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日本の決定

西暦1950年(昭和25年) 7月5日 深夜 日本皇国 皇都・東京 首相官邸


 カリスの王宮で起きた惨劇から凡そ10時間。


 事の詳細はその日のうちに日本政府上層部へと届けられ、首相官邸では総理及び大臣クラスの人間による閣僚会議が開かれていた。



「吉田さん、今回の一件は流石に外務省としては看過できないぞ」



 まだ48歳と、この閣僚会議に出席している者の中では一番若い外務大臣──白洲次郎はそう言いながら、外務を担当する者としての意見を伝える。



「外務省の過激派どもに賛同する訳じゃないが、派遣された外交団の殆ど、それも代表である杉原を含めて死亡している。ここまでやられれば、一戦交えなきゃ我が国の面子に関わる」



 白洲はそう言うと、懐から煙草を取り出して口にくわえると、ライターで火を点けて吸い出す。


 その口から吐き出される煙に、転生者である閣僚達は眉をしかめるが、白洲の主張を否定することはしなかった。


 なんせ、今回の一件では判明しているだけで既に外交団の殆どが死亡という被害を出しており、しかも唯一生き残った外交官である天城安子も行方不明(この時点では連れ去られたまま、発見されていない)という有り様だ。


 これだけやられてなにもしないのでは、国の沽券に関わるというのは確かだった。


 とは言え──



「ですが、今すぐにはなにも出来ん。なにしろ、今回の交渉はオーデル公国の仲介ということもあって先の砲艦外交のように艦隊を引き連れてはいないから、アルメディア王国近海に艦隊は展開されておらんからな」



 防衛大臣──山本五十六は半ば匙を投げるかのようにそう言った。


 そう、今回の交渉はオーデル公国の仲介によって行われたこともあり、万が一があっては不味いと使節団はヘリに乗ってアルメディア王国のカリスまで移動していたのだ。


 加えて、第五文明圏には去年移民を開始したばかりの千野半島に展開された艦隊を除けば、シーリアに駐留する1、2隻の駆逐艦程度しか存在しておらず、これでは今すぐなんとかするのは難しいというのが現状だった。



「それともシーリア駐留の駆逐艦にアルメディア王国の港を攻撃でもさせてみるかね?」



「いや、それは止めてくれ。無いとは思いたいが、天城外交官の命の危険に関わる可能性がある。それに私は今すぐ報復をしろと言うつもりはない。いま私が頼みたいのは軍の特殊部隊を使って天城外交官を救出して欲しいという事だ」



 白洲はそう言って特殊部隊の投入を山本、そして、総理である吉田に対して要請する。


 そもそも軍隊は警察とは違って人質の安全を考慮する任務などは基本的に行わない。


 しかし、特殊部隊だけは例外であり、彼らは地球世界において海外で邦人の救出活動を何度も(場合によっては秘密裏に)行った実績がある。


 だからこそ、こういった状況にうってつけの部隊であったのだが、意外にも山本はそれに対して首を横に振った。



「それは難しいな。陸軍の特殊作戦隊の精鋭は第五文明圏北部に潜入しているところですし、残りは本土に居ます。海軍の特殊工作隊の方は第五文明圏南部に潜入していますが、目立たぬようにバラバラに活動していますので部隊集結には数日の時間を要する」



「それは・・・しかし、何らかの対策を講じなければ、天城外交官の命は、いや、命は助かったとしても心が殺されてしまう可能性がある」



 天城安子は若く美しい女性であり、そんな人間が男に連れ去られているとなれば、どんな扱いをされているのかは想像に難くない。


 こんな馬鹿馬鹿しいことで部下(それも女性)を失いたくない白洲としては、なるべく早く彼女の身柄を保護して欲しかった。


 だが──



「気持ちは分かるが、無理なものは無理だ。なんせ、他国、それも国交を結んでいない国が相手だからな。ましてや、連れ去られた場所も正確に分からないのでは・・・」



「──つまり、天城外交官の救出は事実上不可能。そう言いたいのだな?防衛大臣」



「そうです。もちろん、“我が軍では”という但し書きがつくのでアルメディア王国の王宮に何度か出入りしているらしいダークエルフならなんとか出来るかもしれませんが」



 吉田の問いに対し、山本はそう答える。


 そもそも日本はまだこの世界に来てからまだ4年しか経っておらず、この世界の事を殆どよく知らない。


 いや、正確に言えばダークエルフの情報提供によって大体の事は知っているのだが、それをノウハウという形で吸収しきれていないのだ。


 特に第五文明圏に関しては入ってくる情報が潜入した諜報員からのものに限定されてしまっているために勝手が全く分からないし、ましてやアルメディア王国の王宮の構造を知っている者など誰も居ない。


 故に、仮に特殊部隊をすぐに投入できるといった状況であったとしても、日本単独での短期解決は不可能なのだ。


 しかし、ダークエルフは違う。


 彼らは依頼を受注、あるいは遂行させるために王宮に入り込んだこともあるし、なにより実行能力もある。


 だからこそ、山本は今回の事は軍ではなく、ダークエルフに依頼するべきだと暗に主張していたのだ。



「そうか。では、ダークエルフに依頼するとしよう。今回の事は彼らが適任のようだからな。しかし、我々もなにもしないというわけにはいかん」



「とおっしゃいますと?」



「確かカレドニア駐留艦隊が有ったな。あれをアルメディア王国に向かわせて、何処でも良いからかの国の港を1つ占拠してくれ」



「・・・お言葉ですが、海兵隊は現在、第1師団が千野半島、第2師団が千芝大陸に展開中で第3師団に至ってはまだ編成途上で本土に居り、そもそもカレドニアに居るのは艦隊の将兵のみで陸兵は一兵も駐留しておらず、海援隊も少数しか居ません。港の艦砲射撃や空襲ならともかく、占拠は困難かと」



 正確には出来ないわけではない。


 史実でもそうだったが、この世界の大型艦も不足の事態が起きた時には大勢で対応しなければならないために本来の運用人数よりも多目に人員を乗せており、そういった余った人員を中心に臨時の陸戦隊を編成して上陸させ、何処かの都市や拠点を占拠したりすることもたまに行われている。


 だが、基本的に彼らはあくまで艦の乗員であるため、海兵隊や陸軍の兵士と違って陸戦訓練は最低限で練度は民兵と同等か、それに毛が生えた程度であったし、装備も旧式な上に重火器に至っては全く無い。


 一時的な占拠は出来るだろうが、それが一週間だとどうなるか分からないし、一ヶ月となるとほぼ確実に占拠した拠点は奪還されてしまうだろう。


 なんせ、相手は航空兵力すら持っているのだから。


 だが、吉田はどうやらそれを投入したい考えのようだった。



「陸戦隊が居るだろう。彼らに一時的でも良いから港を占拠させろ。それと海兵隊だが、第2はともかく、第1の方は動かせないのか?」



「はい。千野半島の位置上、国が存在する地域とは魔物の生息地によって隔たれていますので、何処かの国が攻め込んでくる恐れは皆無ですが、その代わり魔物が度々出現しますので、いま交代の部隊を出さないまま海兵隊を引き抜いてしまうのは不味いかと」



「そうか。こういうときのために自衛隊は来月創設させる予定だったが・・・予定を早める必要がありそうだな。まあいい、それで第3師団は編成途上ということだが、仕上がりはどれ程になっている?」



「兵員は予定の半数程。ただ兵器の充足率に関しては軍縮によって余った旧式兵器を割り当てていることもあり、ほぼ100パーセントとなっています」



「半数・・・ということは規模は旅団程度か。では、その部隊を出そう。1個旅団でも港町1つの確保くらいならば出来るだろうからな。それと陸軍も2個師団ほど選別して出動準備をさせておけ。場合によってはアルメディア王国そのものを占領せねばならん」



「はっ。しかし、海兵隊の方はそれで良いとしても、流石にアルメディア王国を2個師団で占領するのは難しいのでは?」



 山本はそこが懐疑的だった。


 海軍出身である山本は陸上での戦闘については概要程度しか知らず、ぶっちゃけその知識レベルは一般人のミリオタとあまり大差無かったが、それでも明らかに日本本土より何倍も大きいアルメディア王国の領土をたった2個師団で占領できるとはとても思えなかったのだ。



「問題ない。足りなければ追加戦力も投入するつもりだからな。それと自衛隊が発足次第、現地に配置された海兵隊の師団と交代させ、両海兵師団をアルメディア王国に派遣する」



「それでは戦力の逐次投入になります。それに発足されたばかりの新しい組織にいきなり魔獣退治を行わせるのは・・・」



「仕方がないだろう。近くに補給拠点がない以上、一度に投入できる兵力に限りがあるのだからな。それとも君は何か対案が有るのかね?」



「・・・いえ」


 

 そう言われてしまうと、山本としても黙る他無い。


 吉田の指摘した問題点は紛れもない事実であったし、対案がある訳でもなかったのだから。



「他の者は?」



「「「「「・・・・・・」」」」」



「・・・では、決まりだな。山本大臣、君は速やかに艦隊の派遣と海兵隊の出動準備、そして、師団の選別とアルメディア王国の占領計画を練ってくれ」



「・・・承知しました」



 吉田の言葉を山本は渋々ながら了承し、早速一番困難になりそうな陸軍との協議について考え始めた。


 ──かくして、日本は軍の派遣とアルメディア王国への制裁を決定する。


 そして、この4日後、派遣されたカレドニア駐留艦隊はアルメディア王国の港町の1つであるアリエスを占拠した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「スティルの身柄を我が国に引き渡せ。そうしない限り撤退はしない」 という脅しだと。 そのあとどうなるかは、まあ自明ですが。
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