。

 空元気というか、どこか様子がおかしい。


 話を聞けば、ヴィルトと喧嘩をしたようだ。

 王の騎士になるため、勉強を教えてくれというヴィルトの頼みを、ベアトリーチェは断ったみたいだった。

 なんでそんな事をしたのか尋ねれば、それは僕のためのようで。


「ヴィルトに勉強を教えて王の騎士にしちゃったら……チサトが困るから」

 ヴィルトを王の騎士にしてしまったら、いずれ現実世界の僕がミサキを奪われて辛い想いをする。

 それを思って、ベアトリーチェはヴィルトのお願いを受け入れなかったようだった。


「……僕のために悩んでくれたの?」

 ベアトリーチェがそんな風に考えてくれるなんて、想像もしてなかった。

「駄目な兄だな、僕は。ベアトリーチェが僕のせいで苦しんでるのに、それが嬉しいなんて。友達のヴィルトと喧嘩してまで、僕のことを想ってくれたんだね」

 誰かが自分のためにそこまでしてくれるなんて思ったことはなかった。


 ベアトリーチェが僕の事を考えて、悩んでくれて。

 それでいて、ヴィルトより僕を選んでくれたんだと思うと。

 たまらなく嬉しくなる。



 ヴィルトが王の騎士になって、ミサキを現実の僕から奪う。

 その時まで、ミサキを元の世界に連れ帰るつもりはない。

 だから、ベアトリーチェがヴィルトと喧嘩しなくていい。ヴィルトに勉強を教えてあげるといい。

 そう告げれば、ベアトリーチェは驚いた顔になって止めてきた。


「それはもう大人のヴィルトの言う通りに、ミサキを諦めるってこと?」

 今のミサキを僕が連れ帰ることで起こる矛盾について説明すれば、ベアトリーチェはそんな事を言ってくる。


「そうじゃないよ。あいつが王の騎士になって、元の世界の僕からミサキを奪い取るまでは側で見届けてやるのを決めただけ。でも大人しく黙ってるのは嫌だから、ミサキにアタックはしていくつもりだよ。チサトだって事は隠して、とりあえずはクライスとしてね」

 ミサキへの気持ちは、もう恋ではないと気づいていたけれど。

 大切な兄妹であることには変わりない。

 あいつがちゃんとミサキを幸せにできるような奴になるか。それくらいは兄として見届けておこうと思った。


 アイツを試してやって、渡せないと思ったら僕がミサキを連れ帰る。

 僕の前から妹を奪ったんだ。

 それくらいの権利はあるだろうと、そんな事を思う。


 自分からミサキを奪って行く相手を見守る。

 あの『ヴィルト』の思惑に乗るようで嫌だったけれど。

 彼がいないと、今の僕はここにいない。


「現実世界の僕がまた嫌な思いをしても。今の僕がミサキを連れ帰る事で、過去の僕が苦しい想いをしなくてすむとしても……今の僕が消えて、ベアトリーチェと会わなかったことになるのは、やっぱり耐えられないから」

 言葉にするのは苦手だ。

 けど、ベアトリーチェと会えたことが、何よりも僕にとって大切な事だと伝えたくて、自分の中の気持ちを固めるように口に出す。


「まぁつまりは、ヴィルトに王の騎士になってもらわないと困るってこと。だから、ベアトリーチェがヴィルトと喧嘩する必要なんてないんだよ」

 ソファーに座っていたベアトリーチェの手を引いて、抱きしめる。


「ありがとうベアトリーチェ。ヴィルトのお願いより、僕の事を考えてくれて嬉しかった。でも大好きなヴィルトと喧嘩するのは、やっぱり辛かったよね」

「うん……でも、やっぱりチサトには幸せになってほしいから」

 ベアトリーチェは、本当に僕に優しい。

 でもどうして僕に優しいのか、その理由が全くわからなかった。


 幼い頃、ミサキに優しくして。

 好かれるようにいい面だけを見せて、甘やかした。

 お兄さんぶって、ミサキが望む僕を演じて。

 特別意識はしてなかったけれど、自分に懐くように仕向けていたのは事実だ。


 けど、僕はベアトリーチェの前でそういう事をした覚えがなかった。

 最初から情けないところしか見せてなくて。

 繕ったりも何もしてない。

 こんな僕が好かれるはずがないのに、何故かベアトリーチェは僕を慕ってくれている。


「私、チサトの情けないところ嫌いじゃないよ。ミサキに中々声かけられないところとか、もうちょっと頑張ればいいのにって思うけど、声かけられないチサトがチサトらしいなって思うから」

 こんな情けない僕なのに、どうして優しくしてくれるのか。

 そう尋ねれば、ベアトリーチェはそんな事を言ってきた。


「あれが僕らしいって……情けないってところを否定はしてくれないんだね」

 正直、ちょっとへこんでいたら、くすっとベアトリーチェが笑った気配がした。

「チサトがどんなに情けなくたって、格好悪くたって、私はチサトが好きだよ。だって駄目なところがあったって、チサトだと許せるもの」

「……それがよくわからないんだ。何もしてないのに好かれるなんてありえないし、僕はそんなにいい人間でもないんだよ」

 ベアトリーチェは、こんな僕でも好きだと言ってくれる。


 我ながら根暗だとは思うけれど。

 でもこんな弱点だらけでいいとこのない人間を、どうして好きだと言ってくれるのかよくわからなかった。


「チサトは刀も扱えるし、異世界からきたのに二年半で騎士学校の入学試験まで解けるようになったでしょ。そういうとこ凄いと思うよ!」

 ベアトリーチェは褒めてくれる。

 でも、刀を扱えるようになったのは、家が道場でそうしないと僕の居場所がなかったからで、試験だって同じことだ。


「例えそうでも頑張ったのはチサトだよ。チサトって、自分のやったこと褒められても、まるで自分が褒められてないみたいに言うよね。ヴィルトなら、俺は頑張ったからな! くらい言うよ?」

 思ったことを口に出せば、ベアトリーチェは呆れたようだった。

 ヴィルトと比べられて、すこしむっとする。


「あいつは自分のやりたいことをやりたいようにやってるからだ」

 ヴィルトは僕と違って最初から恵まれていて、何の苦労も知らないお坊ちゃんで。

 欲しいものを欲しいままにしてる、子供だ。

 苦労なんてしてきた事ないから、あんな真っ直ぐでいられるんだと思った。

 

「チサトは自分のやりたいことをやりたいようにやってないんだ?」

 ベアトリーチェが僕に言葉を返してくる。

 それに、はっとする。

 僕の言葉を裏返せば、そういう事だった。


「……ベアトリーチェの言う通りだな。家に置いてもらうために、今度は異世界で暮らしていくために。状況に流されて受け入れるだけで、僕が自分で決めてやりたいように行動したことは、なかったかもしれない」

 言われるまで気づけなかった。


 この世界に来て、少し変わったつもりでいたけれど。

 根本的に僕は流されることに慣れすぎていた。

 相手にどうやったら好かれるか。

 その場にいていいと思って貰えるか。

 顔色ばかり窺って、周りの流れにあわせるような、そんな生き方ばかりしてきたから。


「なら、チサトが好きなようにやったらいいと思うよ。そしたらチサトも、褒められて嬉しくなれるでしょ?」

 今までに僕の中になかった選択肢を、ベアトリーチェは気づかせてくれて。

 そっと優しく背中を押してくれる。


「ベアトリーチェはいつも僕が欲しいものをくれるよね」

「何もあげた覚えはないよ?」

 助けられてばかりだ。

 そう思って口にしたら、ベアトリーチェは首を傾げる。

 彼女は当たり前のことを当たり前に、自然にしただけで。

 そこに僕がミサキに対して行った親切のような、見返りをもとめるずるい愛情はない。


「ベアトリーチェのそういうとこも、好きだな」

 思わず心の中の声が、そのまま口から漏れた。

 ベアトリーチェがたまらなく可愛いと思う感情が、心の器からあふれ出してしまったように、言葉になっていた。

 今までこんなことはなかったのにと、自分で驚く。


「私もチサトが好きだよ。私が望んでチサトが異世界からやってきてくれた日から、ずっと好き」

 思いがけず、「好き」とベアトリーチェから返されて。

 その事に物凄く嬉しくなる自分がいた。


 ……なんだコレは。

 同時に胸が騒がしくて、落ち着かなくなって。

 混乱して、咄嗟にベアトリーチェから視線を逸らす。


「……それ、最初会った日にも言ってたよね。どういう意味なの?」

「チサトが私の前に現れた日、ヴィルトが言ってたの。ヴィルトが望んだから、世界を超えてミサキはやってきたんだって。だから私もチサトを望んだら、本当に目の前に落ちてきたんだよ」

 異変を悟られないように尋ねれば、ベアトリーチェは説明してくれたけれど、よくわからなかった。


「僕を……望んだ? それってどういう事?」

「私にも心配して、想ってくれる誰かがいたらいいのにって、願ったの。あと兄様に帰ってきて欲しいって思った。そしたらチサトがきてくれた」

 戸惑う僕に、ぎゅっとベアトリーチェが顔を押し付けてくる。


 幸せそうな、安心しきったようなベアトリーチェの様子に。

 心の奥が温かいもので満たされていくのを感じた。

 

 ――君が望む世界へ連れて行こう。君を必要としている人がそこにいる。

 懐中時計をくれた男はそう言った。

 僕が望んでたのは、ミサキじゃなくて。

 最初から、僕を必要としてくれる人がいる世界だった。 


「そっか。僕は……ベアトリーチェに望まれて、ここにいるんだね」

 そのベアトリーチェの言葉で、今までの全部の僕が救われたような気がした。


 両親に愛情を注いでもらえなくて、それでも必死に跡継ぎとして頑張って。

 ミサキに好かれたくて、いい兄を演じた。

 誰かに好かれるための自分を作ってたから、本当の自分に自信がなくて、ミサキを傷つけてしまって。

 ヴィルトにミサキを奪われて、両親からも見捨てられて、散々だと心のどこかでは思っていた。


 ――何で僕だけこんな目に会わなくちゃいけないんだ。

 そうやって、自分自身の弱いところを見ないまま、逃げて逃げて。

 でも、逃げ込んだこの世界で僕はベアトリーチェに会えた。

 僕がベアトリーチェを望んでいたように、ベアトリーチェも僕を望んでいてくれたことが、こんなにも嬉しい。


 何もかも全部、今の僕に変わるために必要なことだった。

 すとんとその事が、胸に落ちてきて。


 僕はベアトリーチェに会うためにここに来た。

 嫌なことも、苦しいことも、全部ここでベアトリーチェに出会うためのものだった。

 そう思えば辛かったことも今までの孤独も、全てが塗り替えられていく。


 目の前の存在が愛しくてしかたなくて。

 ここに来られてよかったと、強くそのぬくもりを腕に抱きしめる。

 止まっていた時計の秒針が、喜びと共に時を刻む音を聞いた気がした。

これにて番外編は一旦終了です。

ヘタレなチサトがベアトリーチェへの気持ちを自覚するまでを書いてみました。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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