第22話:第二の証明:触媒
異様な熱気が、第三病棟を支配していた。
アレクシスの論理も、錬金術師の告白も、院長の揺るぎない信仰の前では、意味をなさなかった。
その狂信的な空気を切り裂くように、それまで沈黙を守っていたリンネが、静かに一歩前に出た。
彼女の声は、不思議なほど穏やかだった。
「あなたの善意は否定しません。ですが、無知は時として、悪意よりも残酷な結果を招くのです」
リンネは、アレクシスの傍らに置いていた鞄から、小さな銀の香炉を取り出した。そして、懐から一枚の薬草――『静寂の月桂葉』――を取り出すと、慣れた手つきで火を灯す。
職員たちが息を呑んで見守る中、院長が毎夜焚いていたのと同じ、甘く清涼な香りを放つ白煙が、ゆっくりと立ち上った。
彼女は、その煙を、目の前にある、黒く染みの浮いた壁の一点に、そっと近づけた。
次の瞬間、集まった職員たちから、驚愕の声が上がった。
煙が触れた部分の黒い染みが、まるでインクを吸い込むかのように、見る見るうちに濃く、鮮明な黒に変色していくのだ。それは、神聖な儀式とは程遠い、何やら不吉で、悍ましい化学の変容だった。
「…まやかしを!」
最初に声を発したのは、院長だった。彼の顔には、自らの聖域を汚されたことへの、激しい怒りが浮かんでいた。
「異端者の小賢しい手品で、聖域を汚すか!」
だが、リンネは、彼の怒号にも一切動じず、壁から香炉を離した。そして、醜く変色したままの染みを、静かに指し示した。
「この壁が、あなたの祈りを猛毒に変えたのです」
彼女の、静かで、冷たい声が、病棟に響き渡る。
「この施療院の壁に使われている石材が、あなたの無知に反応したのですわ」
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