第109話 俺、食堂で皆の飯を作る
眼の事どうしようかな。
気怠げな気持ちが頭の中を駆け巡る感覚に陥りながら、俺は真新しい木でできた引き戸の取っ手を掴み力を込めるとガラガラと音を立てながら左へスライドしていく。
「入ってどうぞ」
俺は入口近くに立つとアルジャ・岩本の方へ向き直り右手を軽く動かし催促すると、彼は中へと入っていく。
彼に続いて俺も中へ入るとひとりでに引き戸が動きだし、ゆっくりと戸は閉まった。
俺はカウンターへと移動し、皆の視線を一身に浴びる。
新しく作られた空間は純和風な雰囲気に包まれている。
木製のカウンター席に座っているのはエスカ、エル、アルジャ・岩本の3人。
彼等の後ろに畳が敷かれており、アーサーを中心にしてリンとセリーニアが左右に陣取っている。セリーニアの真横にはメイド服の女が一人。
ちなみに靴を脱いで上がるタイプなので4人とも素足で木製の長テーブルを前に青い座布団へ腰をおろしている。
バーの頃より少し手狭になってしまったが、座れる人数は増加している。ぶっちゃけ飯食うだけの空間なので特に問題はないだろう。
――ある一点を除いて。
「あの先輩――」
うっわ、来た。また同じ事言わなきゃならんのか。
気怠げな気持ちがどんどん大きくなっていくが、俺は後ろで礼儀正しく正座して座っているツインテ娘に目を合わせる。
「なんだよ」
「その目あれッスか。初代マスクドブレイバーに出てきた、怪奇! 目玉ビーム伯爵の真似ッスか。マニアックすね。あれは確か人間に擬態して人を襲うんスよ。一般人と見分けがつかないつって作中だと苦しめられるんすけど、思いっきり片眼が光ってて一目瞭然なのが、突っ込みどころ満載なんすよね。最後は確かブレイブスラッシュで光ってる目を斬りつけられて爆死でエンド。作中タイトルが目玉ビーム伯爵なのに貴族要素とビーム要素一切ないでかい目玉の怪人って所も面白いッスよね」
「唐突に懐かしいなおい。当時はまだ黎明期で資金繰りが厳しかったんだよな。涙ぐましい超アナログな演出の数々と突っ込みどころがあるタイトル。VR技術が当たり前の世の中に、旧世代の人とミニチュアを使った超ローテク特撮番組が突如として現れて困惑したもんだわ。初代のあの独自な雰囲気が最高なんだよなぁ」
「わかるマン。で、その目どうしたんすか」
結局出戻りかよ。そこは進めよ。
「イメチェン」
「イメチェン?」
「そう」
「ふーん。いいんじゃないッスか? マスクドブレイバーに出てくる怪人みたいで嫌いじゃないッス」
意外と軽かった。彼女がウインクしながら親指をピンと立ててきた為、同じく親指を立てる。
思わぬ方向に話が転がったがやっと本題に入れる。
「えー世間話はこの辺りにしといて。今から自分が食べたいものを言ってくれ。俺が作るから」
俺はカウンターを出て、気持ち狭い空間を進み、畳に座ってる面々の前で立ち止まる。
「まず、アーサー何が食いたい?」
「ラーメンが食べたいです!」
「ラーメンね、味は醤油でいいか?」
首を上下にコクンコクンと振るアーサーを確認し、その右隣にいるセリーニアに目線を合わせる。
「アー君と同じものをちょうだい」
注文を確認し、次に移ろうかと思ったが個人的にある事が頭の中で引っかかった。
「お前箸使えるのか?」
「問題ないわ。幼少の頃アー君の家でアー君のお母様から箸の使い方習ったからどうにかできるでしょ。使えなかったらアー君に教えてもらうわ」
「うん。良いよセリーニア。僕が教えてあげるからね」
「ありがとうアー君。お礼にラストエリクサーあげようか?」
「おい、申し訳ないが食事時にそういう話はNG」
「冗談よ。アー君一緒に食べよう?」
「よくわからないけどもちろんだよ、セリーニア」
さて、次はリンだ。
俺は彼女の前に立つ。
「リン、何が食いたいんだ?」
「ビーフカレーが食いたいッスね」
意外だ。対抗意識むき出しにしてラーメン頼んでくると思ったが違うのか。
「ビーフカレーね。ラーメンじゃないんだな」
「ビーフカレーは昔食べた最後の思い出の味ッスから」
「昔ね……」
「あたし子供の頃事故で両足が動かなくなっちゃったんスよ。すごい辛かったンすけどある時、家のじーちゃんがヘッドギアをあたしにくれたんス。そのおかげでVRの世界で歩く事がまた出来るようになったんッスよ。それからVRのゲームやったり特撮番組の動画見たりして時間潰してたッス。なんかたまにじーちゃんが来ては新しいヘッドギア持ってきてくれたッスね」
「へーそうなのか。俺が愛用してたのは黒澤工業製の第7世代ヘッドギア、イプシロン1だったなぁ。あれかなりスペック高い割に安価で使い安い、いいヘッドギアだった。もう一つのハイエンドモデルのヘッドギア何つったかな……。すぐ生産中止になった奴……思い出せん」
「黒澤工業? 先輩それあたしのじーちゃんが作った会社ッスよ」
「ハァ!? お前あの複合大企業黒澤工業の会長、黒澤大五郎の娘なのか!?」
「娘じゃないッス。孫ッス。とーちゃんは黒澤真司ッス」
「超ド級の大金持ちじゃねぇかお前ん家ぃ!?」
俺は机に乗り出し、リンの顔をマジマジと見つめる。
「先輩暑苦しいんで離れてほしいッス」
「え、あのさあのさここだけの話。機密裏に人型ロボット作ってたってマジなん?」
「なんすかその話、全く知らないッス。つーか、あたしハガセンのゲームマスターのバイトの最中に急に具合い悪くなってそのまま死――」
「バッカ! ここでそれ以上言うな!」
俺は彼女の口を両手で塞ぐ。
「ンー! ンー! いきなり何するンスか!」
「だから! 昔の話し過ぎるとヤバイんだって! お前も知ってるだろ!」
「たぶん大丈夫ッスよ。あたしあの真っ黒いのに何も言われてないッスもん。ただあり得ないとか馬鹿なとか三下の幹部が言う様な台詞吐いたかと思ったらぶっ飛ばされて、気がついたら仕事中のハガセンのデータのまま道に立ってたンすよね。その生前最後に食べたのがビーフカレーだったんすよ~」
「そんな事があったのか」
「そうなんすよ。でも、先輩に出会えてマジラッキーだったッス。一人でいてもつまんないッスもんね」
「ま、まぁな」
「一ついいかな?」
不意に話かけられ後ろを振り向くとアルジャ・岩本が俺たちの方を見つめていた。
「黒澤工業が兵器開発していたのは恐らく事実だよ。僕件の話オファーされたからね」
「件の話って?」
「だから機密裏に行われていた兵器開発の話さ。でも、どうやらトラブってポシャったぽいよ」
「それはなんでなんスカ?」
「……実験台に使っていたモルモットが死んだかららしい。詳細は一切が不明。というのも、黒澤大五郎はこの後モルモットのあとを追うようにして自殺しているんだ。新しく発売したばかりのヘッドギアを付けた状態で。解剖の結果、脳みそが焼き切れて即死だったらしい。あくまで噂だけどね。ところで、ご飯まだ?」
「おぉ、悪いちょっと待ってくれ。先にこっち終わらせるから」
セリーニアにくっ付く様な形でこちらを見ている青いメッシュにどピンクのロングヘアーという死ぬほど目立つ髪色をしたメイドが俺を見ている。
「お前何食べたい?」
「なんでもいいです」
来たよ。1番ダルいパターン。なんでもいい。大概こういう奴に限ってあとから実は〜が食べたかったって言ってくるんだよな。
「なんでもいいなんて食いもんは存在せん。名称を言え。好物はなんだ。あとお前名前は」
「ありません」
「好物と名前がありませんって言うのか。随分と珍しい奴だな」
「面倒くせぇ奴等だな! 今アー君と今イチャラブしてんだよ! 私の幸せタイムに介入して来るんじゃねぇよ!」
いや、知らんがな。
「しいて言うのなら……好物はリンゴ。教王様からは信者287号と呼ばれていました」
「なんだ。両方ともあるんじゃないかリンゴだな。アップルパイでいいか。名前は〜お前つけてやれ」
「ハァ!? なんであたしが!?」
「だってお前にべったりじゃんか。ハイよろしくぅ!」
俺は踵を返し、カウンターへと舞い戻る。
「で、次はカウンター席に座っている君達だ。まずアルジャ・岩本」
「そうだね~。なんでもいいんだよね! じゃあ、ウィックのハンバーガーとLサイズのポテト! あとライムスプラッシュジュースを貰おうかなあ、ピクルス抜いてね。嫌いだから」
「アホかな? あると思う?」
「逆に何でないの? 定期的に鋼戦記とウェークエンドバーガーはコラボしてたでしょ?」
「俺はご飯派だ。バーガーなどガキのおやつじゃないか」
俺がそう言うと彼は小さくため息をつき、両方の手のひらをクイッと上空に上げ肩をすくめる。
「全く失望したよ。君ともあろう者がウィックコラボイベやってないなんて。仕方ないな。裏ワザを教えてあげよう」
「裏ワザ?」
「そうだよ。さ、コンソールの料理の所をタップして」
俺はコンソールを開く。
眼の前には白い枠で半透明のボードの様な物が現れた。言われるがまま料理と書かれた文字をタップすると画面が切り替わり、今まで作成された料理の履歴がズラリと表示される。
「表示したけどどうすんの」
「上にずーっとスクロールし続けて」
人差し指を下方向に動かすと枠に書かれている文字が上ヘ流れていく。ハガセンのUIは基本的に上下のみ反転されている。上方向にスクロールすれば項目は下ヘと向かい下方向ヘスクロールすれば上ヘ向かう。
今下に目一杯スクロールし続けて項目は既に限界を突破し、文字は一切写っていない。
「おいまだ続けんのか?」
「そろそろいいかな。今度は下に向かって超スピードでスクロールして」
「超スピード!?」
指を下方向ヘ攣りそうなくらい力を込めていたのに今度は逆に上ヘ早く動かせと彼は言う。
俺はそのまま人差し指を上方向へと素早く動かした。
すると白い枠の色が緑色に変化した。
「アドミニストレータモードヘようこそ。まぁ僕はデバッグモードって読んでるけど」
「何か知らないレシピがクッソ増えたんだけど……なんだこの殺人級レシピ(仮)って」
「さぁゲイン君。うもしくはWの項目にヘ行ってもらおうか。そこに僕の求める料理がある」
「お……おう」
右端を軽くシャッと軽く人差し指でスクロールするとあ~ん、A〜Zの文字が現れた。
俺はうの文字をタップする。
すると、うで始まる料理が表示された。
「うっわマジか」
そこにはウィークエンドバーガーのハンバーガーセットがずらりと並んでいる。
「おめでとう! えっとじゃあねぇ、店員さん! ウィークエンドチキン南蛮バーガーとスペシャルナゲットとホットチリポテトのLサイズにライムスプラッシュジュース頂戴!」
「最初と全然違ぇじゃん! つーか誰が店員だ! まぁ、別に良いけど。次はエスカ」
「そうですね……肉を……その、さっき話していた。ハンバーガーというのは肉料理ですか?」
「そうだよ。とっても美味しい。ウェークエンドバーガーを食べれば毎日がウェークエンド〜。イエ~イ」
ダメニートの日常の様なキャッチコピー歌いやがって。
「では、私もそのウィークエンドバーガーをお願いします」
「ハイ、了解」
俺は最後に残った女の子の方へ向き直る。恐らく最も手強い相手であろう。エルの元へ。
「食べたいものを――」
「ショートケーキ! チョコケーキ! アイスクリーム! フルーツ!」
ハイ来た。絶対そう来ると思った。だからこいつは最後に回したんだ。絶対面倒くさい事になるってわかってた。
「あの、えっと皆普通に注文してるよ? 自分だけ異質やない?」
「それが?」
「それがときますか……。まぁ良いか」
「ねぇ……聞きたい事があ……る」
「なんだ?」
ホールサイズのケーキ食べたいとかだったらどうしよう。
こんな狭いスペースじゃ無理だぞ。
「オーディーンを倒す……時ボルカニックシザーが余計に一回分撃てたのは聖女が持ってるメイスのお……かげ?」
「あぁ、その通り。なんだマジメだなぁ」
「うん……何でゲインが彼女のメイスもってるの?」
「え?」
「え? いや……だからなん――」
まずい……これは本当にまずい。
何とかしなければ。
「うお! しまった〜。つい手が滑って超メガ盛りストロベリー&チョコパイパフェを選んじゃった〜。仕方ないよな〜。つい手が滑っちゃったから〜。不可抗力だよなぁ〜」
虹色の光が溢れ、彼女の眼前に真っ赤なパフェが現れる。てっぺんにパイ生地に包まれたソフトクリームが鎮座しており、ストロベリーソースとチョコソースが溢れんばかりかかっている。
「わーい! いただきま~す!」
俺はすかさず底の平たい部分に手をのせ、彼女から気持ちスッとずらす。
「さっきの話、これから先一切聞かないと言うのなら食わせてやってもいい」
「私……何も聞いてない。なんの事だかさっぱりわからない」
俺は彼女の眼の前にパフェを移動させる。
「どうぞ。お納めください」
「ウム……。大義……である」
俺は指を鳴らすと全員の机に虹色の光が生まれ、各々が頼んだ料理が眼前に現れた。
「よし、食事を開始! おかわりもいいぞ!」
「「「「いただきま~す!」」」」
俺はカウンターに戻りコンソールを開き、順番に確認していく。
ゆっくりと下ヘスクロールしていくと幾つかnullだとか(仮)と書かれた料理が目に入る。
「うーん。ん?」
適当に確認していくと、興味をそそる文字があった。
タップすると小さく虹色の光が現れ、ぽとりと床に落ちた。
拾い上げると確かにそれは紙タバコだった。
指先に火が灯るだけの魔法であるミニマムファイアを無詠唱で発動させると、指先にマッチ一本分程の火が出現する。
徐ろに紙タバコを近づけるとチリチリと音を立てた。
口を付け一気に吸引し煙を口と鼻から引き出す。
「フゥ~、まさかここに来てタバコが吸えるとは思わなんだ」
お気に入りに登録し、コンソールを閉じる。
「あ~やっべ。禁煙してたのに再発しそうだわ」
「ハガセンではビールやタバコ、その他18禁に該当する行為はご法度だからねぇ」
「ずるいぞ。開発側だけタバコ吸えるとか」
手に持つタバコを握り潰しその場に捨てる。
「ポイ捨ては良くないと思うよ」
「掃除はメイドがやってくれるから何の問題もない。もう一本だけ吸ってやめよ」
お気に入りのタブをタップしタバコを選択、指先にタバコが出現し口にくわえ、火を付ける。
「ねぇ、煙たいから向こうで吸っておくれよ」
「しょうがねぇなぁ」
俺が手をかざすと手のひらに緑と紫の魔法陣が出現する。
「サモン! 風の精霊ウィズダム! 闇の精霊ノイズ!」
俺が叫ぶと虹色の4枚羽根を持つ緑色の妖精と砂嵐の映像を人間の形にくり抜いた様な物体が現れる。
「ウィズダム気流操作。ノイズ闇次元解放」
俺の両隣にノイズとウィズダムが陣取ると、俺の頭上に黒い穴の様なものが出現し、タバコの煙が穴に吸い込まれていく。
「これでどうだ。精霊を使った即席空気清浄機だ。文句あるまい」
「なんて無駄に贅沢な。そこまでしてタバコが吸いたいのか……」
「いいだろ2本くらい」
「お……お兄様ああああああああ!!!」
いきなりエスカが俺を見ながら叫びだした。
いやなに怖いんだけど。
「お兄様は精霊神をお、思うがままし、使役しているのですか!?」
精霊神って?
え、なにこいつ等凄い奴らなの?
その辺にいるの捕まえて育てたら進化しただけなんだが。
「まぁそれなりに。ちなみに全属性の精霊育成済みですけど」
「ぜ……」
「エルフ的にはやっぱ思うところある訳?」
「神です」
「は?」
「エルフにとってウィズダム、ダークエルフにとってノイズは神として崇められているんです。精霊神と呼称されています。精霊神は常人の前には決して現れる事はなく、その姿を見たものは森羅万象を司ると言われています」
「はえー、でも別に普通だけどな」
「あの、お兄様お願いがあります! 精霊神ノイズと戦わせて頂けないでしょうか!」
「え……俺のノイズと?」
「何卒宜しくお願いします!」
エスカは俺に跪きそのまま動かなくなった。
手に持ったタバコは知らぬうちに、長い燃えカスとなっていた。




