第11話:深まる謎と焦燥
その夜、王宮の一角に与えられた拠点に戻った二人の間には、重い沈黙が流れていた。ランプの光が、テーブルの上に無造作に置かれたリンネの髪飾り――その中に隠された、小さな甲虫の死骸を鈍く照らし出している。
先に口を開いたのは、アレクシスだった。
「今日、テオドールに会った」
彼は、神官騎士との再会をリンネに伝えた。その声には、新たな発見をしたという響きではなく、既知の厄介な事実を改めて確認させられたかのような、深い疲労の色が滲んでいた。
「…やはり、一筋縄ではいかん。腐敗した者だけならば、法の下に断罪するのも容易い。だが、テオドールのような、純粋な信仰と正義感に満ちた男が壁として立ちはだかる。我々の捜査は、単なる事実の究明だけでなく、彼らの信じる『正義』との思想戦でもあると思い知らされた」
アレクシスの報告を聞き終えたリンネは、静かに頷いた。彼女は、自らが日中の潜入で掴んだ、物理的な「しるし」をテーブルの上に並べていく。
「わたくしの方も、いくつかの発見がありました。第一に、犠牲者が集中する第三病棟の壁にのみ見られる、特有の黒い染み。第二に、その病棟の窓辺にだけ見られる、特定の化学物質に極めて脆弱な甲虫の大量死。そして第三に、生存者や同僚から得た、『微かに甘い匂い』と『呼吸器系の異常』という共通の証言」
しかし、と彼女は続けた。その声には、確信ではなく、むしろ深い当惑が滲んでいた。
「ですが、これらを繋ぐ論理が、まだ見えません。煙が原因だとしても、なぜ、壁に染みが? なぜ、あの甲虫が?」
二人は、改めて自らが置かれた状況の困難さを認識する。
一つは、「神罰」という名の、思考を停止させる隠れ蓑。民衆も、施療院の職員たちも、この言葉の前では思考を放棄し、真相から目を逸らしてしまう。
一つは、院長の、狂信という名の壁。彼はもはや、リンネを明確な敵とみなし、真相への鍵を握る薬草庫を固く閉ざしてしまった。
そして、一つは、テオドールという存在が象徴する、教会の、信仰という名の見えざる壁。
三重の壁を前に、二人は、濃い霧の中を当てもなく歩いているかのような、焦燥感に駆られていた。
時間は、確実に彼らに味方しなかった。この瞬間にも、施療院では新たな犠牲者が出ているかもしれないのだから。
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