第19羽 小鳥、小説を持ち帰る
家族会議が終わった翌日の放課後。
小鳥は早速住所変更のために役所に向かった。これからその家に住むならと、ロクの両親にやっておくよう忠告されたからだ。
――未成年でも住所変更できるんですか?
――ええ、結構簡単よ
近所への引越しで市区町村が変わる訳ではないため、転出届も転入届もいらず、代わりに転居届が必要だった。
身分証明に使えるものや印鑑さえ用意していれば難しいことはない。マイナンバーカードを肌身離さず持っており、印鑑は鞄に入れて常備している小鳥に不足しているものはなかった。
結果、つつがなく手続きが終わる。話の通り簡単だった作業に一安心しながら役所を出て、次にロク……ではなく小鳥の家を目指した。
赤信号で足を止めて、青になれば歩き出す。大通りは車の音が騒がしいため、なるべく小道を通って家に向かった。
小鳥が自分の家に向かう理由は、まだロクの家に持ち運んでおきたいものが多いからだ。以前運びきれなかった衣類はもちろん、私物もいくつかある。
どうせロクが文芸部の活動を終えるまではロクの家に入れないため、空き時間のうちに整理しておこうと考えた小鳥だった。
マンションを上がって我が家へ。何を持って行って何を捨てるのか、テキパキと分別を始める……と、
「……懐かしい」
小さい頃に集めていた、好きだったアニメのグッズなどが出てきた。日曜の朝にやっている国民的な魔法少女アニメシリーズのものだ。
「よく、真似してたなぁ」
頬を少し緩ませて、自分にしか聞こえないような声で未だに覚えている口上を呟く。
「ハートに輝く深紅の愛。真っ赤な情熱、キュアガーベラ……ふふっ」
昔は振り付けと一緒に叫んでいた口上だったが、今はそんなこと恥ずかしくて出来やしない。本気で魔法少女になりたいと思っていたあの頃は、見ようによっては滑稽かもしれないがそれでも夢があった。そして母も同じように、目を輝かせて作家になるという夢を語っていた。
そんな思い出。
「……!」
懐かしい収集品等を整理していると、とあるものを発見し、小鳥は息を飲んだ。それを手に持ってじっと眺める。
原稿用紙の束。それが文字でびっしりと埋め尽くされている。このご時世に逆行するような手書きの小説だった。一枚目の右端には『花束の数だけ微笑んで』と書かれている。
その隣には『小鳥遊小鳥』の五文字。そう、これは小鳥が中学の頃に書いた小説だ。母にこれでもかと酷評された初めての小説。
「…………」
捨てるものに分類しようとした小鳥はしかし、その手を止めた。時間が止まったようにしばらく静止して、やがて自分の持っていた鞄にそっと入れる。三百枚を超える分厚い紙束は鞄の容量をかなり占めてしまった。
しかも重い。
だが小鳥は遂にそれを捨てることはせず、分別をある程度済ませる。今日持ち込めるものは持ち込んでしまおうと、いくつかの私物を大きな紙袋に入れて家を出た。
そして午後六時半。ロクの家に着いた小鳥は、ちょうど学校の方からロクが帰ってくる姿を目にする。どうやらタイミングがバッチリだったらしい。
「ただいま」
「おかえりなさい」
まだ二人とも玄関前だったが、そんなやり取りを交わした。
「それ、家から持ってきた荷物か?」
「はい。今日はとりあえずこれだけ」
「そっか」
紙袋を見るロクに小鳥は頷く。しかし鞄に原稿を入れていることは秘密にした。そんな隠し事に全く気づかないロクは、ドアを開けながらボヤく。
「腹減った……」
「今から買い物に行くので、待っていてください」
「分かった」
ロクが家に入り、続けて小鳥も入る。一旦荷物を置いて、すぐにスーパーを目指して外出した。
この日の夕飯の献立は
・肉じゃが
・インゲンの胡麻和え
・だし巻き卵
・ラタトゥイユ(トマト、ナス、パプリカ、たまねぎなどを野菜の水分でじっくり蒸し煮したもの)
の四品+白米だ。
普段はラタトゥイユを作るとき、パプリカでなくピーマンを使う小鳥だったが、ロクがピーマンを嫌いと言っていたためパプリカで代用していた。
しかしそれは内緒の話。小鳥のささやかな気遣いに全く気づかない料理知識皆無のロクは、今日も笑顔で夕飯を食したのだった。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」
こうして一日が終わる。
この話で第2章が終わりです。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
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これからも続いていきますので、どうかよろしくお願い致します。




