22、山岳地帯小旅行
寝室に戻ると、アレクがちょうど目を覚ましたところだった。
「おはよ。今日もきれいだよ。朝からアレクの顔が見れるなんて最高だね。」
「おはよう。私もよ。目覚めて最初に目にするものがカースの顔だなんて最高よ。」
「アレク……」
「カース……」
「ピュイピュイ」
あー……コーちゃんお腹すいたのね。うん、朝食にしよっか。
「んもう……」
食事がてらリリスの調査結果を話してみた。
「そうだったのね。ところで一つ気になったわ。各地の村に残ってる女子供はどうにかするつもり?」
「いや、何もしない。放置だよ。アレクが心配してるのは後の憂いを残していいのかってことだよね。いいよ。いいんだよ。」
「カースらしいわね。もちろんカースの判断に異を唱える気なんかないわ。そいつらが後でどうフランツウッド王子に祟るか……構わないのね?」
「もちろんだよ。そのぐらいフランツは覚悟してやったんだろうし。僕が気にすることじゃない。だいたいタンドリアから逃したのはあいつの落ち度だしね。」
残された女子供の恨みが向くのは私ではない。フランツウッドだ。
もっとも、それを承知で逃した可能性もあるな。女子供を手にかけるのは忍びないから、とかさ。
そして楽園で全滅し、わずかな生き残りは奴隷に落ちたことを知ったら恨みの矛先は私に向くかな。それはそれで構わない。私だって女子供は殺したくないが、私やアレクを狙ったなら話は別だ。存分に相手してやるさ。むしろまたリリスから生捕りでと頼まれそうな気もするが。まあ、その時判断すればいいや。
「それもそうね。フランツウッド王子ともあろうお方がその程度のことも考えてないわけないものね。それよりカース、今日は何するの?」
「フェアウェル村に行こうよ。イグドラシルが欲しいんだよね。あと蟠桃も。」
「ああ、それいいわね。蟠桃の甘さときたら魂まで蕩けてしまいそうだったもの。カムイには張り切ってもらわないと。」
「カムイのやつ喜びそうだね。」
エンコウ猿の族長カカザン。カムイは強くなったがあいつはどうだろうか。
「ガウガウ」
おおカムイ。いいタイミングだな。ラグナの手洗いはどうだった?
「ガウガウ」
下手くそだって? ラグナだもんなぁ。きっと向いてないんだろうね。それよりカムイ、フェアウェル村に行くぞ。蟠桃も狙うからカカザンと対戦できるぞ。
「ガウガウ」
おっ、気合い入ったみたいだな。ほれ、カムイも朝飯食べな。
リリスに二言三言ほど伝えてから楽園を出発。領都から楽園や楽園から山岳地帯のような長距離飛行には、やっぱ木の板じゃなくてミスリルボードが欲しいよなぁ。魔力の通りがいいし操りやすい、その上盾としても使えるもんなぁ。
広大なノワールフォレストの森を飛び越えたら西へ向かう。海まで出たら海岸線に沿って北西へ。見覚えのある地点まで来たらここからは北東へ飛ぶ。後はまっすぐ進めばイグドラシルが見えてくるだろう。楽園を出発してから二時間ちょい。我ながらおそるべき速度だ。フェアウェル村までもう一時間とかからないだろうね。
「いつ見てもここの山々は絶景ね。まるで起伏に富んだ緑の絨毯だわ。」
「そうだね。いい景色だよね。」
実際には緑一色ではなく、赤茶色や深緑、青っぽいところに黄色いところ。遠くには白い峰も見える。きっと季節ごとに違うんだろうな。これが五月ともなると一面の緑だったりするんだろうか。
おまけに高低差の激しいこと。飛んでる私達には関係ないけど。高いところだと八千とか一万メイルぐらいあるんじゃないだろうか。幸いルート上にはないから迂回しなくていいのは助かるね。高度を上げすぎると精霊の領域に入ってしまいそうだもんね。まあ入ったからって不都合はないんだけどさ。何となく気まずい気がするってだけだ。だって用もないのにずかずかと他人の家に入るようなもんだからね。
「ここを歩いて進んだら……どれほど時間がかかることかしらね。エロー校長やドノバン組合長達は本当にすごかったのね。」
「まったくだね。どこをどう歩けばいいのかすら分からないよね。すごいよね。」
道などあるはずがないもんな。せいぜい獣道、もしくは大型魔物が通った跡ぐらいだろう。
「それに剣鬼様も。歩いてフェアウェル村に辿り着いたそうだし……どうやって迷わず行けたのかしらね。」
「それもそうだね。今度会ったらぜひ聞きたいよね。こんなの羅針盤があってもきついよね。いやーすごいよね。」
おっ、話してたらイグドラシルが見えた。まだマッチ棒サイズだけど見えたら後はもう楽勝だ。スピードアップ。
「懐かしいわね。私達、あれに登ったのよね……」
「よくあんなの登れたよね。アレクが一緒だったおかげで頑張れたんだよ。」
「ううん。カースが必死に私を引っ張ってくれたからよ。いつもありがとう。」
「アレク……」
「カース……」
青い空。白い雲。緑の山々。最高のシチュエーションだ。誰はばかることなくアレクとイチャイチャしよう。咲きかけた蕾のような赤い唇に……
『おーーい兄貴ぃーー!』
『兄貴だよなーー! 来てくれたんだなーー!』
『会いたかったよ兄貴ぃぃーー!』
ちっ、大きな声が聴こえてきた。拡声を使ってるな。エルフ達か? 兄貴だと?




