812、受付嬢の思惑と吟遊詩人
本当は宿で飲もうと思ったのだが、ドロガーとキサダーニの希望でギルドで飲むことになった。クロミはどっちでもいいって言うし。
「聞けやおめぇらぁー! 俺らぁやったぜぇーー! タイショー獄寒洞も踏破したからよぉ! おめぇらにも見せてやりたかったぜぇなぁ! 五十階層で現れたゲロやべぇドラゴンをよぉ! それを魔王ときたら! まじとんでもなかったんだぜぇ!」
「話は後にしろ。まずは乾杯が先だろう。よーしお前ら! 用意はいいなあ! 迷宮踏破と! ローランドの魔王に乾杯だぁ!」
「乾杯!」
「乾杯っ!」
「かんぱーい!」
「ドロガーさんすごっす!」
「キサダーニさんもだぁ!」
ギルドの酒場は大賑わいだ。私だってもちろん飲んでいる。飲まずにはいられない。
「おおー魔王ぉー! 飲んでっかぁー!」
「飲んでるさ。お前はすっかり元通りになったな。よかったじゃん。」
「へっ、まあな。クロミと魔王のおかげだぜ。だが、あいつのことは残念だったな。俺だって何度ヒロナが生き返ってくれたらって思ったことか……」
そうだよな。好いた女に死なれたのは私だけじゃない。いや、私の場合は好いた女とは言えないけどさ。ドロガーの場合なんか大事な女が迷宮の魔物として立ちはだかったんだから……心中たるや如何なるものか……
「そんな顔してんじゃねぇよ。さすがにヒロナんこたぁ忘れたとは言えねぇがよ? それでも俺にぁクロミがいっからよぉ。魔王にだって女神がいんじゃねぇかよ。あんまアーニャアーニャ言ってっと女神に愛想尽かされんぞ?」
「私がカースに愛想を尽かすことなんかあり得ないわ。」
アレクの愛が嬉しい。
「えへへ。アレク大好きだよ。」
「私も。カースのためならどんな強敵にだって立ち向かえるわ。」
「ありがとね。あのホワイトドラゴンの隙を作るために身を挺してくれたんだよね。本当に助かったよ。」
「正直かなり恐ろしかったわ……でもカースなら、きっと何とかしてくれると思って……私の判断に間違いはなかったみたいね。」
「おうおう? 俺だって隙なら作ってやったろぉ!? めちゃくちゃ怖かったけどなぁ!」
ドロガーもあのドラゴンの足にロープをかけたりしたもんな。決定的ではなかったものの、充分な加勢と言えるだろう。
「お前らはよく無事だったな? あの時って下に向けてブレス吐いてたよな?」
ドロガー達のことはそこまで心配してなかったけどさ。
「そこは俺の出番だな。ちいっとばかりキツかったけどよ? あのドラゴンのブレスをきっちりかき乱してやったぜ?」
おおー。それこそキサダーニが乱魔と呼ばれる所以か? 私の契約魔法を弾いたりしてたもんな。
「ダニィに乾杯だぁ!」
「かんぱーい!」
「キサダーニさんすげぇ!」
「ドラゴンのブレスを弾いたって!?」
うーん。楽しくなってきたね。
「お隣失礼いたします。」
「おや、久しぶりだな。受付はいいのか?」
闇ギルド『ハンダビラ』のボスの娘のくせにギルドで受付をしてる女じゃないか。名前は……
「私の業務時間は終わりましたので。お酌なりともさせていただきたく。だめですか?」
超意外だな。相変わらず冷たい目をしてるけど。
「構わんよ。とことん飲みたい気分だからな。」
「あーっ! キリカぁー! 俺んとこにも来てくれよぉー」
「飲みに誘ってもちっとも来てくんねーしよー!」
「誰だよそいつぁよぉ!」
さっきドロガーが紹介してただろうが。ローランドの魔王だよ。
「それはまたの機会に。本日の主役はこのお方。ローランドの魔王ことカース様ですから。さあ魔王様。どうぞ。」
「ああ。ありがとう。」
旨い。アラキの新酒かな。芋焼酎に似てるやつだ。寒い季節にお湯割りって堪らないね。
「女神様もどうぞ。」
「いただくわ。」
アレクは余計な悋気を出さないのも素敵だよな。もっとも他の女なんか眼中にないだけだろうけどさ。人気ナンバーワン受付嬢ぐらいではアレクの魅力に対抗できるはずがないもんな。
「アラキでは主に二種類の作物を育てているそうね。アラキ酒の原料となるサトゥマイモやサトゥーキビって言ったかしら?」
おや、アレクが話題を?
「その通りです。そんな南の端のことをよくご存知で。」
私を挟んで会話が始まった。
「少し不思議だったのよ。私達が行った時、青々と生えていたのはサトゥーキビだと聞いたわ。かなりの作付面積だったわ。ならばサトゥマイモはどこで育ててるのかしら?」
あ、それは私も気になってた。同じアラキ酒でもラムっぽいのと芋焼酎っぽいのがあるもんな。
「同じ所だそうです。そもそもサトゥーキビもサトゥマイモも同じ植物です。茎と根で名前が違うだけだそうです。」
「へぇ。そうなのね。勉強になったわ。で、このお酒はどっちを使ってるのかしら?」
「こちらは根の方、サトゥマイモを使っております。丸ごと焼いて食べてもおいしいそうです。」
「そう。ありがとう。さすがに受付嬢だけあって物知りなのね。」
「ヒイズルの一般常識でございます。」
アレクったら表面上はにこやかなんだけど、声のトーンがやや低いな。
「そう。ではカースに取り入るのはギルドの一般常識なのかしら?」
「いえ、ただ私は強い男が好きなだけです。いけませんか?」
「それにしてはえらく遅いわね。カースの凄さを今になってようやく実感したとは言わせないわよ? ギルドの情報は正確なはずだもの。あなたの所の情報もね?」
何やら難しい話をしているぞ……
楽しく飲もうぜお二人さん。
「ローランド王国の国王陛下とも昵懇の仲でありながら新たな天王陛下、いえ天公閣下のご友人だなんて知りませんでしたので。」
「そう。それなら納得だわ。心配しなくてもカースはあなたの所の情報を少しは役に立ったと思ってるわ。エチゴヤは跡形もなく潰れてもあなたの所はどうにか生き残れるんじゃないかしら?」
なるほど。そっちの心配をしていたわけね。だいたい私がヒイズルの今後に口出しなんかするわけないんだけどね。
「左様ですか。ならばぜひとも魔王様の口から天公閣下に口利きをお願いしたいのですが?」
「そんな面倒なことをする気はないぞ。せいぜいクワナに会ったら言っておいてやる程度だな。」
「それで結構でございます。魔王様からお言葉をいただき光栄です。今後ともうちの組織をよろしくお願いします。」
ギルドの受付と闇ギルド、妙な二足のわらじだよなぁ。大変そう。ん? 音楽が流れ始めた……吟遊詩人が来たのか?
※
ほお……歌なし、インスト曲ね。
三人組とは吟遊詩人にしては珍しいな。
いい曲だよな。なんというか繊細だけど勇壮、ヒイズルどころかローランドでも耳にしないタイプの曲だよな。まるで暗闇を歩いてたら急に光が差したみたいなさ。
で、その光の導きに従って歩いていたら、故郷にたどり着くんだよな。そこですごく歓迎をされて宴が始まる。そう、凱旋って感じ? 故郷に錦を飾るっていうかさ。
ホワイトドラゴン戦から最後の扉を開けた時のイメージにぴったりだし、今の状況にもよく合ってる。
いい曲だな。故郷のような暖かさと栄光の眩しさを感じる。その後に待っているのは……きっと、新たな旅立ちだろうな。
もうしばらくこの曲ばかり聴いていたいな……
※
https://youtu.be/UrHbrryD7vA
この曲は仙道アリマサ氏の曲であり、なろう内のフリー素材としてBGM的に使用を許可されているものです。
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