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自分の変化


 私は剣聖。

 戦って勝利するのが仕事。

 たくさんの料理の包みをパルセたちに渡して「これで暖炉の掃除を頼めるか?」と聞くと笑顔で受けてくれた。

 物資給というやつだ。

 私では食べきれないというのもあるが、こんなにたくさんの“お礼”は、私には過ぎたもののような気がしたから。

 減って半分になってもまだまだ一人では食べきれそうにないそれらをポシェットにしまい、通行人にセッカ先生の居場所を聞く。

 今日は温室にいるらしい。

 お礼を言うと「こちらこそ。昨日は厄災魔物を倒してくれて、ありがとう」と礼を返されてしまった。

 こういう時、どう返せばいいのかわからず俯いてもごもごとしてしまう。

 真っ直ぐ温室に向かうと、試験管の中にある緑色の液体を眺めるセッカ先生。


「それはなにかの薬だろうか?」

「わあ! びっくりした」

「あ、すまない」


  気配消しはしていないはずだが、そもそも普通の人間は気配も足音もわざわざ消さないのだったな。

 反省反省……。

 改めて「おはよう」と声をかけるといつもの優しげな笑顔で「おはようございます」と返された。

 その笑顔で胸がキュッと苦しくなる。

 これは、なんなのだろう?

 この感情は……これはなにかの感情なのか?

 不可解だ。

 嫌ではないのに、変に苦しい。

 困る、というのに近い感覚だろうか?


「アリア嬢?」

「あ、すまない。実は相談があるのだが」

「はい。なんでも相談してください。どうしました?」


 試験管を木の枠に入れて、車椅子ごとこちらに向き直る。

 少しだけ息を吐き出し、意を決して話を切り出した。


「実は昨夜――」


 セッカ先生に、五代目賢者や初代聖女に教わった紋章念話で、情報を共有したことを話す。

 そしてその時に聖女がクラッツォ王国の現状を聞いた。

 巨大な厄災魔物が十体。

 王都は聖女の結界に守られてはいるが、その四方を四体の厄災魔物が居座り、残りの六体が国内を荒らしまわっている。

 すでに多くの人が犠牲になっており、災害が起こり町や村が呑み込まれているという。


「なるほど。アリア嬢は……それを救いたいのですね」

「なぜわかるのだ?」

「あなたの心は剣聖ですから。いえ、あなたは魂の形が英雄そのもの。救いを求める声が聞こえたら、体が自然にその声に応えようとするでしょう。それがあなたの意思」

「私の、意思」


 確かにその通りだ。

 言葉にされると、ストンと胸に落ちてくる。

 なにを悩んでいたのか。

 そうだ、私は助けたいんだ。

 助けてほしいと乞われたから、その声に応えたいのだ。


「そうだな。でも少し、ここを……この町を離れるのが、私は、怖い」

「怖い?」

「もう戻って来れなくなるかもしれない。巨大な厄災魔物など、私は戦ったことがないのだ。昨日戦った厄災魔物は小型の部類。昨日のようにすんなりとはいかない。もしかしたら、途中で聖魔力が切れて返り討ちに遭うかもしれない。今までそんなことを考えることなんてなかったのに、そうなった時、私はアイストロフィに帰って来れないと……それを惜しんでいる自分もいて……」


 目を細めて私を眺めるセッカ先生。

 この人の前だと、私は自分の知らない気持ちにも気がつくことができる。

 知らなかった自分の一面を、教えてもらえる。

 私は知らなかった。

 怖いという気持ち。

 ここにいたい、という気持ち。

 帰れなくなったら嫌だという気持ち。


「嬉しいです」

「え?」

「アリア嬢もこの町を、アイストロフィを好きになってくれたのですね」

「すき……」


 本当に嬉しそうに微笑むので、胸があたたかくて、ぽかぽかしてきた。

 なんだ?

 減っていた聖魔力が、胸から溢れてくる感じがする。

 私……私は、この町が……そうか、私……この町を好きになっていたのか。


「うん。好きだ。私は、この町が」

「ならば、いつかまた、お戻りください。永久凍国土(ブリザード)の封印核への聖魔力供給を行ってもらわなければなりませんし」

「そうだな」

「助けてあげてください。あなたを捨て、あなたが捨てた国だとしても……助けを求めるその声を、聞き届けてあげてください」

「うん!」


 背中を押してもらえるとは思っていなかった。

 そうだ、行く前に渡そうと思っていたんだ。

 ポシェットからクラゼリを取り出して、渡す。


「何日戻って来れないかわからないから、多めに採集してきた。それと、ポーションの材料になるオルティ葉も。私は必ず戻ってきて、再び薬草師として働きたい。もっと多くの勉強をして、永久凍国土(ブリザード)にも行って探索して……永久凍国土(ブリザード)の中の薬草も調べてみたい」

「はい。永久凍国土(ブリザード)の中に生息する薬草は私も大変興味があります。もしかしたら、体調を整える良薬の材料になるかもしれませんし」

「そうだな」


 この人の体調を整える手助けもできるかもしれない。

 そう思うと、やはり早く行って早く厄災魔物を倒して帰ってこよう。

 残りの薬草もすべてテーブルに置いてから、セッカ先生に向けてこくりと頷くと、セッカ先生も大きく頷いてくれた。


「行ってきます。必ず帰ってくる」

「はい。信じてお待ちしておりますね。……どうかご武運を」

「ありがとう!」


 胸があたたかい。

 なんでだろう?

 今なら――なんでもできそうだ。

 永久凍国土(ブリザード)の封印核へ流し込んで減ったはずの聖魔力が溢れて止まらない。



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