第184話 俺、訝しむ
「申し訳ございません! 戦闘中に気絶するという失態! 不甲斐なさで死んでしまいそうです!」
「いやいやだから大丈夫だって〜。ね? もう終わった事だからさぁ、切り替えていこう?」
あのあと気絶したエスカを抱えホテルまで戻り、外格をキャストオフしそのまま俺も寝たのだが、涙目の彼女による懺悔と言うなのモーニングコールに起こされてしまった。
「この汚名は必ずや返上してみせます! 見ていてくださいお兄様!」
「そこまで背負い込まなくていいよ〜。しょうがないよあれは〜。ごめん、ちょっとした用事有るからどいてくれる?」
ベッドの横にいた彼女が退いたので俺は部屋から出ていきアーサー達がいる隣室へ向かう。
扉を開けようとしノブに手を掛け、思いとどまる。
あれはなんだったのか。見た目はリンだった。瞬間に感じ取った違和感。異物だ。本来あってはならないものがそこにあったそんな感じ。黒澤大五郎の事と関係があるのだろうか? わからん。得体の知れん何かの意図、手の上で踊らされてんのか? まぁ、仮にそうだったとして今の俺にどうこうする力はない。
「頭に来るぜ。ったく、入るぞ」
俺が部屋に入ると、猛烈な勢いでアーサーの顔を舐めている犬が目に入った。
「可愛いワンちゃんですねー 名前はなんて言うんですか?」
「マシュマロ……」
「マシュマロちゃんって言うんですかー」
「ハッ! ひらめいたッス! これでアーサーきゅんの顔を思う存分ベロベロできるッス!」
「絶対やるなよ! アー君に近づくな!」
『犬の名前かぁ、俺だったらラッシーって名付けるけどなぁ』
「お前にしてはめちゃくちゃ普通な名前だな」
『ミルウォーキーの殺人鬼、ジェフリー・ダーマーが2匹目に飼ってた犬の名前がラッシーって名前なんだよぉ。これ豆知識〜』
「あっそ」
別にいいけどなんでエルとケルベロスがここに?
「お前等朝っぱらから何やってんの?」
「あ、お師匠様おはよう御座います!」
「ハイ、おはよー」
「私が……連れてきた……この可愛さ……は……共有されるべき」
「なるほどね」
普通にしてたら実に愛らしい姿だからな。その気持ちはわからんでもない。
「このワンちゃんはなんていう犬種なんですか?」
アーサーの質問にエルに視線が集まる中、彼女が俺の方を見た。
「ゲイン知ってる?」
「えーっとそうだな……」
犬の種類なんて知らねぇよ。いや、絶対知ってそうなやつなら知ってるな。有識者に聞いてみるか。
「ちょっと待ってろ」
俺はチャットを起動させ、反応を待つ。
『あのーもしもし?』
『ゲインさん、どうかしたんですか?』
『リズロ君、ちょっと犬に対して聞きたいことがあって、全身真っ白で黒いつぶらな瞳、そこそこでかい犬が今側にいるんだけど──』
『今すぐ見せてください! スクショくださいスクショ!』
『お、おう……ちょっと待って』
俺は両手の人差し指と親指をくっつけ長方形の四角形を作りその中にケルベロスの姿を収める。
そうするとケルベロスの姿がデータ化され、画像データが彼にそのまま届く。
『どう? わかりそう?』
『あああああああ!! 間違いありません!! この子はサモエドです!!』
流石有識者。一発で答えを出してくれた。
『サモエド?』
『ハイ、某国出身の猟犬です!』
『猟犬!? この愛くるしさで!?』
『その通りです!』
『はえ~、すっごい助かったありがとう』
『いえいえ、いいんですよ。では』
チャットを終了させ、再びエルの顔を見る。
「こいつの犬種はサモエドというらしい」
「サモ……エド」
「しかも聞くところによると、猟犬らしいぞ」
「へーそうなんですか!」
「わんわん!」
ケルベロスが俺の元に近づいてきて、腹を見せてきた。
俺は身をかがめて腹を摩る。
「わふっ、うぉん」
「ほれほれ〜緊張感皆無〜」
下半身を見ると玉がなかった。今初めて気づいた。
「お前雌だったのかぁ」
こんな事やってる場合じゃねぇや。
腹を摩るのを中断し、腰を上げリンを見る。
「おい、リンお前に聞きたいことがあるんだが」
「なんスか?」
「お前さっき闘技場に来たか?」
「いや、行ってないッスよ。ずっとここでアーサーきゅんとラブラブしてたッス。ねー、アーサーきゅーん」
そう言ってアーサーに抱きつき、頭に鼻を押し付け匂いを嗅ぎはじめた。
「てめー! アー君からいい加減離れやがれ!」
「剥がせるものなら剥がしてみてどうぞッス」
「仲良くしましょうよ〜」
やはりあれはリンではなかった。しかし、何故リンの姿で俺の前に姿を現した? そして何故黒い奴があれ以降出てこなくなったのか……。わからん事が多すぎる。しかし彼女に深く関係しているのは間違いない。
「リン」
「もーさっきからなんスか? あたしアーサーきゅんのウルトラグッドスメル補給に忙しいんすけど?」
「絶音界発動」
俺とリン。そしてアーサーと犬1匹が突如として現れた黒い膜に覆われる。
「なんスか急に」
「お師匠様これは?」
「スリープ」
俺がそう言うとアーサーは眠りにつく。
「アーサーに聞かせても良いが、質問攻めにされても困るので一旦眠ってもらった。さてと、お前確か黒い神に会った時消えたって言ってたよな。その時何か変わった事が起きなかったか?」
「んー? そうッスね……別に、いやあれッスかね?」
「何かあったんだな?」
「変な音が聴こえたんすよ。木管楽器のすげぇ息吹いた時みたいな音が鳴ったんすけどそれ位ッスよ」
間違いない。あの時の俺と似ている。こいつもあれに会っていたんだ。だから五体満足でいられたと考えていいだろう。
「他に何かあるか?」
「これと言って別にないッスよ」
「お前の師匠達だが、それは前世からの付き合いなのか?」
「そうッスよ。羨ましいッスか? あげないッスよ?」
前世からの付き合いか。他には何の情報も持ってなさそうだ。なら、こいつが持っている情報といえばこちらの方だろう。
「そうか。あと最後にいいか? お前の祖父について聞きたい」
「じーちゃん? 何で先輩がじーちゃんの事なんか聞きたがるんスか?」
これは賭けだ。どうなるのか俺自身予想がつかん。だが、遅かれ早かれ周知の事実になる。
「お前の死んだじーさん。黒澤大五郎だが、恐らくこの世界でロボットとなって生きている可能性がある」
アーサーの頭から顔を離し真っ直ぐ俺を見つめ、彼から手を離して俺ににじり寄ってくる。
「じーちゃんが……じーちゃんがこの世界に? どこに……どこに居るんスか!?」
「それはまだわからん。言ったろう恐らく生きていると──」
「でも、何でじーちゃんが……」
「黒澤大五郎は俺でも知ってるレベルの大富豪だ。一説ではインフラ、政界どころか、裏から世界情勢すらも操作してたって噂のやべー爺だったらしいな」
「じーちゃんはそんなんじゃないッス! あたしにはとっても優しくしてくれたッスよ!」
この反応から見るに余程祖父と孫の関係は良好だった様だ。
「羨ましい限りだ」
「え?」
「いや、なんでもねぇ。もういい大体わかった」
俺が絶音界を解くと窓に何かがいた。異様に長い手、白い体毛に大きな目玉。
「ウキ、ゴリラズ様がお呼びだ」
「可愛い!」
小さなテナガザルが長い手を俺に向けてこっちへ来いと手招きしていた。




