23、ソムリエ村長
私を兄貴と呼ぶエルフ……あ! 思い出した!
いつだったか誰かの仇だって言いながら攻撃してきた奴らだ。確かあの時はひたすら防御だけしてたんだよな。エルフを傷付けたくなかったもんだから。
そのまま飛び続けイグドラシルが腕ぐらいの太さに見える頃、三人の姿も見えた。
「アレク、あいつらの名前って覚えてる?」
「ええ。左からビョエルンエドゥアルトゼルヘル、ブラージウスツベルトゥスコスト、ベネディクティスミルコセンサよ。」
無理。確かに聞き覚えのある名前だけど! 顔の区別すらつかないのに名前もなんて! アレクはすごいなぁ。
「兄貴! お久しぶりです!」
「ようこそフェアウェル村へ!」
「精霊様に狼殿もようこそ!」
アレクは無視かこの野郎?
「久しぶりだな。村長はいるか?」
「はい! そもそも村長に何かが高速で近寄ってくるから警戒しろって言われたもんで!」
「そろそろ昼だし宴会しようよ兄貴ぃ!」
「それがいい! 村長だって最近あんまり飲んでないみたいだしな!」
やっぱハイエルフ村長の索敵範囲って半端ないな。一体何百キロル先まで感知してんだよ。クロミが化物ハイエルフって言うだけあるわ。
いつものボロい門の前に着地すると自然に開く門。
『よく来たなカース殿。精霊様に狼殿、そして嬢ちゃん。さあ、入ってこられい』
伝言か。
「よく来たなニン、いやカース。」
「アーさん久しぶり。元気そうだね。」
おっ、この人は覚えてるぞ。アーダルプレヒトシリルール。一緒にダークエルフの村にも行ったもんな。こいつは一瞬私を人間って呼ぼうとしやがったけど。
「相変わらず魔力が読めない人間だな。精霊様、狼殿もようこそいらっしゃいました。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
だからアレクは無視なのかって! 村長はきっちり歓迎してくれたのに。
「お邪魔いたしますわ。」
「ああ。」
それでも挨拶をするアレクは偉い。アーさんの返事はそっけないが……
案内されたのは村の中央、いつもの広場だ。
「村長は宴会を希望だ。だが急なことでまだ何も用意がない。どうにかできるか?」
「問題ない。肉を焼こう。その間に肉以外の物を持ってきてくれたらいいよ。村長自慢の酒もね。」
私もアレクもここ数日、いやヒイズルから帰る前も帰った後も、連日飲みっぱなしじゃないか? そろそろ節制した方がいいような……
「心配するな。すでに用意を始めている。徐々に集まってくるだろう。だから焼き始めてくれ。」
「分かった。じゃあお前ら、解体を頼む。」
肉はあることはあるのだが、ちょっと少ないんだよね。で、こんなこともあろうかと道中で魔物をゲットしてあるのさ。目についた空飛ぶ魔物をさ。
「げっ、ラセツドリ。兄貴これ食えないよ」
「こいつはプテラノックスな。そこそこ旨いやつな」
「おお、ハーピークイーン? さすが兄貴! これかなり旨いよね!」
ふふふ。山岳地帯に入ったあたりで一匹のハーピーを見つけたもんだから『無痛狂心』でちょっとばかり操って仲間を呼ばせたのだ。そこから仲間が仲間を呼び、最終的に現れたのがハーピークイーンってわけだ。ハーピーはよく食べるけどクイーンは食べたことがないからな。結構期待してるんだよね。クイーンオークはめちゃくちゃ旨いし。
ふと思ったが、オークキングはいるのにオーククイーンはいない。でもクイーンオークはいる。どういうことだろう? どうでもいいか。
さて、こいつらが解体している間に私は手持ちの肉を焼こう。あとアラキ酒も出しておこう。村長の酒と比べるとずいぶん荒削りだけど、これはこれでいい酒だもんな。
「よう来たな、カース殿。」
「どうも村長。お久しぶりです。おねだりに来ました。」
「ほう? まあ無粋なことは後回しでよかろう。」
「それもそうですね。ささ、そこら辺の肉は焼けてますよ。」
村長が口を開けると、肉が飛び込んだ。味付けなしで食うのかよ。
『同胞達よ! 登頂者カース殿とアレクサンドリーネ殿が再び我が村を訪ねてくれたぞ! よって宴を始める! 仕事など捨て置いて集まるがよい!』
さすがに拡声の魔法をこの距離で使われるとうるさいな……村長なら村人全員に『伝言』ぐらい使えるだろうに。
まあ今のは私達への歓迎の意を伝える目的もあったんだろうね。
「これはカース殿が用意した酒だな。飲ませてもらうぞ?」
「どうぞどうぞ。」
今度は普通に杯に汲むのね。
「ほう……ほぅ……」
何やら目をつぶっているね。
「悪くない味よの。まだ若く……荒々しい男の姿が見える。そやつは強く、近隣ならば敵なしの偉丈夫……だがある日、自分より強い者に出会ってしまい打ちのめされる。初めての敗北を知った男が選んだ道は……鍛錬。今まで己を鍛えることなど考えもしなかった男がする初めての努力……真の強者になるために。そう……この酒は豪傑の卵だの。」
まじかよ村長……なんかすごいこと言ってる。
「そうですわね。ヒイズルはアラキ島という小さな地域。作っている酒は二種類だけ。まだ歴史も浅く、ヒイズル国内ですら他の地域の酒に勝てないレベルですわ。ですが、将来性を存分に秘めた味わい。それを村長は感じ取られたのですね。見事な表現かと。」
なるほど! そういうことか! マジですごいな……
「凡百の酒を飲んだとてこうも雄弁に語りかけてはくれまいよ。この酒にそれだけの実力があった。それだけの話よの。さすがはカース殿、良い酒を持っているではないか。」
そんなこと言われたらこっちも飲ませてみたくなるじゃないか。少しぐらいいいよねコーちゃん?
「ピュイピュイ」
「村長、せっかくですからこっちもどうぞ。」
「ほう? 澄んだ香りがするではないか。いただこう。」
ヒイズルはツーホ村、アキツホニシキの特等純米生原酒だ。
「ほう……おぉ……精霊様が……眠っておられる。とても静かに……なんという清らかな流れなのだ。我らの命たるヒューメイ川もかくや……青く美しき水のせせらぎ。だが精霊様を起こしてはならない……お眠りいただいたまま、その恵みを分けていただかなければ。もしも精霊様を起こすようなことがあれば、この味はたちどころに壊れてしまうだろう……なんという絶妙な均衡か。ただ恵みを受けるだけではない……人の技と精霊様の恩恵が見事に調和しておる。この酒は……精霊と人の合いの子だ。」
おお、なんかそれっぽい。
「同じくヒイズルはタイショー獄寒洞という迷宮からほど近い村で作られたお酒です。コーちゃん曰く、精霊の祝福があるそうですわ。」
アレクもナイス解説。
「ほぅ……なんと見事な出来栄えなのだ……我らの村に来て欲しいほどにな。つくづく人間の進歩には驚かされるものだ。いつまでも虫扱いはできぬものよの。」
この村長って一番歳上だろうに思考が柔軟なんだよな。他のエルフよりよっぽど。歳のせいか、それともハイエルフになったせいか。
「気に入っていただけてよかったです。あんまりありませんから一杯だけですけどね。」
「むっ、そうか……まあよい。これほどの酒だ……無尽蔵に作れるはずもなかろうて。」
「村長、集まったぞ。挨拶を頼む。」
今度はアーさんだ。村長の秘書的なポジションなのかねぇ。
『皆の者! 昼から宴を楽しむのもたまにはよかろう! それでは登頂者カース殿とアレクサンドリーネ殿! そして大地の精霊様とフェンリル狼殿を歓迎して! 乾杯じゃあ!』
いつもより騒がしい宴会が始まった。




