797、余興の後
ステージでの余興を終えたローランド王国国王クレナウッドは上機嫌だった。ドロガーとキサダーニだけでなく、紛れ込んだ数名のヒイズルの強者とも戦ったからだ。
「ちょっとー。もう少し手加減してあげてもよくなーい?」
「ふっ、無茶を言うな。他の者ならいざ知らず、ドロガーとキサダーニは紛れもなく強者であったゆえな。とても手加減などできるものか。それよりお前はよかったのか? 余の魔力が気になっておるのだろう?」
「別にぃー。人間にしてはゲロヤバな魔力だけどぉー。ニンちゃんに比べたらねぇー。でも勝てる気しないのも本当だしぃー。やっぱ勇者ってすごかったんだねー。」
「む、お前はダークエルフにしては若い方なのか? 勇者王ムラサキ公と面識はないということか。」
「ないしー。うちまだ百三十ちょいだしー。でもダークエルフ族の中じゃあ魔力高い方だしー。あ、おかわりー。」
「ふっ、ローランドの酒はうまかろう。ああ、すまんがそこの席は空けてくれ。次の者が来るからな。」
「いいよー。じゃーねー。」
国王の席を離れたクロノミーネは会場へと戻っていった。そこにはステージから打ち飛ばされたドロガーとキサダーニが倒れていた。
『浮身』
そんな二人を浮かせて場所を変えるクロノミーネだった。
「み、見たか……あのドロガーが手も足も出ずに……」
「キサダーニだって……いくら剣が得意じゃないからって……」
「他の者だってそれなりに名前が通ってるのに……あれがローランドの国王なのか……」
「魔王だけでもとんでもないのに……国王だって……あれが勇者ムラサキの末裔なのか……」
模擬戦に託けた国王の示威行為はどうやら効果があったようだ。
『それでは次の余興に参ります。テンモカ出身! 新進気鋭の手妻師ヒキータです。拍手でお迎えください!』
側近は司会までするらしい。多忙な男である。
会場を出た廊下にて。
クロノミーネは浮身を解除した。
「痛っ……ん? ここは……」
「俺ら……」
「起きたぁー? 二人とも一撃で吹っ飛ばされてたしー。相手が国王だからって甘く見てたじゃーん? かっこ悪ぅー。」
「あんなに強えたぁよぉ……」
「俺はロガの野郎の後だったから……油断なんかしてなかったんだけどよ……」
「どーする? まだ飲むー?」
「俺ぁ飲むぜぇ……飲まずにいれるかってんだ……」
「そんなら俺もだ……」
「元気いーじゃん。ならうちも飲むしー。」
「そんでクロミよぉ……いつ迷宮に行く気だぁ?」
「俺とロガとお前。魔王と女神は抜きって言ってたなぁ。まさかたった三人で行く気じゃあるまい?」
「うちは別に三人でもいーんだけどねー。金ちゃんが心配してるからさー。どーしよっか? ドロガはどうしたい?」
「そりゃあ……タイショーじゃなくてシューホーにヒロナの仇ぃとりに行きてぇけどよぉ……」
「それはもう終わったって言ってんだろ。お前が自分で言ったんだぞ? 一対一で片ぁ付けたってよお。」
「おっ、おお、そうなんだったか……」
「じゃあ保留にしとくしー。金ちゃんと相談してからねー。そんじゃ飲もーよ。」
結局三人は何食わぬ顔をして会場に戻り、仲良く杯を空けていった。
翌朝。カースはまだ目覚めていない。
「ガウガウ」
いつの間にやらベッドの下に寝ていたカムイが目覚めたらしい。眠っているカースに足をかけて揺すっている。
「ん、んん……」
目を覚ましたのはアレクサンドリーネだった。
「ガウガウ」
「カムイ? ちょっと待って……」
布団からするりと出る。ぶるりと身震いをひとつ。冬の朝である。寒くないはずがない。
軽く伸びをして、髪に指を通す。豪奢な金髪をかき上げた状態で……『換装』服を着た。
「お腹すいたの?」
「ガウガウ」
首を縦に降っている。昨夜の晩餐会ではかなり食べていたようだが。
「分かったわ。なら宿に戻るとしようかしら。」
『浮身』
『闇雲』
ベッドごと浮かせたアレクサンドリーネ。止める者はいない。
天道宮の正門へと向かう。門番の赤兜は一瞬ギョッとしたようだが、アレクサンドリーネに見覚えがあったのか一礼をして門を開いた。
「あー金ちゃん待ってー。うちも帰るしー。」
後ろからクロノミーネが現れた。両隣にドロガーとキサダーニを浮かべながら。
「あぁクロミ。もしかしてさっきまで飲んでたの?」
「そー。残った酒とか料理がたくさんあったからー。隅っこで楽しんでたのー。ニンちゃんは……うん。まだまだ起きそうにないねー。」
カースの額に触れて何やらチェックしたらしい。
「そう。この際だからしっかり休んで欲しいものね。」
「で、金ちゃんどーお? 黒ちゃんの件どうするー?」
「私はカースが目覚めるまで待った方がいいと思うわ。クロミが失敗したら魔力庫の中のアーニャまで消えてしまうのよ? 二人も失うなんて耐えられないわ。」
「にひひー。嬉しいこと言ってくれんじゃーん。しょーがないなー金ちゃんは。そんじゃニンちゃんが目覚めるまで待とっか。黒ちゃんも心配だけどさ……」
「悪いわね。」
それから宿に戻った二人と二匹は朝食を済ませて思い思いに過ごした。




