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「すまなかったとは思う。だが、決してあきらめない。それだけは無理なんだ」
熱い眼差しを向けられて、心臓がどくりと跳ねた。
彼はどうしてここまで私に執着するのだろうと、不思議に思う。
「でも、アリッサとも仲良くしていたじゃない」
「アリッサ?」
エディアルドは不思議そうに首を傾げた。
「最近、舞踏会で側にいるじゃない」
「ああ、そういえばいたな」
エディアルドは肩をすくめた。
「俺が黙っているのをいいことに、最近では腕を絡めてきたり、腕をとって胸を押し付けてきたり。俺は他人にベタベタ触られるのは好きではない。むしろ不快だ」
エディアルドはスッと冷めた眼差しを見せる。
「俺の側をうろちょろして、リゼットの姿は見えなくなるし、つい言ってしまった」
「な、なんて……?」
「触るなと一言、告げただけだ」
エディアルドの様子が想像つく。冷たい眼差しをアリッサに向けたのだろう。
それに皆の前で言われてアリッサはさぞ屈辱だったはず。
「父であるマートン伯爵が飛び出てきて、娘の不敬を謝罪してきた。そのまま娘を連れて行ったから、もう近づいてはこないだろう」
「そ、そうなのね」
顔を引きつらせる私にエディアルドはそっと手を伸ばす。
「俺に触れていいのはリゼットだけだから」
温かな指先と微笑みに心臓が跳ねた。
好意を向けられて嫌かと聞かれたら、嫌じゃない。ただ、戸惑ってしまうのだ。
この年齢まで恋愛経験はゼロできたのだから――。
いや、待ってよ。
よく考えたら、その機会を阻止してきたのは、目の前にいるこの人なんだよな。
初めての恋愛が、いきなりの狂執着とくれば、ちょっと引いてしまうのも無理はないでしょう。
「で、帰りはどうすればいいのかしら?」
私は正座をし、改めてたずねた。精霊の加護の力でグリフ家まで送ってくれるのかしら。
エディアルドは顎に指をあて、真面目な顔を見せた。
「考えていなかった」
くっ、この……!! まさかとは思ったが、本当にそうか。
「一緒に寝よう、リゼット」
腕をつかまれ、胸に抱き寄せられる。
「寝るわけないでしょう! ちょっとは考えなさいよ!!」
顔を真っ赤にして抗議するが、エディアルドの拘束は緩まない。
「いいだろう。昔はいく晩も共に過ごした仲じゃないか」
「だからその言い方!」
真っ赤になって叫ぶ私をエディアルドは腕に包み込んだ。
「だいたいあなた、他人にベタベタ触れられるのは嫌いだって言ってたじゃない!」
「リゼットは他人じゃないだろう」
「じゃあ、なによ」
「俺の愛しい人」
ふっと嬉しそうに微笑むものだから、もうそこで言葉に詰まってしまう。
「眠れ、リゼット。疲れただろう」
私の頬に指先でそっと触れる。涙のあとを優しく確かめているようにも思えた。
彼の腕にくるまっていると、温かい。心地よいと思ってしまう。
「今日は俺もすまなかった」
ぽつりとつぶやく声は深く反省しているように聞こえた。
「ジェラールと一緒にいるのを見て、頭に血が上った。大人げない態度だった」
強く抱きしめられ、彼の顔を確認できない。
帰らないといけないのに……。でも、温かな体温は心地よすぎて夢の世界へと誘う。
もう少しだけ――。
そう思いつつ、静かに目を閉じた。
***
「おはようございます」
ん……。もう朝なの。
パチッと目を開けると、たくましい胸が視界に入り、驚いて跳ね起きた。ベッドの上で上半身を起こすと、一人のメイドが目を丸くして、こちらを見ていた。
「し、失礼いたしました!!」
「ちょっ、待って!!」
絶対、よくない勘違いをされた。第三王子が寝室に女性を連れ込んでいたとか、噂になっては困る!!
どうしよう、どうしよう。
頭を抱えていると、エディアルドが目を覚ます。
「もう少し、寝ていよう」
グイッと私の首に手をかけ、体を倒した。
「ちょっと、起きて! 帰らないと、家族に心配かけるわ」
部屋で寝ていたはずの娘がいないなんて、驚くに決まっている。
「大丈夫だ、朝に伝令が届くよう、加護を飛ばした」
なんでもありだな、精霊の加護。
エディアルドみたいに使いこなせば、不可能なんてないように思えた。
だが、これで私が行方不明だと心配させないですむと、胸をなでおろす。エディアルドは上機嫌に微笑んでいるが、嫌な予感がした。
「ねえ、まさか――」
「ああ。俺のもとに泊まると書いた」
ちょっ、なに馬鹿正直に書いているんだ~~!
エディアルドの首をひっぱり、締めたくなった。




