69、さらばソンブレア村
決闘を眺めていると、いつの間にかアレクが隣に来ていた。
「やっぱりダークエルフってすごいのね……」
「そうだね。あの女の子達ってどう見てもクロミより魔力が上だね。」
そう。目の前で決闘とやらを見て分かってしまった。戦ってどっちが強いかはともかくとして、単純な魔力ならば、目の前で決闘ごっこをしている女達の方が五割から八割は上だ。やっぱすごいよなぁ。宮廷魔導士が絶対に敵対したくないとか言うだけあるよね。
私だって一対一なら大抵のエルフには勝つ自信もあるが、大勢に囲まれたらアウトかもね。それでも逃げ切る自信はあるかな。本気で狙われたら逃げられないような仕掛けぐらいしてくるんだろうけどさ。
おっ、やっと終わったか。いい見世物だったね。
「そんじゃアーシがもーらい。うーんいい色してんねー」
「ちぇー。惜しかったしー」
「まあ今回は譲ってやんしー」
「あんたそれどーすんの?」
全員そこそこ怪我はしたみたいだけど、もうすっかり治ってる。やっぱすごいな。
「しばらくこのままにしとくー。眺めて楽しむしー」
「あーそれもいーね」
「ありじゃん? そこらに飾ってもいーし」
「あれこれ使い道ありそーねー」
おお、それもいいね。原石のまま愛でるのか。私もたくさん持ってたんだけどなぁ。母上やみんなへのお土産にいいと思ったんだけど全部失ったもんなぁ……
まあいいや。また旅に出たら手に入るだろうさ。
それからは男達の宴会芸を見たり女達の伝統舞踊とやらを見て楽しんだ。
なお、私からはツイストを教えておいた。これが人間の国で一番人気のダンスだと伝えた上で。ダークエルフの間で流行らないかな。今のとこローランド王国でツイストを踊るのって私だけなんだよね。流行る気配はないよなぁ。
でも気にせず今夜はパーリナイ!
翌日。目覚めてみれば村長宅だ。そういえば泊めてもらったんだっけ。
「ピュイピュイ」
コーちゃんおはよ。今起きたの?
「ピュイピュイ」
珍しく二度寝してたのね。しかも私の首に巻き付いて。それ最近珍しい気がするね。
「ピュイッ」
私が起きたからアレクに知らせに行くんだね。これはあれだな。休日にパパが起きたのをママに知らせる子の動きだ。コーちゃん偉いなぁ。
ならばアレクのもとへ行こうではないか。きっと料理が用意してあるはずだ。
「おはよ。」
「おはようカース。よく眠れた?」
「うん。それよりいい匂いがするね。もしかして早起きした?」
「ほんの一時間前よ。それでも村長はもう出かけたみたいだけど。」
忙しいのね。復興の最中だもんなぁ。やることはいくらでもあるんだろうね。
「あれ? カムイもいないね。」
「私が起きた時にはもういなかったわ。村長と一緒に出かけたのかしら?」
「ピュイピュイ」
なーんだ、違うのね。
「ただの散歩だって。腹がへったら戻ってくるよね。」
「それもそうね。はい、お待たせ。」
全然待ってないとも。
「おほぉ! 美味しそうだね! いつもありがとね! いただきます!」
「ピュイピュイ」
見た目はヒイズル風の朝食。白ご飯に味噌汁、それから肉入りのスクランブルエッグ。何の肉と何の卵なんだろう。おお、ほんのり甘くて美味しいじゃないか。卵の滋味って感じだろうか。やっぱアレクは料理が上手だよなぁ。
「ピュイピュイ」
え? カムイが呼んでる? もしかしてピンチ?
「ピュイー」
ああ、違うのね。じゃあ待たせておこう。食べてから行けばいいよね。
「コーちゃんどうかしたの?」
「カムイが呼んでるんだって。でも危険な状態ではないみたい。食べてから行けばいいよね。」
「そうね。カムイなら大丈夫よね。」
それにしてもカムイのやつ、遠吠えでもしたのかな? 私には全然聴こえなかったけど。
「ピュイピュイ」
へー、半分は遠吠えで半分は魔声なのね。あいつも器用なことするよね。コーちゃんに聞き取ってもらえることを前提にしてるのね。
「はぁー! 美味しかった! ご馳走様! 最高だね!」
「どういたしまして。お茶でも飲む? それとももう出かける?」
「あんまり待たせるとスネそうだから行こうか。」
「ピュイッ」
コーちゃんがしゅるりと私の首に巻き付いてきた。かわいいね。
そして鎌首を上げて方向を指し示してくれる。やはりかわいい。
到着。村からおよそ七、八キロル東ってところかな。散歩のレベルじゃないぞ?
「ガウガウ」
遅いって? 悪い悪い。朝食中だったもんでな。で、理由はこれか。やるじゃん。さすがカムイ。
そこに横たわっていたのは全長十五メイルを超す見慣れない魔物。灰色の体皮、背中には甲羅っぽい装甲があるな。鼻面には大きく突き出た角。頭部からそれよりやや小さい角が左右にある。そこだけ見るとまるでオーガだが、こいつは四足歩行だな。
「アレク知ってる?」
「いえ、初めて見るわ。魔犀獣の一種かしら? だとすると肉は美味しくないそうだけど。」
「あー、言われてみれば。とりあえず収納しとくね。さすがのカムイもこんなの引っ張って帰れないよね。」
百キロル超えの猪を山から引っ張ってきたことはあるけどさ。こいつはトン単位だもんな。それでも首筋がスパッと斬れてるのは見事だな。そこそこ血抜きもできてそうだし。
「と、いうわけでこれお土産。こっちは肉を半分だけもらうから、後は好きに使ってよ。」
「お、おお? 甲水角犀かよ。そこそこでけぇな。くれるってんなら貰うが……ありがとよ。そんじゃちっと待っててくれや。ぱぱっと解体しちまうからよ」
ソンブレア村に帰って最初に出会ったのは昨日案内してくれたダークエルフの男。たしかオスモルトだったか……
だからその場でどーんと出してみた。だってこの村は広いからね。
それから、数人のダークエルフが集まってささっと解体してくれた。私やアレクも多少は手出しをしたが、年季が違うとでも言うのだろうか。ダークエルフ達はかなり手際がよかった。それこそベテラン冒険者以上に。本当にぱぱっと終わってしまったよ。
「ほらよ、待たせたな。半分ってーとこのぐらいか? ちなみに甲羅下の背の肉が旨ぇんだぜ」
背ロースかな? ぶっとい柱みたい。
「おお、充分だよ。解体ありがとな。」
「そりゃあこっちのセリフだぜ。こんだけの獲物をよ。で、もう行っちまうのか? 二、三日ゆっくりしてきゃあいいのによ?」
それもそうなんだけどね。その気でのんびりしてたら気付いたら一ヶ月経ってたとかありそうだからさ。楽園に置きっぱなしにしてるラグナも少しだけ気になるしね。
「まあ色々あってな。そのうちまた来るからさ。みんなによろしくな。」
「おう。絶対また来いよ。待ってるからよ」
「ありがとな!」
「村長によく言っとくぜ」
「ああ。じゃあまたな。」
「またね。あの子達にもよろしくね。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
では名残は惜しいがフェアウェル村に帰るとしよう。
『浮身』
手を振る三人のダークエルフに手を振り返しながらボードを浮かせる。
『風操』
進路は南。もうソンブレア村は見えなくなった。時刻はもうすぐ昼といったところか。
いい天気だなぁ。雲ひとつない。春は近そうだ。




