77、アーダルプレヒトシリルールとはぐれエルフ
「で、はぐれエルフの目的は何だったの?」
アーさんったらなぜか私の隣から離れないんだよな。まるで聞いて欲しいみたいにさ。だから質問してやった。
「大したことではない。始祖エルフの即神体が目的のようだ。即神体を乗っ取り新しい肉体として使用することを企てていたな。」
大したことじゃん。実行できるかどうかはともかくとして……
「で、それってどうなの? できるの?」
「無理に決まっておろう。村長にすらできまいさ。」
私もそう思う。
「でもはぐれエルフには勝算があったんじゃないの?」
「あるわけなかろう。きっと自棄にでもなったのだろう。首魁はまだ捕まえておらんが少なくとも他のはぐれ共からは計画以上のことは聞いておらん。」
何だよ。肝心な奴をまだ捕まえてないんじゃん。で、大抵その手の奴ってのは側近にすら大事な情報を伏せてるんだよな。
「エルフの禁術にないの? 誰かの体を乗っ取るようなさ。」
「もちろんある。あるにはあるが成功しても十全にその体を使えるか分からんがな。ただ死ぬぐらいなら使うかも知れんが使った時点で自らの体へは戻れん上に、自動防御などで防がれでもしたら無駄死にだからな。」
「うわぁ……」
やっぱ禁術ってろくなもんじゃないな。それにしても自動防御が無敵すぎる。そりゃあ魔力消費が酷いのも分かるね。
「で、そんな禁術でも始祖エルフの体を乗っ取るのって無理なの?」
「当たり前だ。その程度のことを偉大なる始祖エルフが予測してないわけがないだろう。いかなる魔法をも拒絶する結界で覆われているし、そもそも何人たりとも近寄れぬようになっている。我らにできることはそのお声を聴くことだけだ。」
「ふーん。アーさんがそこまで言うなら大丈夫なんだろうね。ついでに質問するけど、じゃあはぐれエルフはアンデッドなんか操って何がしたかったの?」
「戦力分析、威力偵察ってところだ。おまけに邪亀を極大まで育てて力尽くで霊廟を破壊せんとしていたらしい。」
「へー。確かにあいつって 極炎邪亀にまで成長したし山みたいに大きかったけど、それだけであの霊廟って壊れる?」
「無理に決まっているだろう。お前がマウントイーターを仕留めたという氷塊でも無理だろうからな。」
「あー、やっぱイグドラシルは無敵だよね。じゃあどう考えても大丈夫だよね。いやーよかったよかった。」
じゃあマウントイーターなら? たぶんそれでも無理なようになってるんだろうなぁ。
私も別に心配してるわけじゃないしね。単にアーさんとの会話のネタを振ってるだけ。だいたいもう用は済んだしそろそろ帰らないとね。この村って居心地がいいからいつまでも滞在したくなっちゃうんだからさ。
「首魁はダークエルフということまで分かっている。少々しぶといかも知れんが一人では何もできまい。」
「はぁ!? ダークエルフ!? それって大丈夫なの!?」
「問題なかろう。どの程度の罪ではぐれになったかは知らんがな。」
本当に大丈夫なのか? アーさんはこう言うほどに油断してるとは思ってないけどさ。
「名前とかは分からないってことね。ソンブレア村のみんなはこのこと知ってんの?」
「知るはずがあるまい。ここ数日の話だぞ? もしはぐれの情報が必要ならば再び訪れることになるとは思うがな。」
「ふーん。あ、そうそう。そのソンブレア村だけどさ。今ね…………」
せっかくだからあっちの情報も伝えておこう。
「…………って感じになってたよ。」
「そうか。それは何よりだ。一つ懸念があるとすれば……」
「すれば?」
「まだイグドラシルが頼りないということだ。つまり、はぐれがその気になれば村に帰ることもできるということだ。」
あー、村に帰れない魔法『魔入呪墨』ってイグドラシルを起点にしてるパターンもあるってこと? 初耳なんだけど。ソンブレア村にはイグドラシルの成木がないから魔入呪墨の効き目が薄いってことか。
「それって問題ある?」
「いや、特にない。例えイグドラシルが効果を発揮してなかろうと罪人は罪人だ。ダークエルフ族が受け入れるとは思えん。それにギーゼルベルトヒルデブラント殿とて凄腕だからな。不覚をとることもあるまい。」
ギーゼル何とかって今の村長だよな。それにしても……話だけ聞いているとどんどん悪い予感が積み上がっていくんだよなぁ。まるでホラー映画でゾンビにやられる奴あるあるを積み重ねていくみたいにさ。
次に私達がここに遊びに来るとしたらまた数年後だろうけどさ。その時に廃墟になってたら悲しいぞ? それに万が一、もしもイグドラシルが枯れるようなことでも起こったら……今まさに登っている最中のみんなはどうなってしまうんだ? 落ちてくるだけなら問題ないけど、消滅した神域と一緒に消えてしまうなんてことは……ないよな?
「アーさんや村長のことだから大丈夫とは思うけどさ。油断しないでね? 万が一はぐれエルフが始祖エルフの体を乗っ取ったからって何ができるとも思えないけどさ。」
「万が一にもあり得んがな。もし、もしも奇跡でも起こって禁術が成功したとても……喰われて終わりだろうがな。」
「あー……」
分からないけど分かった。迷宮でカムイがレブナントを殺した方法だ。わざと自分に乗り移らせてから飲み殺したとか言ってたよなぁ。カムイにできるんだから始祖エルフともなると最初から対策済みなんだろうなぁ。やっぱ私が心配するようなことは全て杞憂か。うん、問題なし。大丈夫大丈夫。
これで後はブラシを受け取れば、心置きなく帰れるな。思いのほか長く滞在してしまったな。ほんの数日の予定が十日以上も。まあ楽しかったからいいか。




