第95話 俺、聖女とお話する
豚の部屋を後にした俺達は扉の前で立ち止まる。
さて、小脇に抱えた聖女様をどうしたもんか。
とっとと目的を果たしてお帰り願うか、それとも……。
俺があれこれ思考を巡らせていると肩を叩かれた為、リンの方に向き直る。
「先輩ちょっと良いッスか?」
「何?」
「なんであの太っちょさんの頭の中覗かなかったんッスか?」
「あのさぁ……逆に聞くけどお前、あの脂ギッシュな頭触りたいと思う? 絶対ベタついてるじゃん? 嫌だよ。あんなピザってる奴の頭触るなんて」
「実に懸命な判断です」
「当たり前だよなぁ? ホラ、ネメシスもそう言ってるじゃん。聞きたい事は大体聞けた。もう良いよ。思わぬ収穫もあったし反対側の階段ちょっと覗いて帰ろうぜ」
「了解ッス」
俺はインベントリからファストトラベルの杖を取り出し、地面に突き立てる。
一瞬周りの風景がブレたかと思うと俺達は先程の教会のような場所へ立っていた。
「おし、反対側の階段を下って何があるか見に行こう」
階段を下っていくと直ぐに丸いカプセルの様な物体が見えてきた。
「なんすかねこれ? 何かカプセルホテルみたいっす」
目の前には銀色に鈍い光沢感がある謎のカプセルが幾つも均等に並べられていた。
「カプセル内部に生体反応を感知」
「どうやらリンの言うとおり、マジでカプセルホテルみたいだな」
「へぇ~、あっ……」
リンがカプセルをいじっていると緑の光がカプセルに走ったかと思うと、カプセルの上部が開き、白いローブを着た女性が現れた。
「あ、どうも」
白いローブを着た女性と目が合った為軽く挨拶する。
「いやあああああああああああああああああああああ!! 聖女様がああああああああああああああ!!」
「うるさッ!! ちょ静かにして!」
俺は女性に手をかざしスリープを起動させた。女性はすぐ静かになり寝息を立て始めた。
「ふぅ、ビビったー」
「先輩、やっぱその女の子連れていくのまずくないッスか?」
「ちょっと借りるだけだって。大丈夫大丈夫ヘーキヘーキ。さぁ、ここを出てホームに帰るぞ。アーサー達のダンジョン攻略も気になるし」
俺達は来た道を戻り、大きく空いた穴から外へ出た。
すぐさまキーを取り出し回すと白い扉が現れた為、中へと入っていく。
「やっと一休みできるー」
「あ! お帰りなさい!」
「おー、アーサー元気そうで良かった」
「あの……その女性は一体?」
「聞いて下さいッスよ、アーサーきゅん! 先輩ったらその女の子を無理やり誘拐してきちゃったンすよ!
「誘拐!?」
「ち、違ッ! ちょっと借りただけだって言ったダルルォ!? 人聞きの悪い事を言うな! ちょっとそこ動くなよ!」
俺は自室の扉に手を掛けたその時、不意にドアが開かれ、椅子に縛られた女性が俺の倒れ込んできた。
やっべ! この女スパイの事忘れてた!
「何故お師匠様の部屋から女性が!? その人は誰なんですか!?」
「あ~、その人はッスね? 何か先輩がどこからか捕まえてきてバナナ使って拷問してたんンすよ~。あたしも手伝わされたンす」
「バナナを使って拷問!?」
「聖女様あああああああああああああ!! 貴様ああああああ!! やはり聖女様の命を狙っていたのだなあああああ!! この腐れ外道がああああああああああああああああああ!!!」
「うっせぇお前は! 椅子だけで動きやがってどこぞのカンフー映画スターかよ!」
俺は椅子を立て直すとスリープを起動させ部屋の隅に置く。
「スゥ……スゥ……」
「お師匠様! 拷問って一体どうして!? それに聖女って呼ばれてたその女の子は!?」
「うおッ!? アーサーいつの間に! い、いいか? お前はとんでもない勘違いをしている。俺は拷問なんてしていない。ただ聞きたいことがあって、その過程でオレンナっていうバナナに似た果物をつかって尋問したの。わかる? 尋問な? 拷問じゃないぞ」
「ハ……ハァ。その女の子は?」
「あ、この子? この子はちょっと借りただけ! あとでちゃんと返すから! よいしょっと……」
俺は小脇に抱えた少女をアーサーの隣に立たせた。
部屋の鍵を閉め、再び聖女とアーサーの元へと戻る。
アーサーが聖女の横顔を食い入る様に見つめている。
「ど、どうした?」
「いえ、この子前に何処かで見た様な気がして……」
「こういう女の子が趣味なのか? お前隠れSの素質ありそうだな」
「エスってなんですか?」
「いや、何でもない。きっと他人の空似って奴さ。カースアイテムチェック!」
俺が叫ぶと聖女の格好が画面上に映しだされ、次々エラー音を吐いていく。
「おうおう、出るわ出るわ。流石カルトの豚に飼われてた女の子は違うな。まずは口にハマッてるギャグボールから解除してやるか。俺の部屋がよだれで汚されると困る」
俺は聖女の背後に周る。
ギャグボールは彼女の後頭部に張り付くかの様な形でくっついていた。
「かわいそうに。今外してやろう。カースアイテムブレイク」
俺がそう言うと画面上に映っていたエラーが1つ解除された。
「良いねぇ。アーサー悪いけど口にハマッてる丸いの取って机に置いてくれる?」
「はい、わかりました」
アーサーがギャグボールを外し机に置いた。
すると、聖女の口が少しずつ動き出した。
「お! 何か喋りだしそうだぞ!」
「く……」
「く?」
「クソったれボケナス短小包茎チ○ポの早漏野郎が! 今度は何させるつもりだ! フェラでもさせるつもりか? 上等だよ! 口に入れた瞬間てめぇの粗末な息子噛みちぎって捨ててやるからさぁ! どうした!? 怖気づいたのか!? それとも乳首のほうがいいのかぁ!?キャアハハハハハ!!」
やべぇよ……やべぇよ……。
何この子コワイ。
「その声は……セリーニア?」
「え!? 知り合い!? マジで!? しかもセリーニアって言った!?」
「ああああああああああああ!! もう嫌ああああああああああああ!! どうせまたアイテムの幻聴や幻でしょ!? 弄んで何がいいのよ!? 私の大切な思い出まで壊そうっていうの!? もうやだ! 殺して! 殺してよおおおおおお!!」
「カースアイテムブレイク! アーサー! 思っきりそのアイマスクを剥ぎ取れ!」
「ハ、ハイ!」
アーサーが聖女の目の前に立つとアイマスクを剥ぎ取った。
「セリーニア、大丈夫だよ。幻でも何でもないから……。僕はここにいる」
「――そんな、嘘。幻覚よ……。本物なわけ……」
「大丈夫、ほら幻覚ならこうやって抱き合えないじゃないか」
「うわああああああああああ!!」
それからしばらく聖女はアーサーの胸の中で泣き続けた。
泣き止んだ聖女はアーサーとの思い出話に花を咲かせる。
――俺をガン無視して――。
「アーくんとっても逞しくなったね」
「もうあの頃から10年以上経つんだね! 懐かしいな。セリーニアが突然いなくなって僕も寂しかったんだよ」
「あの……すいま――」
「私の家貧乏だったから……、私は力を持っててね? それがお金持ちの貴族に知られちゃって無理やり引き離されちゃったの。そこから色々あって……」
俺は二人の間に割って入り、聖女を見る。
聖女は真っ白なローブに銀のショートカットが似合うどこにでも居そうな少女だった。
「あの、すいませーん。お二人の世界に入ってる中大変恐縮なんですけどー。ちょっといいですかー?」
「何故黒き力の権化がここに……」
「ん? なんだって?」
「アーくんこの人は?」
「この人は僕のお師匠様で、旅に同行してもらっているんです!」
アーサーは胸を張り目をキラキラさせながら俺を紹介しだした。
「アーくんよく聞いて。今すぐこの人と別れるべきよ。遠くない未来、この人は全世界を破壊する者として君臨するわ」
「ちょちょちょ、何を言い出すのかねこの子は」
「私の予言は絶対よ! 見たから! あなたはこの世の全てを破壊し尽くすのよ! 見たもの!」
「俺が? 何で俺だってわかるの?」
「その真っ黒な甲冑! 何よりその真っ赤な目とクッソダサいボロボロのマフラーが証拠よ!」
「クソダサいマフラーだとぉ!? 作るのにどんだけ時間掛けたと思ってんだコラァ!」
今度はアーサーが俺と聖女の間に入ってきた。
「ケンカはやめましょう? ね? 二人とも。あっ、お師匠様聞いて下さい! ダンジョンの方なんですが999階まで何とか行くことができました!」
「マジか! そりゃ素晴らしい! 1000階層は?」
「それがボスがあまりにも強くて勝てないんです。たぶん50回は挑みました」
「ほう、見た目は?」
「白髪に王冠を被った老齢の剣士の様な見た目のモンスターです」
「白髪に王冠の爺剣士ね。恐らくオーディーンだな。ユニークモンスターが出てきてしまったか。ちょっとキツイかもなぁ」
「さっきも丁度負けて休憩していた所だったんです」
「なるほどね~。風呂は?」
「まだ入ってません」
「じゃ、とりあえず風呂に入ってから挑戦してみよっか? 俺がサポートしてやるから大丈夫大丈夫」
俺はアーサーを連れて外へ出るためドアに手を掛ける。
「ちょ、ちょっと! 私を無視しないでよ! このローブのせいで思う様に動けないんだから!」
「しょうがないな~。ほらもう全部呪い解いたぞ」
「え? いつの間に。ちょっと待てって言ってるでしょ! 痛ッ!」
聖女は動こうとしたがそのまま倒れてしまった。
「お前躰が完全になまっちまってるな」
俺は聖女を抱き上げ、ベットへ寝かせる。
「しばらく寝とけ。ここには誰もこねぇから安心して寝るといい」
「私が言いたいのはそんなことじゃなくて――」
「いいから大人しくしとけって。じゃ、また後でな」
「も~! 知らないボケナス死ね!」
「君、口悪すぎじゃなぁい? まぁいいか」
俺が部屋から出ると、リンが聞き耳を立てていた。
「何やってんの?」
「別に何でもないッス」
「ふぅんあっそ、今から俺とアーサーは風呂に入るから」
「そうッスか!じゃ、お言葉に甘えるッス!」
そう言うとリンはアーサーと共に男風呂に入っていった。
俺は早歩きで彼女の後を追った。
すでにアーサーは腰に布を巻き、温泉へと向かっていく。
それを追う紫ロングヘヤーの髪を俺は引っ掴む。
「イタタタタタタ!! ブレーク! ブレークッス!」
「ねぇ、君なにナチュラルに男風呂に入ってきてんの? すっごいびっくりしたんだけど」
「髪! 女の子の髪引っ掴むとか最低ッス! 変態ッス!」
「男風呂に入ってくる女性の方がたぶん変態だと思うんですけど」
「良いじゃないッスか! あたしもアーサーきゅんとお風呂入りたいッス! あわよくば全身なめなめしたいッス!」
「心の中の願望カミングアウトするのやめてくれる? どうしても入りたければ女風呂へ行け」
「どうしても駄目ッスか~?」
「駄目です」
リンが俺の前に立つと躰に巻いていたタオルを崩し胸の谷間を見せてきた。
「間に合ってるんで結構です。女風呂は右隣の赤い暖簾な。あとエスカの方がお前の胸の7倍はデカイ」
「ムキーッ! あんなわがままパーフェクトボディと比べるなんて卑怯ッス! もう良いッス!」
リンは口を膨らませながら出ていった。
更衣室からリンが出ていくのを確認した俺は着装を解除し、服を脱ぎ捨て風呂場へと向かった。




