第170話 俺、愉悦に浸る
「酷いよゲイン君、僕を放置するなんて〜」
「悪かったよ!」
「ハァ〜全く……。そういえば扉の前に例の昼食が来てたよ」
「そうか。アーサー、悪いんだが聖女とリンを読んできてくれるか?」
「ハイ、わかりました!」
アーサーが小走りで部屋から出ていき、彼女達を連れて戻ってきた。
「なんすか先輩?」
「お前等よく聞け。現時刻を以ってこの肉を食うことを禁ずる。いや、この都市に売っている食い物は買うな。そして飯はここで全員揃って食うこと。良いな?」
「別に良いけど理由はなんだよ?」
聖女が訝しげな表情でこちらを見ている。
まぁ、当然だろうな。
「今から話す事は確証が取れていない。俺の妄想だ。それでも聞きたいか?」
「勿体ぶるんじゃねぇよ。とっとと話せボケ」
「この定期的に提供されている肉だが、恐らくはグールの肉を加工、もしくは処理したものだ」
「グールの肉?! グールってあの臭いモンスターですか!?」
「その通りだ。アーサー」
「ゲイン君と地下に行ったんだけど、そこにグール・クイーンがいたんだ……。グール・クイーンは単為生殖が可能だ。その子供がおびただしい数地下にいたんだよ」
『へぇ~っそうなんだ』
「丁度そろそろ腹減ってきた所じゃないか? 食いたければ食えばいい。そこはお前等の勝手だ。さっきも言ったが、これは俺の妄想だからな。勿論、違う可能性の方が高い」
皆一様に顔を見合わせている。
アーサーが口を開いた。
「僕はお師匠のラーメンが食べたいです。母が作ってくれるラーメンと同じ位凄く美味しかったので」
「食いたい物があるならアーサーの様にどんどんリクエストしてくれていいんだぞ」
エルが手を上げた。
「はい、エル」
「パフェ! ケーキ!! チョコケーキ!!」
徹底してるなぁこの子は。
「私はその……お兄様が作って頂ける物なら、何でも頂きます。あっお兄様と同じ物が良いです!」
「俺あんま大したもん食わないんだけどそれでもいい?」
「ハイ、お願いします!」
そんな鼻息荒くしなくても良くない?
いや、別に良いんですけど。
「次、リン」
「カツカレーがいいっすね」
「カレーね、意外と質素だな」
「好きなんすよ」
「嫌いなやつなんておらんやろ」
「そうッスね、昔よく病室で頼んでたんすよ」
「ふーん、思い出の味ってやつか」
最後に聖女が口を開いた。
「ない」
「は? 食いたいものがねぇのか?」
「私の親は私の事化け物扱いしてたから、ほとんど飯なんて食わせて貰えなかった。だから私には好きな食い物なんてない」
「お前の過去なんかに興味はねぇが、お前だけ飯食わせないのはおかしいだろうが。何でもいいなら俺と同じにするぞ。俺は基本汁飯しか食わん。それでもいいか」
「それでいい、いやアー君と同じがいい」
「わかった」
俺は両手を翳し床に皿やどんぶりに盛られた各々の料理が出現する。
「各自好きに食え」
ケルベロスの方にも手を翳しショートケーキが出現したのを確認した。
美味そうにケーキをパクついてる。本当にケルベロスなのか。地獄にいる姿と現世の姿の違いがある個体なんだろうか? レア種過ぎて情報が全くないんだよなぁ。このチョーカーも何か意味があるのだろうか?
頭を撫でてやると実に気持ちよさそうな表情のまま尻尾をフリフリしている。
まぁ何にしてもまず腹ごしらえだな。
俺はケルベロスから離れ椅子に座る。親指と中指を擦り合わせ、パチンと弾くとテーブルに2つの茶碗と箸が表れた。茶碗に盛られた白米。もう一つの黒色の茶碗には味噌汁が入っている。
味噌汁はワカメ、油揚げ、小さく四角にカットされた豆腐という極々普通の味噌汁だ。俺は茶碗をもち茶色い液体が、真っ白な宝石の様に輝くご飯の上にぶっかける。
やはり汁飯は素晴らしい。ご飯の糖質、豆腐や油揚げのタンパク質、ワカメの食物繊維、これぞ完全食のあるべき姿だ。汁飯を初めて開発した人がどんな人かは知らんがきっと相当賢い人に違いない。並々と茶碗に注がれた味噌汁を見る度そう思わずにはいられない。
「あっしまった」
愉悦に浸っている場合ではない。我が妹にこの早い・旨い・楽という3つの素晴らしいハーモニーを共有してやらねば。
俺はエスカの椅子から立ち上がり、彼女の元ヘと行きしゃがみ込む。
「エスカ、こいつの食い方を教えてやろう」
「はいお兄様!」
「まぁ極々簡単なことだ。この黒色のお椀に入った汁をもう一つの茶碗にぶっかける。それだけだ」
「こうですね」
彼女が味噌汁の器を手に持ち、ご飯の入った器に向けて傾けた。
「うむ、それがぶっかけ飯だ。俺は時短の為にこれか、卵かけご飯しか食わん。戦士のお前には食い足りんだろうから、ハンバーグも付けといてやろう」
俺は空になった茶碗の横に更に盛られた煮込みハンバーグが出現させる。
「あと箸では食いづらいだろうからスプーンで食うといい」
インベントリから銀のスプーンを取り出し、エスカに手渡してベッドに戻った。
「ありがとう御座います! 大切にします!」
いや、別にそこまで気合い入れる物でもないんだけど。まぁ、喜んでるしいいか。
さて、序列入りは果たした。あとはアーサーのチームを除く適当に地下の奴等を処理し、悪魔を顕現させてアーサーが勝てば大体のここでやる事は終わりだな。アルジャ・岩本の話を鵜呑みにするなら、この大陸から出ればヤルダバオトⅧ式は復活。次は東か。
プロト・ゼロと呼称されるあのお花野郎はどうするか……。あいつらは何なのだろうか。敵である事は間違いない。居場所さえわかればニライカナイで地上から滅却してやるんだが……。
『ねぇけんちゃん』
「んだよ」
『俺の分はー?』
「いや、お前ロボットじゃん。口ないじゃん」
『雰囲気を大事にしようよ〜。俺だけ食ってないなんておかしい……おかしくない?』
「おっそうだな」
俺は仲間の飯を食いながら談笑している彼等を見ているうちにある記憶が蘇った。
「そういや昔一切料理しないお前が一度だけ料理持ってきた事あったよな? いやありゃ干し肉だったか? なんか俺含めて皆に配ってた」
『あぁ! あれね〜。ちょっと試したかった事があってさ。その実験で作ったジャーキーだね』
「あれ何の肉だったんだ?」
『問題です! ジェフリー・ダーマー、アルバート・フィッシュ、エド・ゲイン。この3名に共通する事はなんでしょう?』
「は? 何だいきなり」
『ちなみに俺が1番好きなのはアルバート・フィッシュです!』
「知らねぇよ。アメリカ人?」
『えっけんちゃんのゲインって名前エド・ゲインから取ったんじゃないの?』
「いや、成長を意味するゲインとパワーゲインから取った」
『マジメだなぁ』
「何の話だよ、何なんだよ。アルバート・フィッシュって誰だよ」
『真性のマゾヒストで食人鬼のシリアル・キラー』
「は?」
『隣人の女の子を解体してスープで煮込んで全部食べてから、その子供の親に味の感想文を送りつけた。死刑になる際、その痛みはまだ体験したことないから楽しみだと辞世の句を残して嬉々として死んでいった。俺が人類史上最も狂っていると思ってる人。ちなみに感想文送った事から犯行が明るみになった』
「ハァー、そうだ。お前そういうタイプだったな。で、それがなんだよ」
『俺があの時配ったジャーキーはビーフでもミートでもないんだよね』
「ま、まさか……あの時皆に配っていたジャーキーは!!」
『そう、あれはに──』
俺はこの阿呆の顔面を押し潰し窓から捨てる。
「このキチ○イが。取ってこいボケェ!」
「おい、アルジャ・岩本今のガチなのか?」
「何? 結構周りが騒がしくて聞いてなかった」
俺はビーディからの話を掻い摘んで説明した。
「結論からいう。恐らく可能だ。そもそもそんな事をしようという発想がなかったから、罰則を儲けようという発想もなかった。ちなみにハガセンは18禁に相当する行為は1発BANだ。君は何度も妹であるエスカさんとセックスしているけど一切BANされる気配がない」
「ちょっと待て、ハガセンでもやろうと思えばできたのか?」
「胸やお尻は触ろうと思えば触れるし性器や後ろの穴も完全に再現されている。アナザーキャラなら勿論、デザインや、毛量まで思うがままだ。君ならよく知っているだろ? 皮肉にも君とエスカさんの存在が現実世界である証拠の1つになってる。そもそも、ハガセンにはアナザーキャラとの性行為なんて機能は実装されていない」
「なるほどな、参考までに聞きたいんだが、1発BANってのはどうやって通知されるんだ? まさか問答無用でアカウント消去はないよな?」
「無課金のアカウントを除き、過去に1度でも課金歴があるなら、すぐには消去されない。課金額が大きい場合は警告文で済む」
「うっわえっぐ」
「何を言っているんだ君は。慈善事業じゃないんだぞ。世界最大規模のVRMMOだ。裏でどれだけの金が動いていると思っているんだ。ハガセンはただのゲームじゃないんだよ」
ふと、俺は恐ろしい考えが頭をよぎる。
「なあ仮にGM権限を持ったやつが、ここに来たらどうなる?」
「どうなるって……いやまず不可能だ」
「どうしてそう言い切れる」
「GM権限を持つにはアリスにコンタクトしなくてはいけない」
「アリス?」
「ハガセンを統括するAIの呼称だ。GM権限を持つには彼女に認められなければならない。その条件は質疑応答系式の1200問以上のテストにほぼノーミスで合格しなくてはならないんだ」
「つまりそのアリスが見つからない以上GM権限を持った奴は現れない。そう言いたい訳か」
「その通りだ」
「いたら?」
「仮に居るのだとしたら、相当優しい人だ。僕達をBANせずに見守ってくれている。アリスは完全にスタンドアローンのAIだ。GMにはその完全に独立したネットワークを用いてアカウントの全てを監視する事ができる」
「プレイヤー単位でエージェント機能が使えるって事か」
「御名答」
「ハァーったく」
全く色々考えていたのに、一気にどうでも良くなってしまった。
インベントリからタバコを取り出し、無詠唱で火を付け口に咥える。
とりあえず、次はアーサーとの模擬戦だな。
あえて言わずにおくか、俺の知らん攻撃、俺の知らんスキルか。今思えば初めてあいつと出会った時も俺の知らんスキルを叫んでいた。オリジナルの技、ロボットでもないのにロボット専用のアームを着装できる。あいつの存在自体も謎だな。あいつが勇者たる所以、何故王女はアーサーに悪魔を殺せ等という何の意味もない使命を彼に課したのか。
そういえ初めて謁見した時、王女は何か俺に語りかけていた様な……。
「アマテラス、こちらへ来てD3の4を再生してくれ」
「了解どす」
ドアが開いたと同時に着装を完了させ、画面上にあるムービーが再生される。
『漆黒の騎士……? まさか、もし? 貴方は――』
この王女の反応をどう取るかで大きく変わってくる。エスカから俺の事を予め聞いていた。これはもっともだろう。もう一つは俺が転生してすぐ俺の存在を知った。時系列が不明である為、なんとも言えんが後者であった場合、彼女はゲームマスターである可能性が非常に高いと言うことになる。
「後々会う必要があるな。彼女に」
俺は仲間と談笑する皆の方を向きながらタバコを吹かした。
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