14、楽園の冒険者達
一戦交えた後、アレクを腕枕しつつ微睡んでいるとノックの音が聞こえた。リリスかな。いいタイミングだ。
「開いてるよ。」
「失礼いたします。旦那様、おかえりなさいませ。お嬢様もお元気そうで何よりです。代官リリス、お召しにより参上いたしました。」
なーんかリリスの奴、会うたびに堅苦しくなっていってない?
「この前頼まれた女達を連れてきた。後はいつも通り上手くやってくれ。それから夕方ぐらいから宴会をやるから参加したい奴には休みをやってくれ。」
「かしこまりました。それから、これはまだ先の話ではありますが、現在ここで働く女達には一人一部屋を与えております。雑用や炊事担当は違いますが。ですが、このままですと部屋が足りなくなるかも知れません。」
「そうなのか? もしかして今回で満員になる?」
客室だけで三十はあるんだけどな。それとは別に両親や賓客用のVIPルームも数部屋あるし。
「いえ、まだそこまでではございません。ですが、これから先は分かりませんもので。
女達を増やさなければいいだけの話ではございますが、過酷な環境から逃げたいという者はこれから先も尽きないと思います。旦那様にはそんな女達をお救いくださるお慈悲をいただければ……などと考えております。」
慈悲ねぇ……そりゃあ女が増えれば私は儲かるからいいんだけどさぁ。私の本業は金貸しのはずなのに、だんだんと楼主にシフトしてきてない?
やっぱ冒険者に遊ぶ金を貸してつけて、賭場と娼館で搾り取る。これが最強だよなぁ……やる気はないけど。今のところはね……
「分かった。次に旅に出る前までに考えておく。それじゃあ新しい奴らの世話を頼むな。」
「かしこまりました。失礼いたします。」
すっと部屋から出ていくリリス。なんだか身のこなしまで上達してない?
「リゼットがあっさり女を集めたように思えたけど、やっぱり逃げ出したい者って多いのね……」
「そうだね。人生色々だよね。それにしてもサダーク・ローノみたいな男も多いんだね。大した顔じゃないくせにさ。」
色事師、はたまたサオ師とでも言うのだろうか。詐欺師と何も変わらないよな。
「そんな者もいたわね。自分がそうだったからこそ……リリスは女達を救ってやりたいと考えているのかも知れないわね。」
「そうかもね。ちょっと前向きに考えてみるよ。」
と言っても私にできることはリゼットに建物を注文するだけ。場所はいくらでもあるしね。問題はリゼットのマイコレイジ商会が多忙だってことなんだよなぁ。ただでさえ大きめのシェルターを注文したってのに。
ならばどこか他に……それこそ王都のピエレマイソン商会とか? そっちに伝手なんかないんだよなぁ。でも王都だし、国王に紹介状でも書いてもらえば一発な気もする。紹介状の無駄遣いかな?
リゼットに相談してからだな。
「カース、お風呂に行かない?」
「いいね。行こう行こう。」
風呂には数人の冒険者、そして数人の娼婦がいた。浴室でプレイに励むことなく、普通に浸かっている。
私達に絡むでもなく詮索するでもない。軽い挨拶に世間話。ごく普通の対応を見せてくれた。そういえばここの湯船を使えるのは泊まりの客だけって言ってたな。そして泊まりは高いとも。つまり、今ここにいる冒険者達はそれなりに凄腕ってことだな。まあ六等星って言ってたし当然か。
先に出たのは私達。温まりに来たのではなく、軽く汗を流しに来たのだから。
風呂上がりは……もちろんアレクと散歩だ。少し火照った体に冬の風が心地よい。
そろそろ春だけど、この辺はまだまだ寒いよなぁ。掘立て小屋に住むのも楽じゃないね。
時間的にはもう昼を過ぎているが、そこまで腹はへってないんだよね。でも掘立て小屋エリアを歩くとあちこちからいい匂いが漂ってくるじゃないか。鍋系が多いようだな。
この中で特にいい匂いをさせてるのは……
この小屋か!
「おぉ? 何だぁ? びっくりすんじゃねぇか」
「何か用か? 困ってんなら相談のるぞ?」
「それとも腹ぁへってんのか?」
「その通り。あまりにもいい匂いがしてたもんだからよ。まぜてくれよ。」
「え、カース……」
珍しくアレクが驚いた顔で私を見る。まだ食べる気はなかったんだけどさ。あまりにもいい匂いだったもんで、ついね。
「仕方ねぇなぁ。俺らぁクタナツの六等星オーガキラーだ。お前は?」
「妙なカッコしてんなぁ。見慣れね……魔王か!」
「そうだよ! 魔王と女神じゃねぇかよ! ついさっき来たって噂んなったばっかじゃねぇかよ!」
おお、やっと気付いてくれたか。やっぱウエストコートを着てないと気付いてくれないもんかなぁ。でもこいつら同じクタナツの冒険者なのに。まあ私だってどことなく見覚えがあるってだけでパーティー名すら知らなかったけどさ。
「その通り。で、それ何だい? えらく旨そうだよな。」
食欲が湧いてきちゃったよ。
「なぁにただのポトフさ。ただし三日前から材料やスープを注ぎ足ししまくった特別仕立てだがよ?」
「下手すりゃあ腐らせちまうんだがよ。うちのリーダーはすげぇんだぜ?」
「魔王を誘い込むなんざぁさすがリーダーだぜ!」
ほう。それはすごいな。半径も高さも五十センチはある円柱形の大鍋。そこに大きめの野菜や肉塊で八割ほども満ちている。ポトフと言うわりにはトマト系の匂いがするな。いや、むしろミネストローネって感じかな? スープは澄んだ金色なのに。
「ほれほれ! さっさと食ってみろや!」
「女神もだぁ。うんめぇーぞ?」
「熱いから気ぃつけろよ?」
「ありがとな。いただくよ。」
「いただくわね。」
木製の深い器に盛られた料理。おお、こりゃ旨い。この野菜はクタナツの南側かな。どことなく懐かしくなる味だ。
「なるほどね。今回の材料は三日前からみたいだけど、スープ自体はだいぶ長い間使い続けているのね。不潔にも思えたけれど、この味なら文句は言えないわね。美味しいわ。」
なんとまあ……そうだったのね。汚い冒険者の野郎どもが使い続けた鍋とスープ。貴族のお嬢様が食べたらブチ切れそうなもんだが、やはりアレクは違うね。純粋に味で判断できる子だよね。素敵。
あ、だから下手すれば腐るって言ってたのか。
「だろ? こいつが俺らオーガキラーの名物料理『無限鍋』よぉ。こいつぁ入れる食材によってまだまだ旨くなるからよ。また食いにこいよな?」
へー。不潔な気もするけど旨いんじゃ文句言えないよな。無限鍋か……私もやろうかな。魔力庫に入れておけば腐る心配もないし。色んな味が楽しめそうな気もするし。
要相談だな。アレクに。




