802、深淵から現れるもの
ちっ、だめか。
ヘルデザ砂漠のスティクス湖を一瞬にして干上がらせたほどの魔法でもほとんど無傷か。いや、解けてないわけではない。もうすでに固まっただけか。やはり尋常な寒さじゃないな。
だが、床の氷は解かすことができる。これが分かっただけでも収穫か……
もし、ぶち壊そうとするなら……爆破と一緒だな。いくら高温でも表面に撃ち込む程度じゃ氷はそうそう解けない。穴でも空けて、その中に魔法をぶち込まないとだめってことか。
「うへぇ……ニンちゃんのあの魔法でも解けてないしー。」
まあ氷を解かすのが目的ではないけどさ。
「じゃあ次いってみる。」
「へ? 何すんの?」
「降り注ぐ氷塊を。いや……」
『メテオストライク』
それも限界まで高いところから。
「落ちてこないしー?」
「そうだよ……クロミは知ってんだろ? マウントイーターを仕留めた時と同じだよ。」
「うちそれ見てないしー。クロコと間違えてなーい?」
「あれ? そうだっけ。まあいいや。」
かなりの高度に巨大な氷塊を作ってやったからな。落ちてくるまで二、三十秒はかかるか。ここってどんだけ高いんだよ……
ふぅ。後は待つだけだ。いや……
「離れるよ。遠くまで。」
今度こそ氷がぶち割れるはずなんだよな。神に文句言われるだろうか?
来た! 直径十メイル超えの氷塊が!
落ちてきた!
『消音』
「おっ、アレクありがと。」
「必要ないとは思ったけど。一応ね。」
風壁を厚めに張ってるしね。
おお……マジかよこれ……
ヘルデザ砂漠なら天まで土砂が舞い上がるところだろうけど、ここでは氷の破片が舞い上がるのか……同じキノコ雲なのに。いや、キノコ雲に見えたのは一瞬だけだ。もうすでにその形は崩れて空間内全てに舞い散っていった。
すごいぞこれ……めちゃくちゃ綺麗だ……
ダイヤモンドダストなんて目じゃない……
七色に光るわけでもないのに。白と青の濃淡だけで彩られた氷片吹雪。なんて幻想的なんだ……
意味のないことだけど、やってみるもんだな。いやぁいいもん見たわ。
よし。爆心地に近寄ってみよう。
さすがにクレーターができてるよな? ん? やけに風壁が曇るな……ガラスじゃあるまいし。
『暖気』
「これだけ寒いと……もうこれより寒くなることはないと思ったんだけど……驚きね。どこまで寒くなるのかしら……」
空気中に超低温の氷片が散ったからか? それが風壁に付着した?
いずれにしてもアレクの気遣いが嬉しい。私の負担を減らそうとしてさ。
『烈風』
とりあえず舞い散る氷片を全てどこかへ。視界が悪くて仕方ないからね。
ふむふむ。クレーターそのものは直径二百メイル、深さ五十メイルってとこか。だが気になるのは走っているヒビだ。これだけのクレーターなのに一方向にしか、一本しか走っていない。どういうことだ?
げっ……もうクレーターが復元しつつあるし。いくら何でも早すぎない?
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
おっ、二人揃って下に何かあるって? ああ、今までは分からなかったけど、割ったことで何か感じるものがあったんだね。やっぱどんな無茶でもやってみるもんだな。
『降り注ぐ氷塊』
今度はそこまで高くない場所から乱れ落としで。先ほど走った一本のヒビ、それに沿って落としてみる。下も気になるけど、まずはヒビを追ってみよう。
ふむふむ。見えてきたぞ。降り注ぐ氷塊を落としつつ走るヒビを追っていくと、ぐるりと一周まわって元の位置に戻った。だいたい直径十キロルの円ってとこだな。そして先程のクレーターはほぼ元に戻ってしまったが、ヒビは依然としてそのままだ。明らかに何かあるよな。
「カース、どうするの?」
「うーん、どう見てもこの円が怪しいよね。となると中心を狙ってみようかな。」
氷ってヒビがあれば案外簡単に割れるもんだしね。では……
『メテオストライク』
高度は先ほどと同じぐらい。ただし直径は倍の二十メイルでいってみようか。こいつを円の中心あたりに……
固唾を飲んで待つことだいたい二十五秒。氷塊は円の中心部に着弾した……が、大爆発など起こすことなく……
ヒビに沿って氷が崩落した……中心から床が抜けるように。下が空洞だったとでも言うのか? 上から見る限り他と何の違いもなかったのに。
「どうなってんだぁこりゃあよぉ……」
「迷宮内でそんなことを考えても無駄だ。結果が全てだからな。」
「うっわー深いしー。どうすんのニンちゃん? 降りてみるー?」
行きたくはないけどね。でもこれ行くしかないだ……なっ!?
「ギャワワッ」
コーちゃんの警告! だが私も、いや全員が気付いた……なんだよこのバカげた魔力は……
さすがにクラウディライトネリアドラゴンほどではないけどさ……
それが下から徐々に迫ってくる。まだ姿は見えない。
「アレク、板を任せる。なるべく離れておいて。クロミ、外に出て戦えるか?」
「分かったわ。」
「いけるしー。」
よし。
カムイには後で頼むと思う。コーちゃんは一緒にいこう。
「ガウガウ」
「ピュイピュイ」
「おい。俺らぁどうすんだぁ?」
「覚悟はできてるぞ?」
「ドロガーとキサダーニもまだだ。アレクと一緒にこれに乗っておいてくれ。たぶんカムイと同じ時に出番を頼むと思う。」
相手次第だけどね。
『降り注ぐ氷塊』
下から浮上してくるのをのんびり待ってなんかやるわけないだろ。何がいるのか知らないがそのまま潰れちまえ。
きいいぃぃん……
下から白い光が走ったかと思えば……
氷塊が全て霧散している……
味な真似しやがって……
アレク達は遠くに避難した。私とクロミは深淵の側まで近寄った。
「来るぞ……」
「もう見えるし……」
まず頭部が見えた。暗闇の中にあって目立つ白。
『遠見』
暗闇から姿を現したのは……全身が神々しい白一色。自身の身の丈ほどもある巨大な二対の翼。
蜥蜴のような身体だが宙に二本脚で直立し、凶暴さを隠しきれない双眸は赤く輝いている。
『キュオオオオオオオオオオオオオオオォォオォ!』
甲高い魔声。魔力がたっぷりと乗っており、三キロルは離れているのにビリビリと響いてくる。かなり強いな……こいつ。
この……真っ白いドラゴンは……




