813、最後の宴
「ご静聴ありがとうございました! えー、本日はローランドの魔王様がいらっしゃるということで急遽、歓迎の曲を作ってみました。お気に召していただけると嬉しいです!」
なんと。私のためにだって? 嬉しいじゃないか。
「気に入ったわ。これ、とっておきなさい。」
「これはこれはなんとお美しいお嬢様。しかも十万ナラーも!? おありがとうございます!」
私のことは知ってるくせにアレクのことは知らないのかよ。
「曲名は何というのかしら?」
「それがまだ、できたばかりなもんで。そうだ! よろしければ魔王様から直々に命名していただけないでしょうか?」
「それがいいわ。ね、カース?」
アレクが期待に満ちた目で私を見てくる。そう言われたら応えないわけにはいかないじゃないか……
うーん……
どうしよう……
あ、そうだ。今の私達になぞらえて……
「天へ還るアーニャ……うん、決めた。天へ還るアーニャだ。神代文字の『天』と『還』をこう読む。分かったな?」
「ありがとうございます! なんとも深いストーリーを感じる命名ですね! よろしければ後ほどお話をお聞かせいただいても……」
「ああ。構わんよ。後でな。だからそれまでは演奏を頼む。しばらく同じ曲を聴き続けていたい。いい曲だ……」
「魔王様からリクエストいただきましたので! しばらくこの曲『天へ還るアーニャ』を演り続けます! お前らいくぜぇ!」
「いぇー!」
「はぁっ!」
三人の息はぴったりだ。こんな吟遊詩人もいるんだな。
「カース……いい名付けね。アーニャも報われるんじゃないかしら。魔王が名付けた曲だし彼らの腕前は確かだし。この曲はこれからもっと有名になるわ。きっと誰もアーニャのことを忘れないわね。」
「そうかもね。」
「必ずよ。あれこれと脚色されて演劇になったり戯曲になったりするわ。きっとね?」
そうなのか? それでいいのか……?
「そうなったら面白そうだね。さあ、飲もうよ。アーニャに献杯しよう。」
なるようになるよな。私が口出しすることじゃない。もしもあまりに酷い内容になっていたら、劇場を更地にしてしまえばいいだけだもんな。
「ええ。今夜はとことん飲むんだから。献杯。」
※
ふう……あまり高い酒じゃない。むしろ平民達が飲むような荒削りで安い酒。だが旨い。
彼らが奏でる曲のせいもあるのか、今日の気分のせいもあるのか。料理だっていつもの高級宿と比べると全然大したもんじゃない。洗練とは程遠い大雑把な味付け。値段相応の味……なのに、旨い。
酒も料理も、その時の気分によって旨くも不味くもなるだろう。今の私、私達はとてもじゃないがいい気分なんて言えない。私は全ての装備を失って、前世の婚約者を守れず死なせてしまった。
なのに……なぜだ?
なぜ酒も料理もこんなに旨いんだ?
「美味しいわね。たまにはこんな平民の味も悪くないものね。」
アレクがいるから……
「ピュイピュイ」
コーちゃんだっている。おかわりだね。注いであげるよ。
「ガウガウ」
カムイ……さすがに手洗いとブラッシングはまだ待てよ。後だ後。
「ニンちゃん飲んでるぅー!?」
クロミ……こいつには何の得もないのに協力しまくってくれた。迷宮踏破の願いだって自分のためには全然使ってない。
「なぁに気取って飲んでやがんだよぉー! おらぁ魔王も歌えやぁ!」
ドロガー。心が治ってよかったな。少しばかり元気すぎないか?
「魔王よぉ……俺から二十億ナラーぶん取っておいて……全部失くしたそうだな……お前それ、あんまりだろ……」
すまんなキサダーニ。色々予想外のことがあったんだよ。
「魔王様、お注ぎします。」
ハンダビラのボスの娘……特に思い入れはないなぁ。でも酒は旨いな。
「魔王が飲んじょるってぇのはここかぁ!」
あ、セキヤだ。粗野なこいつにはギルドが似合うよな。
「あぁん誰じゃあてめぇあ!」
こらこらキサダーニ。若者に絡んでやるな。
「俺ぁヒイズルの勇者セキヤ・ゴコウじゃあ! 今ぁ天公の護衛隊長じゃけどのぉ!」
へぇ。クワナを助けてやることにしたんだな。こいつ程度の腕でも盾ぐらいにはなるんじゃないかな。
「キサダーニ、こいつは知り合いでな、天公クワナのダチだよ。セキヤ、よく来たな。俺に何か用か?」
「べ、別におんどれに用なんざあるかぁ! ちいと酒ぇ持ってきただけじゃあ!」
ツンデレか? こいつみたいな粗暴な男のツンデレなんか価値ないのに。
「ありがとな。いただくよ。お前も飲んでいくだろ?」
「当たり前じゃあ! おら杯ぃ空けろぉ! 注いじゃるけぇ!」
おっとっと……まだ前の酒が残ってるのに……
樽から柄杓でがばっと……溢れる方が多くないか?
「私にもお願いね?」
「あ、ああっ、おおぅ……」
こいつってアレクに弱いよなぁ。これだけの美女なら当然だけどさ。それにしても……
「旨いな。いい酒だ。これはもしかしてクワナからか?」
「おおよ! 本当はあいつも来たがっちょったんじゃけどのぉ! 忙しゅうてやれんみたいないや! ええけぇ飲めやぁ! おらぁ冒険者どもも飲めぇ! 天公クワナからの差し入れじゃあ!」
「あぁん!? 天公だぁ!?」
「いいじゃねぇか! 気が利くぜなぁ!」
「おぉら! 天公閣下に乾杯だぁー!」
あーあ。大騒ぎになっちゃったよ。せっかくいい曲を聴きながらしっとりと飲んでたのに。酒が上品になったかと思えば今度は場が下品になった。ある意味バランスいいね。あー旨い。
そろそろ次の国に行こうかな……
まだヒイズル国内で行ってない所は多いけど。もう残りは飛んで行けばいいよな。
アマギン村でワサビを仕入れて、ツーホ村ってとこではアキツホニシキの特等純米生原酒が欲しいな。で、最後にヤチロを再び訪れて畳をゲットしないとな。それならついでにアラキ島に少し寄って酒を大量ゲットってのもいいな。お土産にちょうどいいし。
四つ目の迷宮もあるようだけど、そこはもういいか。アレクに似合う宝石を手に入れたくもあるけど、それは他の国でも手に入るだろう。アレクの指輪に相応しい金属も欲しいけど、これも保留だな。今のところオリハルコンが最有力候補、次がムラサキメタリックか。じっくり選びたいところだな。旅が終わる日までに。
あー……かなり酔ってるな……
めちゃくちゃ飲んでるもんな……
旨いなぁ。
酒も、料理も。
隣にはアレクがいるし。
コーちゃんは私の首に巻きつき、カムイは珍しく膝の上だ。重い。
私は……何も失ってなんか……いなかったようだ……
悪いな、綾。先に行ってろ……
縁があるなら、いつかまた逢えるさ……
またな、アーニャ。
※
https://youtu.be/UrHbrryD7vA
仙道アリマサ氏はこの曲に名前を付けておられません。
『天へ還るアーニャ』は本作内においてのみの曲名です。
仙道アリマサ氏のマイページ
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