86、始祖の覚醒と沈黙
「治ったぞ……」
「おお、アーさんありがとね。うん、大丈夫そうだね。傷ひとつ残ってないね。」
よかったよかった。今のアーさんは赤子同然だからな。それでも魔力を振り絞ってアレクを治してくれたのは私への気遣いだろうな。エルフ好感度やや回復。
それにしても村長の考えが読めないな。
「ほうれどうした? もう終わりか?」
目の前では惨殺劇。村長が満身創痍のはぐれダークエルフをいたぶっている。私が殺すまでもなさそうだ。だが、はぐれ野郎もしぶとい。なけなしの魔力を振り絞って村長の魔法に抵抗している。全て無駄に終わっているが……
「これまでか。情けないのぉ。では終わりにするかの。」
そりゃ拘禁束縛をくらってんだから何もできないに決まってんだろ……私でも魔力が空っぽの時にくらったら抵抗できないぞ。
『待て』
ん? 今の声……やけに濃密な魔力がこもっていたぞ……たった一言で部屋中が魔力で満たされたかのように。
「これは始祖様。宸襟を騒がせ奉り申し開きもございませぬ。」
始祖!? 村長ははぐれには目もくれず、その場に跪いた。
『そちのことは覚えておる。エーデルトラウトヤンフェリックスと申したな。神木と繋がりし天才ハイエルフよ。その者を治してやるがよい』
「かしこまりましてございます。」
え、え? 何それ……あ、治った。
「始祖かよぅ……バカがよぅ!」
あーあ、治したばっかりに。始祖の後ろに回り込み首を絞めてる。というか、あれは接触するのが目的なんだろうな。なのに村長はぴくりとも動いてない。跪き頭を伏せたままだ。
「村長ぁ、いいの?」
「よい。始祖様の御心のままに。」
「ぎゃっはぁ! もらったよぅ! この最強不滅の肉体をよぅ! 今日から俺が全エルフ族の頂点だよぅ!」
『禁術・無蝕転生』
ん? はぐれダークエルフの体が……
「かかか……かかかかぁ……やってやったぞぅ……これで俺は……俺が……」
体が砂のように……崩れていく。ばあちゃんの最期を思い出すじゃないか……泣かせるんじゃねぇよ! くそ……
『愛しい我が子に本懐を遂げさせてやりたいとは思うが儘ならぬものよ。この身にはいかなる魔法も攻撃も通じぬ。可哀想なことをさせてしまった』
通じない? あいつは勝ちを確信して何やら禁術を使ったようだが、失敗したってこと?
「お言葉ですが始祖様。その者は覚悟を決めて始祖様に挑んだのです。結果がどうあれ、その気概は誉めるに値するかと。」
『一理ある。見事な行いであった。かの者らの散った御魂に祝福を。さてエーデルトラウトヤンフェリックスよ、この数十年で何か変わったこと困ったことはあるか?』
それにしてもすごいな……
長命なエルフ族の始祖だろ? いったい何千年前から存在してんだよ……
ローランド王国の建国が三百五十年前で、その前五百年は戦乱の時代、その前三百年は統一王朝の時代……じゃあその前は? 戦乱らしいってことしか分かってないんだよな。千百五十年前か……始祖なら知ってるんじゃないの?
『そうか。北の神木が枯れたか。だが心配はいらぬようだな。エーデルトラウトヤンフェリックスよ、見事な采配である』
「畏れ多いことにございます。」
『それから人間よ。よき見世物であった。我が無聊を慰める佳きひと時であったぞ』
あ?
『徹甲弾』
ムカついたから撃ってみたけど……まっすぐ跳ね返ってきやがった。我ながら徹甲弾の威力は超ヤバいのに。人間の腹なんか紙みたいに突き破ってしまうぞ? 私は自動防御を張ってるからいいけどさ。
『エーデルトラウトヤンフェリックスよ、そなたがこの人間をここに招き入れた理由が分かる気がする。褒美をとらす。来るがよい』
「ありがたき幸せにございます。」
私のことはガン無視かよ……どんだけ舐めてんだ……
村長は始祖の前に跪き、始祖の足の甲に手を置いている。何やら魔力が動いているようだが……
「身に余る栄誉をありがとうございます。始祖様の御神木より高い御恩、終生忘れませぬ。」
『うむ。励むがよい。エーデルトラウトヤンフェリックスよ、そなたがこちら側へ来る日を待っている。此度は佳き邂逅であった……』
あ、部屋中に重苦しく詰まっている魔力が、消えていく……
「ふぅ……待たせたなカース殿。あれこれと気を揉ませてすまなんだ。少しばかり話を聞いてくれるかの?」
『風斬』
へぇ、避けも防ぎもしないのか。そこまでされちゃあ仕方ない。聞くだけ聞こうか。
「分かった。聞くからその耳治したら?」
八つ当たりっぽいけど半分は落とし前だ。私達を巻き込んだことへのな。
「すまんの。ふっ……よし、待たせたな。まずは詫びをさせてもらおう。こちらの都合でカース殿達を巻き込んですまなんだ。儂としてはの、はぐれが潜り込んでおるかどうかは賭けでしかなかったのよ。九人いる長老衆の中で先に始祖様に魔力譲渡をした四人はまず間違いなくはぐれではないと確信しておった。四人が四人とも儂に劣らぬ遣い手だからの。」
「途中で何やら順番がどうとかって言ったのは?」
一人ずつ村長が指名してたよな。魔力譲渡の順番をさ。あらかじめ決まってたようだったが。
「ただの揺さぶりにすぎぬ。もしも儂がはぐれならば、順番が最後であるゴットフリートヴェンデルプラチドゥスの体を使っただろうからの。最後ならば全員の魔力は枯渇し誰も邪魔できぬ。それどころか始祖様の即神体には魔力が満ち満ちることになるからの。だからこそ、あのようにして揺さぶってみたまでよ。もしあやつが本物のゴットフリートヴェンデルプラチドゥスのままならば何事もなく儀式は終わっておったろうさ。」
ふーん。分からないけど分かった。
「じゃあ結局俺らをここに呼んだ理由は何? 今思えば帰ろうとしてるのを引き止めたのもここに来させるため?」
「ここに呼んだ理由は接待が半分、始祖様への見世物にならぬかと期待したのが半分だの。引き止めたのもその通りじゃて。気候的にそろそろ春が来てもおかしくない頃だったからの。だがあの時から二日はぎりぎりだったわい。」
接待ねぇ……まあ、悪意は感じないな。他のエルフ達からも村長の耳をぶち斬った私に対して敵意を感じない。過失を認めているのか、それとも何も気にしてないのか……
もう少し聞いてみるかな。




