第20話:悪女の微笑み
エレオノーラの居室は、彼女の性格を映し出すかのように、完璧な秩序と、冷たい美しさで満ちていた。塵一つない調度品、寸分の狂いもなく活けられた薔薇。その中心で、彼女は、優雅な仕草で刺繍の手を動かしていた。
そこへ、アレクシスと共に、リンネが音もなく入室する。
「…ごきげんよう、騎士殿。それから、わたくしの可愛らしい妹。お二人揃って、一体どのようなご用件かしら」
エレオノーラは、顔を上げることもなく、その声だけで完璧な貴婦人を演じてみせた。その声音には、これから断罪されようとしている人間のものとは思えぬ、絶対的な余裕が漂っていた。
アレクシスが、法の名の下に口火を切ろうとするのを、リンネは、片手を上げて制した。これは、法の手続きである前に、一族の、そして姉妹の最後の対話でなければならなかった。
リンネは、何の感情も浮かべぬまま、ただ、事実だけを、一つ、また一つと、完璧な秩序で満たされたその部屋に置いていった。
「お姉様。あなたはまず、母様を、月光草の毒で殺害した」
刺繍の手が、一瞬だけ止まった。
「次に、その研究を悪用し、兄様の暗殺を計画した」
部屋の空気が、凍てつく。
「そして、あなたの罪に気づいた教会の密偵ガイガーを、口封じのために、秘密の庭園で殺害した。父上は、あなたのその罪を庇うため、自ら犯人の汚名を被った。…これが、わたくしの導き出した、事件の全ての構造ですわ」
リンネの告発は、まるで学術論文を発表するかのように、淡々としていた。
長い、長い沈黙。
やがて、エレオノーラは、ゆっくりと顔を上げた。その美しい顔に浮かんでいたのは、恐怖でも、怒りでもない。ただ、心の底から楽しんでいるかのような、優雅な微笑みだった。
彼女は、扇を広げて、その口元を隠した。
「…面白い御伽噺ですこと、リンネ」
その声は、羽のように軽く、そして、剃刀のように冷たかった。
「けれど、それは、あなたの妄想の産物ですわ」
エレオノーラは、ゆっくりと立ち上がると、リンネの目の前まで歩み寄った。そして、扇の先で、リンネの頬にそっと触れる。
「何の証拠があって?」
悪女は、完璧な仮面の下で、静かに、そして、残酷に微笑んでいた。
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