89、上機嫌なやつら
安心したかのように私にそっと抱きついてきたアレク。心なしか力強いな。いかんな……こんな時なのに妙な気分になってしまうぞ。だって今のアレクは全裸なんだもん。くすみひとつない肌、きれいすぎる。
「カース……大好き。」
「僕もだよ。アレクが無事で本当によかった。」
「うん……カースのおかげ。本当にありがとう。」
どれだけこうしていただろう。アレクを胸に抱いたまま。
「ピュイピュイ」
ふと我に帰ったのはコーちゃんが呼びに来てくれたからだ。
「アレク、具合はどう?」
「……ええ、悪くないわ。でも、かなりお腹がすいたわね。」
「ふふ、アレクも? 僕もだよ。じゃあ、何か食べに行こうか。」
ちなみにコーちゃんが呼びに来た理由は例の毛虫だ。村長がいい酒を出してくれたものだから、あの毛虫をツマミにしたいと。
「ピュイピュイッピ」
二級品でいいの? 一級品の方はスペチアーレ男爵の酒で? コーちゃんはこだわるねぇ。
「おうカース殿。やっと来たか。ふむ、嬢ちゃんの具合は問題ないようだの。ならば飲め。ほれ、嬢ちゃんも。」
「もらうよ。」
「いただきますわ。」
おっ、いつものブッシュミルトンよりアルコール度数が低い。そしてどこか澄んだ甘さを感じる。まるでヒイズルで飲んだ日本酒っぽい味わいじゃん。かなり旨い。これマジでアキツホニシキの特等純米生原酒みたいじゃない? 村長ったらこんな酒まで作ってたのか?
「めちゃくちゃ旨いよ。これは何て酒?」
「ふうむ。まだ名を付けておらんでのぉ。最近作った酒だからの。カース殿から飲ませてもろうた酒を真似て作ってみたまでよ。おおそうだ嬢ちゃんよ。飲んだ印象でこれに名を付けてみてくれぬか?」
はぁ!? 米のない山岳地帯でどうやったらこんな酒が作れるってんだ!? しかもここ数日で……? やっぱこのジジイは化け物ハイエルフかよ……
「私が名前を……ですか?」
「うむ。嬢ちゃんの感覚で構わんからの。」
おお、これは私も気になる。アレクならこれに一体どんな名前を付けるんだろう。
「では……『魔王』にしますわ。」
うぉーい! アレクぅ……
「この優しい舌触り、カースが私に這わせる舌のように。でも、優しいだけでなく時には甘く切なく私を酔わせてくれるそんなカースみたい。その甘さに乗せられてぐいぐいと飲んでしまったら……もう後戻りできない。そんなカースみたいな魅力を感じるわ。だから、これは『魔王』にしますわ。」
お、おお……アレクらしい。少し照れるけど。
それにしても絶妙なネーミングだよな。日本酒みたいなヒイズルっぽい味わいの酒なのに魔王とは。めっちゃアラキの新酒、芋焼酎っぽく思えてしまうよな。
「ほう? 魔王か。良い名前だの。さすがは嬢ちゃん、よい趣味をしておる。ふふ、カース殿の舌ときたか。これは愉快よの。おお旨い旨い。」
「カースが私に触れる指のようでもありますわ。繊細で柔らかく、喉を撫でてくれるかのような。いいお酒ですわ。」
アレクったら言うことが官能的だぜ……でも素敵。私はじゃあ思いもつかない表現だぜ。やっぱアレクはセンスもいいよな。
「ピュイピュイ」
ああ、あれだね。芥子毒牙虫って言ったかな。二級品はこっちだったな。そこらの空いた皿に数匹ほど出しておく。
コーちゃんは杯から酒をひと啜りすると、毛虫を一つ丸飲みにした。見た目はもう全然毛虫じゃないけどさ。黒光りする芋虫って感じかな。
「ピュピュピュイィー!」
おいしくてドラゴンになる? ははは、いつも通りだね。コーちゃんたら尻尾をふりふりして踊り出してるよ。頭は縦に降ってる。かわいいなぁもう。
「ピュピュピュイッピー!」
すごい。コーちゃんの機嫌がめちゃくちゃいい。まるで何かめでたいことがあって踊り狂っているかのようだ。
「ほう? 精霊様がこれほどにお喜びになるとは。儂も一つ貰ってよいかの?」
「ピュイピュイ」
「いいってよ。」
大丈夫なのか村長? 知らんぞ?
「ではいただくぞ。」
村長はコーちゃんと同じように酒を一口飲んでから毛虫を口に放り込んだ。コーちゃんと違うのは丸飲みではなく、じっくりと咀嚼している。
「ふむ……ほお……くくく……ふあーっはっはっはっはぁーー!」
んん? 村長の奴いきなり笑い出しやがった。もしかして狂った? おとつい一つ食わせたはぐれエルフのような奇声ではないけどさ。私は食わないぞ。興味なくはないが見た目が芋虫だしね。
「ピュイピュイ」
コーちゃんは村長の前で踊り始めた。
村長も立ち上がり踊り始めた。手をゆらりと動かしてさ、えらく優雅に舞うじゃん。ご機嫌な笑い声は止まらないみたいだけど。
「よ、よう、兄貴よう」
「ん? どうした?」
「村長の両耳ぃ斬り落としたってマジ……?」
「ああ、本当だけど?」
名も知らぬ舎弟。幻惑草原に案内してくれたり、芥子毒牙虫を燻製にしてくれたりしたしさ。いい加減覚えてやりたいとは思うんだけどなぁ。
「なのに村長は何であんなニコニコしてんだ?」
「知らねーよ。あれ食ったからじゃないのか?」
「よく兄貴生きてたな……普通俺らが耳ぃ切られたりなんかしたらブチ切れだぜ?」
そうなの? 初耳だぞ? そういうことはもっと早く教えてくれよ。そうすりゃもっと効率的にあれこれできただろうに。尋問とかにさ。
「手足を斬り落とすよりマシだろ?」
「そりゃあ……まあ、そうだけどさぁ……」
だいたいそっちの都合なんか知るかよ。むしろアレクをあんな目に遭わされて耳だけで勘弁してやった私の寛大さが光るってもんだぞ。
「だろ?」
「まあ、兄貴が生きてて何よりだけどさ……」
村長がブチ切れたらどうなることやら。
「お前も食ってみるか? 飛べるんじゃないか?」
化け物ハイエルフの耳を斬るなんて後先考えてできるかってんだ。村長だって自分が悪いと思ったからこそ避けも防ぎもしなかったんだろ。他の長老衆だって平然としてたし。
「いや、やめとくわ……」
後先考えてるなぁ。当たり前か。
「ねえカース。私達も踊らない?」
「それいいね! 踊ろう踊ろう! おーい! 誰か曲! 何か弾いてよ!」
コーちゃんは踊っている。村長だって踊っている。ならば私とアレクが踊ったっていいのだ。まだ酒しか飲んでないのに。腹へったなぁ。でもアレクが踊りたいなら私も踊るのだ。
おっ、曲が始まった。これ知ってる! 草笛だろ。らりらりになる草で吹く笛じゃん。つまり全員らりらりになるんじゃないのか? 知らないぞ?
いくぜツイスト! 気分はロカビリー! 私の真似をするアレク。腰の振り方がシャープだよな。私よりよほど上手だぜ。
踊ろうぜアレク。今夜は朝までダンスアウェイ!
とうとう2000話まできてしまいました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今後もしばらくは続くと思いますので引き続きご愛読いただけると嬉しいです。
どうぞご贔屓くださいませ。
2022/12/11 暮伊豆




