201、救急凱旋
カカザンの首が転がったのは蟠桃の木の根元だった。その顔は傷と皺だらけではあったが憎しみを湛えてはいない。少なくともカムイにはそう見えたようだ。
そんなカムイは激しく咳き込み、地面を転げまわっている。その口どころか、顔や胸元までを真っ赤に染めて。また、左前脚はぎりぎり繋がっているものの、今にも千切れ落ちてしまいそうなほどだった。
『グオオオオオォォォォーーーーン』
それでも気丈に立ち上がり、高らかに魔声を放った。天に向けて、誇らしく。
俺の勝ちだ、そう言いたいのだろう。
その時、境目に並んでいた群れの中から一匹がカカザンの方へと歩み寄ってかた。エンコウ猿のメス、カースが『サルコ』と呼んでいた個体だ。
サルコはカムイには目もくれず、カカザンの頭を拾い、胴体を抱えあげた。そしてカムイに背を向けてどこかへ去っていった。
戦場を風が吹き抜ける。他のエンコウ猿達の姿もいつしか消えていた。
「ピュイピュイ」
コーネリアスがするするとカムイの首に巻きつき、今にもちぎれ落ちてしまいそうな左前脚を尻尾で捕まえた。
「ガウガウ」
コーネリアスに礼でも伝えたのだろうか。そう言ってカース達が待つ谷へ向けて歩きだした。ゆっくりひょこひょこと、それでも力強く。
「ねえねえカース君。そろそろ二時間経つわね。カムイは大丈夫かしら?」
サンドラちゃんの口調は心配ってより話題って感じかな。
「そうだねぇ。これだけ時間がかかってるってことはあの薬がちゃんとカカザンに効いたんだろうね。若返ったのか元気を取り戻したのかはともかくさ。」
「そうだとするなら、カカザンはカムイと互角に戦えてるってことよね。私カムイが本気で戦ってるのって見たことないけど、相当すごいんでしょ?」
「そうだね。すごいよ。そもそも見えないしさ。あいつ速すぎるんだよ。」
マジで見えないんだよなぁ。停止状態からいきなりトップスピードって意味が分かんないぞ。
そういや、あいつの本気って私見たことあるんだろうか? 今思えばどれが本気なのかよく分からないよなぁ。修蛇渕との戦いは見れなかったしさ。
「カース君でさえ見えないなんてやっぱりとんでもないね。ねえねえどうかなぁ? 僕カムイと戦ったりできないかなぁ?」
ええ……やめてよスティード君。カムイが死んだら嫌だぞ?
「言うだけ言ってもいいけど、あいつのことだから肉よこせとか手洗いしろとか言うと思うよ? あと真剣はやめて欲しいな。木剣でやってね。」
いくらカムイの無敵の毛皮でもテンペスタドラゴンの短剣が相手だと分が悪いもんなぁ。
「うん! うんうん! もちろんいいよ! 肉でも何でも出すし! 手洗いだってもちろんやるよ!」
「うん。じゃあカムイが帰ってきてからね。」
うーむ、スティード君が私にやろうと言ってこないのはいいんだけど、なーんか寂しいな。まるでカムイにスティード君を盗られたかのような? すこーしもやもや。だからって当分スティード君と対戦したくはないけどさぁ。
むっ、カムイか? 大きめの魔力が近寄ってくる。えらく遅いな。まさか……
「カムイが戻ってくるみたいだから迎えにいくね。ボードを動かすよ。」
なんせみんなリラックスモードだからな。動かす前は一声いるよね。アレクなんか私の膝枕で横になってるし。よく眠ってる。かわいいねぇ。
『浮身』
『風操』
カムイとしてはこっち側で待っていて欲しいんだろうけど知ったことではない。ダメージを受けたっぽいお前が悪いのだ。
ほらいた!
ボードを降ろす。
はぁ!? 何だこれ!? めちゃくちゃじゃん! どうなってんだ!? これやべぇって!
「カムイ乗れ! 急いで帰るぞ!」
「ガウガウ」
蟠桃はいいのかって? いいんだよ! 明日でもいいだろ! いいから乗れ! 村長に治してもらうぞ!
「カース……これ……」
さすがに起きるよな。よく寝てたのにごめんね。
「うん、やばい。急いで帰るよ。」
『浮身』
『風操』
勝ったのか負けたのか、その話は後だ。
血の量もやばけりゃ傷の深さ大きさもやばい。これポーション使っちゃだめなパターンだろ。きちんと治癒魔法を使える人に診てもらわないと絶対まずい。
よく見ればコーちゃんが腕を支えてるじゃん。捥げてしまわないようにさ。蟠桃を捥ぎに行って腕が捥げるなんて最悪じゃん。カカザンはそんなに手強かったのか……やばすぎだろ。
これ肩甲骨から抉られてないか? 人間で言えば左肩の僧帽筋を貫いてそのまま肩甲骨の下まで抉ってる。
あ……まさかそのまま心臓狙い? カカザンの奴なんてえげつないコースで心臓を狙いやがったんだよ……
カムイ、お前よく生きて帰ってきたな。よくやった。もうすぐ村に着くからな。それまで辛抱しろよ。
「ガウガウ」
このくらい楽勝だって? この期に及んで強がりを言えるとは大した奴だ。
まったく……お前は馬鹿だよ。




