17、宴に叢雲
よーし。だいたい全員腹八分ぐらいにはなったかな? そろそろ私も本格的に飲み食いするぞ。
まずは……『風斬』
ブラックブラッドブルの舌! 捨てるなって言っておいたんだよね。
こいつの皮を剥いて……薄切りにして……
焼けたら……軽く塩をかけてから……
アレクが魔力庫にキープしておいてくれたカツラハ村のリモンを……『重圧』『水操』
搾る。
周囲の視線など知ったことか。いっただっきまーす。
くぅー! やっぱ旨い! いい牛はタンも旨いに決まってる。この味を知らんとはバカな奴らめ。あー旨い。
「アレクも食べる?」
不審な顔して私を凝視してるし。
「え、ええ……た、試して、みるわ……」
そんな覚悟を決めた顔しなくてもいいのに。思えばフェルナンド先生もそうだったなぁ。でも食べたら旨いって言ってくれたし。
「あ、おいしい……」
「だよね。岩塩だけでもおいしいと思うよ。」
「そうね。試してみるわ。」
ふふ、やったぜ。
「お、俺も食べてみていいか……」
おっ、昼間の六等星だ。
「おう食え食え。」
焼くだけじゃなくてリモンまでサービスしてやるぜ。
「い、いくぜ……」
だからそんな覚悟を決めた顔しなくていいのに。
「お? おお? こ、こりゃあ……」
無言で噛み続けている。歯応えもいいもんな。
「うめぇ……うめぇよ。なんつーか、ブラックブラッドブルの旨味がじんわりと沁みてくるって言うかよ……何か果実の汁もかけたよな? あれのおかげで臭みが消えたのか? 爽やかな酸っぱさ……いや、よく分かんねーけど、旨いぜこれ……」
こうして一人、また一人と牛タンの虜になっていくわけね。お前らまだ腹に余裕があったのかよ。私の分はやらんからな。あーおいしい。
「アレク、これで乾杯しよ。」
「え、ええ。いただくわ。」
「アタシも飲みたいねぇ。」
ラグナいたのかよ。まあいい。注いでやる。
日本酒っぽい方のヒイズルの酒。これはこれでタンに合うと思うんだよなぁ。
「アレクの瞳に乾杯。」
「カースの栄達に乾杯。」
「ボスの楽園に乾杯ぃ!」
くぅうー旨い! こりゃあコーちゃんが精霊の味がするって言うだけあるね。ほのかな甘味にわずかなとろみ。難しいことはよく分からないが旨い。
「へぇえ……旨いねぇ。センクウ親方の酒を彷彿とさせる研ぎ澄まされた上品さ。それでいて未知の穀物を感じさせる甘さときたもんだ。ずいぶんいい酒持ってるじゃないかぁ。さすがボスだねぇ。」
「なかなかいいだろ。ヒイズルの酒さ。」
「ピュイピュイ」
あ、コーちゃんお代わりだね。やっぱり気に入ってるんだね。おいしいよねー。
「ガウガウ」
舌を丸ごと焼け? それも中までしっかりと? お前も変わってるなぁ。生でも食うくせに。
あれ? どうやって焼けばいいんだ……
よし、こんなのはどうかな?
『重圧』で岩塩を細かく砕いて……
『金操』で砕いた岩塩でタンを覆って……
『鉄塊』で作ったやや大きめの器に密閉して……
塩釜風の蒸し焼きといこうか。少し待ってな。
「ガウガウ」
こんなことしてたらヒュドラを地面に埋めて蒸し焼きにしたことを思い出したな。あれは本当に美味かったよな。食べたいけどなぁ……
「カース、新人が来たみたいよ?」
「新人? あー、あいつらかな。今着いたばっかりって顔してるね。」
きっとヘルデザ砂漠をはるばる越えてやってきたんだろうね。めっちゃ焦燥してるっぽくない? 堀や城壁を越えるのも大変だったろう。うんうん。よく頑張った。
「おーいお前ら! 楽園によく来たなー! 腹へってないかー?」
声をかけているのは私だけではない。ここの者はことごとく大声を出し歓迎の言葉をかけている。
「お、おお……すまん……確かに腹はへっているが……」
「先に風呂でも入るか? それとも一杯いっとくか?」
「き、君は一体……」
五人組のパーティーか。全員かなり疲れた顔してんな。
「ここの領主、魔王ことカース・マーティンさ。今は久々にここに戻ったんで宴会の最中ってわけ。歓迎するぜ?」
「なっ!? き、君がそうか! ならば火急の知らせがあるぞ! ほんの一時間ほど前のことだ! ここから南で不審な一団を見た! 盗賊の類かとも思ったが、もう薄暗くてよく見えなかった……だからどうにか逃げ切れたんだろうが……危うく捕まるところだった……」
不審な一団ねぇ……
「何人ぐらいだ?」
「おそらく三百は超えている。冒険者の大型パーティーかとも思ったが、そこまでじっくり見る余裕はなかった……」
ふーん……充分じっくり見てるじゃん。しかもよく逃げ切ったな。やるなぁ。
冒険者か盗賊、それとも他に……
そしてそれだけもの大人数を動員してまでここを狙うような奴ら……
心当たりは……あるわけないな。あるわけないからみんなに聞いてみよう。
「お前らに質問。この楽園を狙うような奴とか噂とかって聞いた覚えはないか?」
「あるわけねーだろ。でも盗賊団ならぜってぇここが欲しいだろうぜ?」
「たまぁに盗賊が冒険者のふりして紛れてんことはあるよな?」
「かかかっ! あいつらあれで化けてんつもりだからよ! 朝には死体に化けてんよな! 代官は怖えからよお!」
こんなところまで盗賊が来るのかよ。ここまで来れる腕があるなら冒険者やればいいのに。骨折り損のくたびれ儲けだな。むしろくたびれ損か。
「じゃあ貴族だとどうだ? ここを狙いそうな貴族に心当たりはないか?」
「俺らが貴族の事情なんぞ分かるかよぉ……」
「そーそー。最近ちっと話題になったのはベタンクール家とかタンドリア家の取り潰しぐれぇのもんじゃん?」
ん? フランティアはサヌミチアニで代官をやってたベタンクール家? それにタンドリア家と言えば港街バンダルゴウを擁する王国の南東タンドリア領じゃん。
ベタンクール家は分かる。日和見でヤコビニ派と辺境伯を天秤にかけてた家だ。ずいぶん前に辺境伯の四男ドニデニスがサヌミチアニの代官になったと聞いてたからな。取り潰されててもおかしくない。
だが、タンドリア家が潰されたってことは……ついにフランツウッドの奴め、やりやがったってことか……
「タンドリア家が潰された経緯とか理由とかって知ってるか?」
「あー、聞いてんぜ。それがよー……」
うへぇ……やっぱうちの王家ってえげつなっ!




