第98話 俺、聖女に呼び名を付けられる
手合わせの後、俺はリンのすぐ後ろに付きエントランスへと続く階段を昇る。
「あ〜、頭が〜……」
「大丈夫か? まるで酒飲み過ぎた翌日の俺みたいだぁ……。水飲む?」
「二日酔いじゃないんで……効果薄いと思うッス……」
「そっかぁ。この後ダンジョンでアーサー達のダンジョンでの補助を頼むつもりなんだが」
「あ〜、アーサーきゅんの戦ってる姿みたいッス〜」
「どう見ても無理くさいんだが……。休んどけば?」
「う~ん……、じゃあお言葉に甘えるッス」
俺はインベントリから鍵を取り出し、彼女に手渡す。
「これ、スペアキー。気分が良くなったら来てくれてもいいし、ホーム内で休んでてもいい。自分の好きなようにしてくれ」
「ありがとうございまッス……貰っとくッス」
「……よいしょっと」
俺はリンをお姫様だっこし地下の階段を一気に駆け上がる。そのままホーム階段を上がりリンの部屋のドアを足で蹴り開けベッドに寝かせた。
「あ〜……セクハラッスよ」
「アホな事言ってねぇで寝とけ」
俺はリンの部屋を出て自室へと向かい、ドアを開けた。
「あーサイコサイコ。もっと右右」
「こちらですか?」
「あーキモチキモチ。おぉ、すげぇうぇあ!」
「聖女様! 私も腰の辺りを揉んでおります! 如何でしょうか?」
「いい感じ〜。ンギモッヂイイ」
「光栄です! 指がへし折れるまで指圧し続ける所存です!」
何この状況……。何でうつ伏せの聖女に俺のメイドと女スパイが馬乗りになって跳ねてんの?
「新手の儀式か何かか?」
「申し訳ございませんゲイン様。ベッドのシーツを直そうと入室した所、お客様がうめき声を上げておりました。見ると躰の血流が極端に弱っておりましたので緊急マッサージを施した所です」
「そ、そうか……、ご苦労。戻っていいぞ」
「シーツは如何いたしましょう?」
「いや、今回はいい」
「では、次の機会に。失礼致します」
メイドは俺に軽く頭を垂れると部屋から出ていった。
「き、気持ちよかった……。涎垂れちゃった」
「やっぱりシーツ変えて貰うべきだった」
「なんて清々しい気分なのかしらー!」
聖女は俺のベッドから飛び起きると躰を左右に捻りバキバキ骨を鳴らし、俺を真っ直ぐ見つめる。
「さて、何の話だったかしら?」
「単刀直入に言わせてもらう。お前の能力を使わせて欲しい」
「能力? あぁ、予知の方ね。それなら今は無理よ」
「何故? 何のためにお前をここまで連れてきたと思ってんだ!」
「ッチ……うっせぇゴキブリ野郎だな。人の話は最後まで聞けや。良いか? チンカスゴキブリ? 私の予知はな条件が揃わねぇと機能しねぇんだよ」
「チ……チンカスゴキブリ……」
「黒光りしてんだからゴキブリだろうが 違うのか? それともクソか?」
「……んだとこのじゃじゃ馬が! お前だって俺があそこから連れ出さなきゃ豚の肉便器で一生終えてた癖に!」
「あぁ!? もういっぺん言ってみろ! てめぇの呼び名なんてゴキブリで十分だ! フニャチン玉なし腐れゴキブリが!」
「上等だコラァ! 大体いつまでローブ被ってんだ! 面ァ見せろ!」
俺は聖女のローブに手を掛ける
「やめッ! やめろ! 私に手を触れるな!」
「手をどけろ! あっ」
俺が頭巾の部分を掴んでいた所に聖女が手を被せて来た為、力の入れどころに狂いが生じ、頭巾の部分がビリビリと音を立てて破れてしまった。
現れたのは白い髪に毛先のみ金髪、琥珀色の瞳をした普通の少女だ。
気になるのは気持ち頬がコケている所だろうか。
「何だ変に嫌がるから相当ブスなのかと思ったら案外美人じゃないか。白い髪に金のメッシュ入れてるのか? パンクロッカーみたいな髪だな。ん? この顔何処かで――」
聖女は俺のマフラーを引っ掴むを引っ掴むと前後に揺らし始めた。
「メッシュ? メッシュに見えるのかこれが? メッシュじゃない! 白髪だボケナス! あの豚と一緒にいたストレスのせいでなぁ! お前にわかるか!? 叫び声上げたくても上げられない苦しみ! お前にわかるか!? あの豚の物言わぬ肉便器として生きていく絶望感がああああああああ!!! あの豚の――」
「うわあああああ! もういいやめろ! マフラーが取れるうううううう!!」
「ハァ……ハァ……折角気分良かったのにぶり返したわクソが……もういい寝る」
聖女は手を離すと俺のベットに寝っ転がり、そのまま動かなくなった。
「俺の部屋で寝るな! 他にゴマンと部屋あんだから他の部屋行けよ!」
「本当うっせぇ奴だな。後3分したら出てく。ちょっと休ませて」
「ったくとんでもねぇ女だ」
「ゲイン様よろしいでしょうか?」
「何、ネメシスどうした?」
「リン様からメールが届いています。頭痛が思ったより酷いため水が欲しいとの事です」
「頭痛が? やっぱりあの時無理やりにでも水を渡しておくべきだった」
「何の話? というかゴキブリあんた誰と話してんの?」
「何だ起きてたのかよ」
「寝ようとしたらゴキブリから女性の声がしたからびっくりしたのよ」
「お初にお目にかかります。――妖精のネメシスです」
「遂に自分から言う様になちゃったね。妖精ってね」
聖女は布団から上体を出すと部屋を見上げる。
「凄いわ! 何処に居るの!? ゴキブリだなんて言ってごめんなさい。貴女の事じゃないのよ?」
「承知しております。私はゲイン様の外格に宿っており、ゲイン様以外の人間には見る事はおろか感じる事すら不可能となっております」
「そう……残念だわ。主人がゴキブリで大変そうね」
「あのさぁ……」
「――主人の存在そのものが我々の存在意義です――」
「何てストイックで格好いい生き方なの! 素晴らしいわ! 名前あるの? 私はセリーニア!」
「私の名前はネメシス。この外格ヤルダバオトⅧ式に搭載されている超高性能AIです」
「ちょ、ちょうこうせ……最近の妖精さんは随分名前が長いのね」
何この状況……どうしてこうなった。
何でネメシスと仲良くなってんの? 何でこのじゃじゃ馬聖女俺にだけ無駄に辛辣なの。
この状況に呆気に取られていると、不意に後ろのドアが開く音が聞こえ、振り返ると明らかに顔色が悪くなっているリンがそこにいた。
「酷いッスよ先輩……既読スルーは嫌われるんすよ〜」
「あ、いや! ごめ! 既読スルー何てしてないって! 行くつもりだったんだから!」
「頭が痛いんですって?」
「えぇ、だいぶヤバイレベルッスね……」
「わかったわ。その頭痛取り除いてあげる。ゴキブリと紫髪の貴女、一旦部屋から出なさい」
「は? 何で出る必要がある?」
「一々反応するんじゃねぇよ。出てけつったら出ていけ。これだからてめぇはゴキブリなんだよ。あ、それと受け皿でもコップでも何でもいいから用意しとけ」
「黙って聞いてりゃ調子こきやがって、こんのクソアマ――あばばばば!!」
俺の躰に電流が奔り、目の前が閃光に染まる。
「ゲイン様、女性に対しクソアマというのはどうかと思います」
「わーった! わかりました! コップここに置いとくから!」
俺はインベントリからコップを取り出すと聖女の隣に置き、リンと共に部屋から退出する。
「顔可愛い感じッスけど口調強烈ッスね……」
「全くだ。アーサーの爪の垢を飲ませて――アーサー? ああああああ!!」
「大声出さないで下さいッス〜。頭に響く……」
「いや、悪い」
俺がリンに片手を上げ軽く謝罪するとドアが開き聖女が出てきた。
聖女が持つコップには無色透明の液体が入っている。
「紫の髪の貴女、早くこれを飲みなさい」
「ありがとうございまッス……。じゃ、いただきます……」
リンは一気に液体を飲み干す。
「どう?」
「一瞬にして頭痛が消え去ったッス! それにこの清涼感! すっきり爽快! 半端なく美味しいッス!」
「そう。役に立てて良かったわ。じゃ、ゴキブリ? アー君の部屋を教えなさい」
「アーサーの部屋? 階段を降りて1番右から3番目の部屋だ」
「わかったわ。ハイ、コップ返しとくわ」
聖女からコップを手渡されそのまま彼女は階段を降りていった。
「ちょ、先輩! 私、アーサーきゅんの隣にしてって言ったじゃないッスか! 全然違うンすけど!」
「だってお前露骨にアーサー狙ってるんだもん」
「私もアーサーきゅんの部屋の隣室にくら替えするッス!」
「ハァ〜、ドウゾゴカッテニ」
「アーサーきゅーーーーーん!!」
リンが爆速で自分の部屋へと帰っていった。
1人になった俺はコップの中に微かに残った雫を指で掬い取る。
「あの聖女見覚えあると思ったが……俺の考えが正しければ、これはとんでもない事になるやも知れん。しかし、この謎の液体は……ネメシス成分を分析してくれ」
「完了致しました」
「早くない? 1秒経ってないよ?」
「ゲイン様はこの液体の成分と全く同じ物を既に所持しています」
「え? この透明の液体と同じ物?」
「この液体はハイエリクサーの成分と完全に一致しています」
「へ? 何だって? もう一回言ってくれる?」
「この液体はハイエリクサーです」
「……ホ、ホアアアアアアァアアァァァアアアアア!!?!」
俺の肺の中の空気は全て叫び声に変換されホーム中に響き渡った。




