【17】互いの恋の応援
「ベアトリーチェ、顔赤いけど平気?」
「気のせいだよ! 大丈夫だから!」
馬に乗せてもらったのだけど、体が密着していて妙に緊張する。
前まではこんなんじゃなかったのに。
チサトが特別に好きだと気づいてから、私はおかしい。
チサトは乗馬が得意だ。
元の世界からやっていたのかと思えば、そうじゃないらしく、教えていたおじいさまも飲み込みが早いと驚いていた。
基本的に少し遠くへ行くときは、チサトと一緒の馬に乗ってでかける。
私も馬に乗れるけど、この方がチサトが道を間違えそうな時に注意しやすいという理由からだ。
ちなみに、家には馬車もあるのだけど、チサトは馬車だと酔って大変なことになる。
馬は平気だけど、馬車は駄目っていうのが、全く乗り物に酔ったことのない私にはわからなかった。
……何度もチサトとは、馬に乗ってるのに。
どうしてもチサトと密着してる背に、意識が行ってしまう。
チサトの体温とか、意外と筋肉質な胸板とか。
今まで馬に乗った時に、考えたことなんてなかったのに。
意識しすぎだ。
チサトが馬から抱き上げて下ろしてくれる。
今日の目的地は、領土内の湖だ。
一面に花が咲き乱れている。
「すごいね……これは」
「でしょ? チサトが出会う前にヴィルトと見つけたんだけど、こんな風に花が咲いてるの一度しか見たことなくてさ。実はこの花ラグナの日周辺しか咲かない、時期限定の花なんだって、最近調べてわかったんだ」
目を丸くしてるチサトに教えれば、へぇと感心した声を出す。
「チサトにだけ特別ね!」
本当はヴィルトと私だけの秘密なのだけれど、ヴィルトは絶対にミサキに教えるだろうからおあいこだ。
こんな綺麗な景色なら分かち合いたくなる。
その相手としてすぐに思い浮かんだのが、チサトだった。
「うん……ありがとうベアトリーチェ」
チサトは驚いたように目を見開いて私を見て。
それから、幸せを噛み締めるように笑う。
その顔が見たかったんだと思った。
すぐにチサトは景色に夢中になった。
そんな姿を見て、やっぱり好きだなと思う。
同時に、チサトはミサキが好きなんだよねと思い出す。
ツキンと胸に痛みが走った。
チサトが喜ぶ顔を見るのが嬉しい。
幸せそうなチサトを見ていると、こっちまで幸せになる。
楽しいことがあると、チサトに知ってもらいたくて、こんな風に分かちあいたいと思ってしまう。
これが恋なんだなと思った。
「チサトはさ、ミサキが好きなんだよね」
「何、いきなり」
問えばチサトは、こんな時にどうしてその話題なのかというように眉を寄せる。
「答えてよ」
「……好きだよ」
催促すれば、チサトは少しの間の後、目線を逸らしてそう口にした。
わかっていて確認したのに、ズキンと胸に痛みが走る。
「ヴィルトを王の騎士にして、元の世界のチサトからミサキを奪わせて。それからチサトは、ヴィルトからミサキを奪って元の世界に戻るつもりなんだよね?」
「……ヴィルトの中身はまだわがままの子供だ。あれにミサキを任せるわけにはいかない。ヴィルトが王の騎士になるまで、見極めてやるつもりだよ」
チサトは私の言葉に頷きはしなくて、変わりにそう口にした。
きっとこのままだと、チサトはミサキにヴィルトを完全にとられてしまう。
そう私は感じていた。
王の騎士になると決意したヴィルトの集中力は凄まじかった。
私が騎士の勉強をする時間、ヴィルトも一緒に家庭教師からレッスンを受けるようになって。
わからないところは私に聞いて、家でも勉強をかかさないで。
あんなに勉強嫌いだったくせに、ヴィルトは真面目に取り組んでいる。
あの一心不乱で、ミサキ以外はいらないという情熱がチサトには足りない気がしていた。
チサトはいつもヴィルトに対して文句を言ってるけど、その実ヴィルトの事がそんなに嫌いじゃない。
真っ直ぐミサキに好きだとぶつかっていくヴィルトを見るときのチサトは、うらやましそうにしてる気がしていたから。
被り物をしていても、雰囲気でなんとなく私にはわかる。
チサトはヴィルトを見極めるなんて言ってるけど。
そのうち、ヴィルトを認めてしまうだろうことは目に見えてた。
ヴィルトは、常に後ろ向きなチサトと違って、眩しすぎるくらい真っ直ぐだ。
自分に自信がなくて、人のいいチサトは、そんなヴィルトを押しのけてまで、ミサキを手に入れる事はしないだろう。
身を引く結末が今から想像できた。
このまま行けば、ヴィルトがミサキとくっつく。
そうすれば、チサトは私のものになってくれるかもしれない。
傷ついたチサトは、一人元の世界へ帰ろうとするかもしれないけれど、私がお願いすればきっと一緒にいてくれる。
そこまで考えて、自分が嫌になる。
チサトが大好きなのに、私はチサトの不幸を待ち望んでいるみたいだ。
本当にチサトが特別に大事なら、その幸せを願うべきなのに。
チサトが悲しい想いをするのは嫌だ。
ミサキをチサトは愛してる。
側にいくとき、見守るようなオーラが出てるのがわかるから。
ミサキが側にいるのに正体を明かせなくて、もどかしくしてるのも知っていた。
それを見るたび、前にはなかった痛みが私の胸を苦しめるようになっていた。
だからといって、チサトを応援して、ヴィルトの邪魔をするのも躊躇われた。
ヴィルトがミサキを大好きな事を、私はよく知っていたから。
ミサキのためなら、きっとヴィルトは不可能でも可能にしてしまう。
そんな意思の強さや、純粋な想いがヴィルトにはあって。
この友達のそういうとこが私は大好きだった。
チサトか、ヴィルトか。
答えは決まってた。
ヴィルトの一番がミサキのように、私の一番はチサトだ。
一番好きな人には、一番幸せになって欲しいから。
――ヴィルトには悪いけど、邪魔をさせてもらう。
大好きなチサトが、ミサキと幸せになれるように。
そう私は心に決める。
「ねぇチサト、協力しあおうよ。チサトはミサキが好きで、私はヴィルトが好き。だから、互いの恋を応援するっていうのはどうかな?」
私の提案に、チサトが何を言われたかわからないというように、目を見開いてこっちをみた。
「そうすればチサトだってライバルが減るし、私だってヴィルトを手に入れやすくなる。そうでしょ?」
「それは……!」
チサトは戸惑っているみたいだった。何か言おうとして口を開き、やめてしまう。
「僕は……嫌だ」
チサトはこの案に気乗りしないらしい。眉間にシワを寄せて、仏頂面で呟く。
けどもう一押しな気がした。
「お願いチサト。私、どうしてもヴィルトが好きなんだ! これから女の子らしくして、ヴィルトにアタックしていくつもりだよ。私はヴィルトからミサキを引き離すから、チサトはヴィルトからミサキを引き離してよ」
パンと手を合わせて、お願いすればチサトは不機嫌さを増したようにみえた。
「お願い」
そう言って、おねだりするように見上げれば、チサトは一つ溜息を付いた。
「……わかった」
チサトは斜め下に視線を向けて、痛みに耐えるかのように苦しそうな顔をしている。この方法が、卑怯に思えて仕方ないんだろう。
それでもチサトがミサキを手に入れるために、必要なことなのだと私には思えた。
「ありがとうチサト!」
「……」
礼を言ったけれど、チサトはその後一切私の顔を見ようとはしなかった。
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私は、とりあえずヴィルトを王の騎士にするため、応援することを決めた。
それでいて、ベアトリーチェとしてヴィルトに接触していき、周りにお似合いのカップルだと思わせる。
それが私の案だ。
ヴィルトの気持ちをベアトリーチェに向けようとか、そんな事は鼻から考えてない。
だってヴィルトときたら、好きなタイプイコールミサキだから、やるだけ無駄というものだ。
それなら周りから固めて、身動きを取れなくしてしまうしかないと思った。
ヴィルトはミサキに対して、求婚しているのだけど、ミサキは中々オッケーしない。
子供だからと思って、ヴィルトの気持ちを甘くみてるのだろう。
いつかは冷めて、ヴィルトにも好きな相手ができるだろうと思っていて。
ヴィルトにはもっとふさわしい、良家のお嬢様が似合うわなんて言っているのだ。
もしも付け入る隙があるなら、ヴィルトではなくミサキの方だと私は思った。
――ミサキが私とヴィルトをお似合いだと思って、身を引いてさえくれれば。
そこにチサトが付け入るチャンスがあるはずだ。
我ながら物凄く嫌なヤツだ。今からやろうとしてることに罪悪感はあるけど、もう決めたことなので腹をくくる。
計画はすでに始まっていた。
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ヴィルトに勉強を教え始めてしばらく経って。
学校に通うためルカナン領へ戻るチサトに、私はここに残ると告げた。
「ベアトリーチェ。まさかとは思うけど君までヴィルトと勉強して、騎士学校に通うつもりでいるんじゃないよね?」
私がルカナン領に着いてくると思っていたらしいチサトは、かなり険しい顔になった。
その口調からして、反対するつもりなのが見て取れる。
「いくらヴィルトが好きで、母さんがそれを望んでいても、ベアトリーチェがベネとして騎士学校に行くのはダメだ。それにあそこは本来男しか入れない」
強くチサトは言い聞かせてくるけれど、実は騎士学校は男だけと決められているわけじゃない。
入学は男性だけという規則はなく、ただ女性が入ってこないだけだとヤイチ様から私はは聞いていた。
私の予定としては、ヤイチ様の言う通りに騎士学校に入り。
ヴィルトが王の騎士になれるようサポートしつつ、ベアトリーチェの姿で近づいていく計画ができあがっていた。
それでいて、チサトの近くにいられるならこれが一番いいと思ったのだ。
「側でヴィルトを応援してあげたいだけだよ」
「……でも、ベアトリーチェにだって将来はある。いつまでもベネとして生きるんじゃなくて、ルカナン領にある女学校で女の子の友達を作った方がいいと思うんだ」
このままでは無理やりにでも、女学校に入学させられそうな雰囲気を感じた。
そこで私は、卑怯かなとは思ったけれど、ヤイチ様に連絡をとった。
それで十五になったら騎士学校を受験するつもりだから、父様を説得して欲しいとお願いしたのだ。
父様はその話を喜んだ。
そして、私をバティスト領に置いていくことを決めた。
自分が異世界の居候という意識がまだあるチサトは、父様の決定なら逆らわないだろうと思った。
けど、そうじゃなかった。
僕は反対ですと、父様に抗議して私を説得しようとしてきた。
チサトは男だらけの騎士学校に私が入るのは反対で、騎士はいざという時危険が伴う職業だからと心配してくれてるようだった。
あのチサトが父様に意見を通してまで、私の事を考えてくれたのは、正直嬉しかった。
学校が始まって、チサトは長期休暇のたびにルカナン領へ帰ってくる。
私と過ごす時間をたっぷりと作っては、未だに説得しようとするのだ。
「ヴィルトと一緒に騎士学校に入って、頑張るってもう決めたの。しつこいよ兄様」
「ヴィルトのために騎士を目指しちゃ駄目だ。ベアトリーチェにはベアトリーチェの事を一番に考えて、未来を選んで欲しい」
頑固な私に、チサトも食い下がる。
チサトはヴィルトのために私が頑張っていると思い込んでいて、そこが一番気に入らないようだった。
「ちゃんと私が自分のために選んだことだよ、兄様」
チサトを幸せにしてあげたい。チサトが帰る日まで、少しでも側にいたい。
その願いを叶えるための私のワガママだ。
意志を込めてそう言えば、それが伝わったのかチサトは苦い顔になった。
騎士学校への合格を目指して、私とヴィルトは毎日勉強した。
私が騎士になることに熱心になって喜んだ母様は、バティスト領に残った上で、いい家庭教師を惜しまなかった。
おじいさまは、ツテからヴィルトに合う剣の師匠をあてがってくれた。
チサトがルカナン領へ行ってしまってから、約一年半。
私とヴィルトは、みっちり勉強してとうとう騎士学校の試験を受けることのできる年齢になった。
騎士学校の試験は、何度かに分けて行われる。
貴族も庶民も関係なく門戸を開いてるため、入学希望者が多いのだ。
みっちり勉強と剣の訓練に明け暮れて、現在は春の一回目の試験の直前だったりする。
「聞いてたか? ミサキが王の騎士になったら結婚してくれるってちゃんと約束してくれたぞ!」
「でもあれ、結婚するなら王の騎士で、大人の男じゃないと話しにならないって言ってただけのような気もするような……?」
明日には入学試験のためにバティスト領を出る。
王の騎士になったら結婚してくれとしつこくヴィルトが迫った結果、ミサキは根負けした感じで、ヴィルトに約束をしてしまっていた。
「ミサキは照れ屋だからな。あれがいいって事なんだよ!」
ヴィルトのテンションは高い。
昔は、ミサキをただ好きだと言ってただけだったけど、最近のヴィルトの好きは種類が違ってきていて。
その気持ちは冷めず熱量は増して、真剣味を帯びてきていた。
「見てくれ。これ、ミサキがお守り作ってくれたんだ。一応お前のもあるけど、これが俺のな。愛情の差を感じるだろ?」
そう言ってヴィルトがくれたおまもりは、私の方が一回り小さかった。
ミサキはヴィルトの事をよくわかってるから、同じにしなかっただけだと思うのだけど……。
この前の冬。
ミサキがいつもお世話になってるからと、マフラーをくれた。
手編みのやつだ。
そしたらヴィルトがかなり不機嫌になった。
前にヴィルトにはあげたじゃないと言っても、ミサキの手作りを貰うのは俺だけでいいと独占欲丸出しだった。
どれだけ心が狭いんだと思いながら、ミサキからのマフラーは嬉しかったのでヴィルトにはあげなかった。
そしたら、ミサキはヴィルトのために私のより長めのマフラーを作ってプレゼントしたのだ。
「お前のより俺の方が愛情分長いんだ。わかるよな?」
なんてことを言ってたので、はいはいと流しておいた。
ヴィルトを王の騎士にして、元の世界のチサトからミサキを奪わせて。
その後ヴィルトからまたミサキを奪う。
そのために、私はヴィルトが王の騎士になる手伝いをしようと決めた。
それから、側でヴィルトの頑張りをずっと見てきたけど。
今ではどう見たってミサキもヴィルトに惹かれてるのが丸分かりで、この二人ときたら完全に両思いだった。
――これ、チサトが入る隙間はあるのかな。
そんなことを私は思った。




