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ソファの方に足を進め、私を座らせ、目の前でしゃがみこんだ。
「お願いだ。見せてくれ」
ごくりと喉を鳴らす彼から緊張が伝わってくる。
これは直接見ないと彼は納得しないだろうと思った。
肩は難しくても、この程度なら――。
私は袖口のくるみボタンを外し、そっとブラウスをまくり上げた。
「ほら、どこにも傷跡なんてないでしょう?」
エディアルドはまじまじと見つめたあと、深いため息をつく。
「良かった……!」
ひぇっ!
しゃがみこんだ体制のまま私の腰に腕を回し、そのままギュッと抱きしめた。お腹に彼の顔があたり、くぐもった声が聞こえる。
「あの時、リゼットを傷つけて本当に悪かったと思っている。申し訳なくて、消えてしまいたいと思った。誰よりも大事だったのに――」
苦悩の声を出すエディアルドは、離れていた間、ずっと苦しんでいたのだろうか。
「大丈夫だから。そんなに気にしないで」
私は手を伸ばし、エディアルドの髪にそっと触れる。
「リゼットに拒絶されたらと思ったら、怖かった。だが、恨まれても復讐されてもかまわない、ただ会いたかったんだ……!」
「恨んでなんかいないわ。復讐を考えたこともなかった」
静かに顔を上げたエディアルドと視線がかち合う。
「私のこと、そんなに執念深いと思った?」
それは私に失礼じゃない。肩を揺らしてクスリと笑う。
「それに、復讐はなにも生まない、って昔からいうじゃない」
もう終わったことだし、傷跡も残らなかったし、十分すぎるほどの賠償金をいただいた。この件は過去のことだと、とっくに気持ちを切り替えていると告げた。
「それよりも、その姿について聞いてもいい?」
エディアルドはスッと目を細め、薄く笑う。
「あの件から、俺は深く考えた。俺が女の姿で、世間的には隠された存在だから、リゼットが離れていったと思ったから……力をつけると決めた。誰にも邪魔されず、本来の性別で堂々と外を歩けるようになりたいと強く願った」
エディアルドは立ち上がると、静かに私を見下ろした。
「俺のおじい様は、平穏な人生を俺に願っていたが、俺の願いは別にあると心に決めてからは、早かった。おじい様を説得させるほどの力、五大属性の精霊の力をコントロールできるようになるのに、必死だった。リゼットと離れ、すぐに髪を切り薬を止め、女性でいることを拒否し、精霊の加護を使いこなせるよう、鍛錬した」
淡々と口にするが、そう平坦な道ではなかったはずだ。彼の視線から意志の強さを感じとった。
「五大属性の精霊の加護があると告げた時の国王の顔が、見ものだったな。――俺のことを誉れだとか散々口にして、すぐさま息子と認めたよ。それまで俺の存在など、知りもしなかっただろうに」
エディアルドの母は権力争いを恐れ、極秘でエディアルドを出産し、祖父であるカーライル公爵が世間から隠して育てていた。エディアルドの母は産後、亡くなっている。ふと、なぜ亡くなったのだろうと思った。小説ではそこまで書かれていなかった気がする。
目の前でスッと膝を地面につくと、私の左手を取った。
「だからもう、俺から離れないでくれ、リゼット」
そのまま私の手に口づけを落とした。
ど、どうすんのこれーー!! なんでこうなっているのーー!
一方の私はフリーズし、動けないでいる。
「リゼット、指輪をつけててくれたんだな」
エディアルドのクスッと笑う声に我にかえる。
「そうなの、これ、抜けないのよ!」
大事な母親の形見だというので、今こそ返したい。無理だと思っても、再度指輪を外しにかかった。
「無理だから」
エディアルドはクスッと笑う。
「えっ?」
「それ、抜けないようになっているんだ」
な ん で す と
今まで何度も外そうと努力したのが、すべて無駄だったというの?
ちょっと、だったら先に言って欲しかったと、視線で訴えた。
「俺以外の男が近寄って欲しくなかったから」
サラッと告げた言葉にまたもや耳を疑う。
「今、なんて……」
「ああ、異性としてリゼットを意識しない力が込めてある」
お、お、お前のせいかぁ~~!
私にちっとも浮いた話が寄ってこなかった、元凶はお前か、エディアルド。




