第24話:決別と決意
エレオノーラの悍ましい独白の後、研究室には、死よりも深い静寂が訪れた。
アレクシスは、もはや抜け殻のようになったエレオノーラに静かに近づくと、王家の名において、彼女の身柄を捕縛した。
その後、リンネは、公爵が軟禁されている書斎へと向かった。父と娘、二人だけの、最後の対峙だった。
公爵は、やつれた顔を上げた。その目には、まだ、娘を庇いきれるかもしれないという、僅かな希望の光が宿っていた。
「…リンネか」
「お父様」
リンネは、母が遺した『自己検死記録』を、父の目の前にある机に、静かに置いた。
「あなたは、お姉様を庇うために、犯してもいない罪を告白した。けれど、あなた自身も知らなかった真実が、ここにあります」
リンネは、淡々と、しかし、一言一句を、父の心に刻みつけるかのように告げた。
「母様は、自殺してなどいなかった。母様は、殺されたのです。…あなたが、命を懸けて守ろうとした、その娘の手によって」
妻が、自殺したのではなかったという安堵。
それを超える、妻は殺された、そして、妻を殺したのが、守るべき娘だったという絶望。
あまりにも残酷な真実の前に、ヴァルハイム公爵は、完全に打ちのめされ、ただ、崩れ落ちた。
全ての真相は、国王に報告された。
王家とアレクシス、そしてヴァルハイム公爵家の間で、冷徹な政治的判断が下される。
数日後、ヴァルハイム公爵家の壮麗な玄関ホールに、王家の紋章を掲げた騎士たちが、音もなく整列した。アレクシスの部下たちだ。彼らは、ヴァルハイム家の使用人たちの恐怖と囁き声を背に、ただ、冷徹にその任を遂行する。
やがて、二階の回廊に、エレオノーラが姿を現した。両脇を、修道女に固められている。豪華なドレスは剥ぎ取られ、簡素な灰色の修道衣をその身に纏っていた。彼女の顔からは、あの悪女の微笑みも、憎悪の炎も、全てが消え失せ、ただ、美しいだけの、空っぽの抜け殻がそこにあった。彼女は、誰に視線を合わせることもなく、まるで夢遊病者のように、騎士たちに連れられていく。
ホールの玉座には、父である公爵が、亡霊のように座っていた。この数日で、彼は十年も老け込んだように見えた。彼は、連行される娘の姿を、ただ、虚ろな目で見つめているだけだった。声をかけることも、立ち上がることもない。
当主代理となった兄が、騎士たちに激しく詰め寄る。「待て! 無礼であろう! 我が妹に、罪人のような扱いを…!」。だが、騎士たちは、彼の言葉など聞こえぬかのように、その横を通り過ぎていく。この城において、もはや、ヴァルハイム家の言葉に、何の意味もなかった。
リンネは、その光景の全てを、二階の回廊の影から、静かに見下ろしていた。
崩壊していく家族。失墜した権威。怯える使用人たち。それは、一つの巨大な生命が、その機能を停止し、ゆっくりと腐り落ちていく様を、ただ、観察しているかのようだった。
リンネは、崩壊した家族と、抜け殻のようになった父を前に、かけるべき言葉を、何一つ見つけられなかった。
彼女の心は、論理では解答を出せない、答えのない「問い」、人間の感情という名の深い沼に、沈みかけていた。どうすればよかったのか。何が、正しい答えだったのか。思考は、ただ、空転を続ける。
その時、すっと、目の前に、一つの手が差し出された。
アレクシスの手だった。
彼は、何も言わなかった。ただ、静かに、リンネが自らの力で、その沼から顔を上げるのを、待っている。その手は、彼女が信じる、ただの物理的な「事実」だった。そして、彼女の混沌とした思考の中で、唯一、理解できる、明確な「選択肢」でもあった。
そうだ、王都へ行こう。この手を取ろう。
より複雑で、挑戦的な「謎」が、きっと、そこにはある。それは、酷く、魅力的だった。
彼女は、自らの意思で、未来を選んだ。
数日後、塔で荷造りをするリンネの元を、アレクシスが訪れた。
「…本当に、行くのだな」
「ええ」リンネは、彼の方を真っ直ぐに見つめ返した。その瞳には、いつもの探求者としての光が戻っていた。「騎士殿。わたくしたちの『契約』は、まだ有効ですわね? 王都には、より興味深い研究材料が、豊富にあるのでしょう?」
その問いかけが、悍ましい真実が眠るこの城からの一刻も早い『逃避』であったとしても。
アレクシスは、ただ、静かに頷いた。
「ああ。君を待つ『謎』が、山ほどある」
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