表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/51

第23話:第三の証明:結果

院長の怒号が、第三病棟の空気を震わせる。だが、リンネの表情は、一片たりとも揺らぐことはなかった。彼女は、狂信に満ちたその場の空気を再び切り裂くように、静かに告げた。

「そして、これが決定的証拠ですわ」


リンネは、鞄の中から、生きた甲虫の入った小さなガラス瓶を取り出した。瓶の中で、ありふれたクワガタ科の甲虫が、元気に足を動かしている。


彼女はまず、持参したもう一つの空の瓶に、先ほどと同じように『静寂の月桂葉』の煙を満たし、甲虫をその中へ移した。甲虫に、何の変化もない。

次に、リンネは壁の染みを少量削り取ると、その粉末だけを甲虫のいる瓶に入れた。やはり、甲虫は元気に動き回るだけだった。


その様子を見て、院長の後ろにいた職員たちの間から、「やはり何も起きないではないか」「院長様を陥れるための、ただの芝居だ」というざわめきが広がり始めた。院長の顔にも、自らの正しさを確信したかのような、硬い笑みが浮かぶ。


だが、リンネは、そのざわめきにも、院長の表情にも、一切関心を払わなかった。


彼女は、壁の粉末が入った瓶を手に取ると、その中に、薬草の煙をゆっくりと吹きかけた。


ざわめきが、死んだように静まり返る。

誰もが、息を呑んで、ガラス瓶の中で起きる変化を見つめていた。


瓶の底に降り立った甲虫は、一瞬、戸惑うように触角を震わせ、やがて、ガラスの内壁を頼りなくも力強く登り始めた。その小さな脚が、懸命に生を掴もうとするかのように、ガラスを掻く、微かな音が響く。


その動きが、不意に、ぎこちない痙攣に変わった。


数秒間、自らの意思とは無関係に、まるで目に見えない糸に引かれるかのように、その小さな体は激しく裏返り、脚を空々しく掻きむしった。


そして、ぷつり、と。

まるで糸が切れた操り人形のように、全ての動きが、完全に停止した。


逆さまになったまま硬直した、艶のある黒い骸。ほんの数秒前までそこにあったはずの、小さな生命の気配は、跡形もなく消え失せていた。


リンネは、その瓶を、院長の目の前に、静かに差し出した。


「あなた方が起こした奇跡の正体は、これです」


彼女の声は、静かだが、その場にいる全ての者の鼓膜に、そして心臓に、重く突き刺さった。


「この部屋全体が、あなた方の手で、あなた方の善意と、そして、無知によって、巨大な毒物生成室に変えられていたのです」


院長の視線が、リンネの持つ瓶の中の、動かぬ骸に釘付けになる。

彼の、あの揺るぎなく、憐れみさえ浮かべていた顔から、急速に血の気が引いていく。その瞳は、目の前で起きた悍ましい死を捉えながら、しかし、その事実を脳が受け入れることを拒絶するかのように、焦点が合わず、微かに揺れていた。彼の唇が、何か祈りの言葉を紡ごうとして、しかし音になることなく、かすかに震える。


それは、彼の信仰が、彼の世界が、彼の全てが、内側から崩壊していく、静かな兆候だった。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ