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「――妹のシアナの方が、俺の欲しいものを理解しているようだな」
エディアルドが手にしていたのは、パイの包みに挟まれたメッセージカードだった。エディアルドがヒラヒラとカードを見せた。
「たくさんの感謝を込めて、パイと姉を送ります。お礼は姉から受け取ってください。 シアナ・グリフ」
シアナめぇ~!
「このパイと一緒に姉を食べてください、とでも言っているのか」
クッと笑うエディアルドだが、私は真っ赤になって聞こえないふりをした。
「でも――」
ゴホンと咳払いしつつ、彼の目を見つめる。
「感謝しているのは本当。あなたがなにを欲しいのか、わからないけれど、欲しいものがあるのなら、言って欲しい。感謝の気持ちとして送るわ」
エディアルドは頬杖をついていた手から、顔を上げた。
「本当に? なんでも?」
「ええ。私にできることなら」
エディアルドのように宝石や装飾品を贈ることはできないけれど、パイを作れというなら、何度でも作る。それぐらい、シアナの病気を治療してくれたこと、感謝している。
エディアルドはふんぞり返って、顎を前に出す。
「むしろリゼットにしかできないことだ」
あ……なんか、ちょっと嫌な予感がする。エディアルドの目つきがいつもより、ギラついているように感じる。
「そ、それはどんなこと?」
何を言われるのかと身構える私を前にして、クスリと笑う。
「口づけが欲しい。リゼットからの」
思考がフリーズし、パチパチと瞬きを繰り返す。
エディアルドは頬杖をつき、ジッと私を見つめていると思ったら、いきなりスッと立ち上がる。その動作にビクッと体を揺らした私の隣に、エディアルドは腰かけた。
太ももが彼の足に触れ、伝わってくる体温に体が震えた。
「ダメか?」
隣を陣取り、私の顔をのぞきこんでくるエディアルドの熱い眼差しを受け、考え込む。
「……」
うつむき考え込んでいる私を、エディアルドは辛抱強く待っている。
「や、やるわ……!」
そうよ、なんでもやってあげると言ったのは、自分じゃないか。それにシアナが完治した感謝は言葉では表せないぐらいなのだから、口づけぐらいやってやるわ。
「そんな意気込まなくても」
エディアルドはくしゃりと顔をゆがめて笑う。
ごくりと息を飲み、ソファに膝をついて、立ち上がる。
エディアルドの両肩に手を置き、彼を見下ろす体制になり、まじまじと見つめる。サラサラとした長めの前髪に、青く輝く瞳はこの世界で唯一の宝石のようだ。
じっと見つめられて、戸惑いを隠せない。
「お願い、目を閉じて」
閉じた瞼からまつげの長さを感じ、ゆっくりと近づく。吐息が感じられる距離までくると、私も静かに目を閉じる。彼の肩にかけた手に自然と力が入ってしまう。勇気を出して、軽く彼の唇にチュッと触れた。
柔らかな感触に頬が火照るが、これで彼の望みは叶えた。
エディアルドは瞬時に大きく目を見開き、自身の唇に指で触れる。
「……頬にするかと思ったのに」
えっ!?
それ、ちょっと早く言ってよ!? 勘違いして、唇にしてしまったじゃない! それも私、初めてなのに!!
エディアルドは呆然とした顔つきでゆっくりと指で唇をなぞると、キッと顔を上げる。
青い瞳と視線が交じり合ったと思うと同時に、身を起こしたエディアルドに、両腕をつかまれた。端正な顔が近づいてきたと思ったら、唇に柔らかな感触を受けた。
顎に添えられた手と腰に回された腕が私を捕まえて離さず、そのまま激しく、まるで奪われるかのように、唇を貪られた。
ソファに倒れ込む私に、覆いかぶさるエディアルド。情熱的に深く、私を求める彼に胸の鼓動が激しくなり、苦しくなる。
熱く私の口内に侵入してくるエディアルドに逃げ場を無くし、受け止め続けた。
やがて呼吸が苦しくなり、限界を感じた時、ようやっとエディアルドが私から離れた。
荒い息遣いと涙目でソファに倒れ込む私を、エディアルドは身を起こして見ている。息の一つも乱れていない姿にイラッとしてしまい、握った拳で彼の太ももを叩き、無言の抗議をした。
「はっ、なんだ、それは――」
エディアルドは髪をかき上げ、私を見下ろす。
「煽っているのか? 可愛すぎるだろう」
――ちょっ、違うから――!
叫ぼうと思った唇は、再びエディアルドによって塞がれてしまった。




