31、女傑の戦い
アレクとメス猿が戦っている場所から数十メイル上空。遠見を使って観戦しているのだが……マジかよ? アレクったら接近戦してるじゃん! 掴まれたら終わりなんだぞ!?
そりゃあ身体強化ぐらいは使っていると思うけどさ。服装はいつの間にやら魔法学校時代の制服に換わってる。さすがに浴衣で接近戦は無茶だもんな。
やはり両腕をぶんぶんと振り回すメス猿。メス猿か……うーん、呼びにくいな……
よし、サルミと呼ぼう。
「ピュイピュイ」
え? 響きがクロミに似てる。クロミが可哀想だって? そうかなぁ……? でもコーちゃんの言うことは私より正しいに違いない。ならばサルコにしよう。
おっ、上手い! サルコが無造作に振り回した腕をざっくりと斬りつけてる。あれはムラサキメタリックの短剣だな。そりゃあよく切れるわ。
「くうっ……」
ほう? サルコめ。そこそこの深手を負いながらも地面を蹴って土をぶち撒けやがった。顔を背けて後退するアレク。すかさず間合いを詰めるサルコ。
「ウキィィ!」
『氷弾』
うわぁ……えげつな! サルコめ、アレクを食い殺そうとでもしたんだろう。口をいっぱいに開いて襲いかかったもんだから、見事に狙い撃ちされてるよ。口の中に大量の氷弾を。
なのに生きてるのかよ……出血すらないってどういうことだよ……こいつらの毛皮が強靭なのは分かってるが口の中もそれ並みってことなのか? 危なっ!
奴が無傷だったのはアレクにとっても予想外のはずだ。そのせいで回避が遅れ、振り回された腕が引っ掛かった。制服の肩ら辺が千切れてやがる……魔法学校の制服はそこそこ上物なのに。
「ウキッ」
ちっ、ニヤついてやがる。猿のくせに生意気な。雌対決は自分の方が上とでも言いたいのか? こっちはいつでもぶっ放す用意はあるんだからな?
「ピュイピュイ」
ギリギリまで待てって? 分かってるって。アレクを信じてないわけじゃないんだからさ。あくまでピンチになった時の話だよ。
『氷斬』
無数の氷の刃がサルコを襲う……がやはり無傷。一丁前に顔だけはガードしてやがる。だがアレクの目的はダメージを与えることではなく距離をとることだ。
「ウキィィ!」
猛然とダッシュするサルコに対して……『氷塊弾』
いったぁぁ! 古い新幹線並みの速度で撃ち出された氷塊! ダッシュするタイミングにバッチリ合って……「ウキッ」
ちっ、それでもだめなのかよ。三メイルを超える氷塊を一発ぶん殴っただけでかち割りやがった。だが……
『烈氷円斬』
きたぁ! 狙い澄ました上級魔法! なるほどね。氷塊弾を破られるところまで読んでたのね。ぶち壊すことはできても、重量の関係でサルコの足は必ず止まるとさ。だから竜巻のように対象を取り囲み斬り刻む烈氷円斬を用意しておけたわけね。さすがアレク。ちゃんと考えて戦ってるね。
『ウギギギギャアアアアア!』
げっ!? マジか! 魔声一発でぶっ飛ばしやがった!?
「はあっ……はぁ……はぁはぁ……ふぅうう……」
いかん! 魔法の連発で息があがってる!? え、もう!? 早くない!? しかも膝までついてる!?
ええええーーーー!? 大の字に横たわったぁぁーー!? これはだめだ! きっと今日は調子の悪い日に違いな「ピュイピュイ」
あ、うん……分かってるって。邪魔しないって……
「ウキキキキィ!」
あぁーもう! めっちゃジャンプして……上からアレクに襲いかかる気……『火柱』ってええええーー!? なんで火柱!? こいつらにはあんまり効かないよ!? それこそ私並みに火力を出さないと!?
あああやっぱり! 夏の夜は蒸し暑いなぁー、あーやだやだ。って程度の顔だし!
ん? 今何か上に向かって……
「ウキャアアァァイイイーー!」
火柱が消えた。地面にアレクはいない。頭から土に顔を突っ込んでいるのはサルコ。何が起こったんだ? 途中から火柱に囲まれてよく見えなかったんだよな。
「カース、お待たせ……」
「おお、びっくりしたよ。上から降りてくるなんて。大丈夫……うん、どうにか大丈夫そうだね。」
外傷なし、打撲の跡もたぶんなし。魔力は残り六割ぐらいか。髪の毛も無事。多少乱れてるぐらいかな。
「ええ、どうにかね。かなり疲れたわ……カース、板を降ろしてくれる?」
「いいよ。トドメ?」
「いえ、逆よ。」
逆? あ、もしや前回の私と同じように?
とりあえず降りよう。いつ襲いかかってこられてもいいように警戒しながら。
「ウキキキキィ!」
ほら来た! 土から顔を引き抜いた勢いそのままに…『氷塊弾』
さすがアレク。もちろん準備してたのね。直撃、ぶっ飛んだ。
あ、血の跡が……これ結構ヤバくない? あいつ死ぬぞ?
「少し待っててくれる?」
「うん。気を付けてね。」
板から降りてサルコに近寄るアレク。あいつ……頭はふらふらしているようだが、依然として戦う気満々のようだ。その首からかなりの血を流しながら。
「負けを認めなさい。さもないと死ぬわよ?」
そう言ってアレクはポーションを見せた。以前私もカカザンに使ったからな。きっと知ってるはずだ。
「ウキキィキキキィ!」
何やら牙を剥き出しにして威嚇してくる。敵に施しは受けないってか? こっちはどうでもいいんだぞ? 最悪カカザンさえ生き残っててくれればさ? それでもアレクはきっと今後のこと、能率や心象なんかを考えて提案してるんだよ。魔物に分かるかぁ? 分かんないだろうなぁ?
「愛する夫を残して先に逝く気?」
うーん……伝わるか!? こいつらって魔物にしては知能高いけど。
「ウキキッキィー」
おっ、少し意気消沈したっぽい。
「ピュイピュイ」
おお!? コーちゃんが何か一言伝えたっぽいぞ!?
「ウキィィ……」
おっ? 腹を見せて横になった。なるほどね。これが降伏の姿勢なのね。てことはサルコの野郎……降伏してみせたアレクにトドメを刺そうとしやがったってことか!? やっぱ殺してやろうか……
一歩ずつ近寄るアレク。ポーションをその左手に持ち。今は大人しいが……不埒な真似をしたら即殺そう……




