770、クロノミーネの冒険
拘禁束縛は効果の強い魔法だ。よってあんまり長時間かけ続けるのには向いてない。普段の私ならどうってことないが、今はね……
「もー怒ったし! ウチがやるし! ちょっと行ってくるからニンちゃん待ってて!」
「ん? 行くって、どこに?」
「決まってるし! ドロガの心の中だし!」
「待て待て! それってかなり危険だって言ってなかったか!?」
「当たり前だし! でもニンちゃんの中に入ることに比べたらどーってことないし! マジでムカついたし!」
そう言ってクロミは魔力ポーションをガブ飲みしてる……
「分かった。ところでもし、失敗したらクロミはどうなる?」
「肉体より精神が先に死ぬだけだしー。そん時はこの体適当に処分してくれていいしー。あ、でも村に運んでくれたら誰か使うかも。そんじゃニンちゃん頼むねー。」
「分かった。無事で帰ってこいよ。」
「当たり前だしー。あ、そーそー。ウチが帰る前にドロガが起きたら失敗だからねー。そん時はドロガも殺していいしー。」
「あ、ああ……」
「そんじゃニンちゃん頼むねー。ウチが戻るまでこいつが動かないようにしといてねー。」
無茶言いやがって……
「任せろ。」
「よーし。そんじゃ行っくねー。」
『イーノーウ ムーミョーアン セッシュシンコウ ゴーショウジョウ シン カイチミール・ショースイムン 覆雲霧より垣間見し 貪愛瞋憎の渦 無明闇の狭間 廻心帰入し立ち入らん』
うおぉ……クロミの魔力が……一点に集まっていく……
クロミほどの魔法使いが丁寧に詠唱すると……これほども魔力が高まるのか……
『禁術・夢幻渡来』
クロミはそっとドロガーに口付けをし、意識を失った。
「カース……クロミはここまでしてドロガーを救おうとして……」
「そうみたいだね。クロミにここまでされちゃあ、もうドロガーを殺せないね。参ったよ。」
私もアレクもクロミには何度も治癒してもらった義理があるからな。少なくとも失敗が確定するまでは黙って待つしかない。
心の深層での戦いか……さっぱり想像がつかないな。クロミの話によると入り込んだ側がかなり不利っぽいしな。まあ、だからこそ私も偽勇者を呼び込もうと思ったわけだけど。
「おうおうおう! てことはドロガーの野郎は助かるってことか!?」
「たぶんな。まったく、ドロガーときたらシューホー大魔洞でも似たような目にあったくせに。懲りん奴だわ。」
「ああ、それ聞いたわ。まったく世話が焼ける奴だよな。やっぱ俺がいねえとだめだろ。」
こんな時なのにキサダーニが張り切っているように見える。いや、こんな時だからなのか?
「とりあえず宴会の続きといこうか。どうせもうできることは何もないんだからさ。」
私は酒を飲むわけにはいかなくなったが、料理は食べるぞ。腹へってんだからな。
「そうね。クロミ達の分まで楽しむとしようかしら。さっ、アーニャも飲むわよ。」
「私もう鎧……脱いでも大丈夫かな?」
「ああいいよ。危なくなったらまた言うから。」
私の拘禁束縛が効いてる限りは大丈夫だ。後はクロミに任せるしかないけど。禁術・夢幻渡来か……
「はぁー、ここがドロガの心の中ねー。思ったよりキレーだし。」
クロノミーネはゴミや埃の落ちてない、まっすぐな道を歩いていた。まるでシューホー大魔洞の四十九階のような通路を。その両側にはいくつもの扉が並んでいる。それらには目もくれず、ゆっくり前へと進んでいた。
『くるな』
『かえれ』
『でてけ』
どこからともなく聴こえてきた、低く響く声。声色はドロガーのものと似ていた。
「うるさいし。一人じゃなーんもできない偽者は黙れし。」
『だまれ』
『かえれ』
『ころす』
「しょっぼ。喋ることしかできないのー? ぷぷぷ。だよねー。ニンちゃんに魔力を封じられてるもんねー。ニンちゃんと戦える器じゃないのにさー。無理しないでさっさと逃げてればよかったのにねー?」
そして声は聴こえなくなった。クロノミーネはさして気にすることもなく歩き続けている。
「ここから下か……」
目の前にはいくつもの階段。真上に登るもの、右下に伸びたもの、左上に進むもの。クロノミーネが選んだのは下へと続く螺旋階段だった。
「はー……ニンちゃんのおかげで楽なのはいいけど……楽すぎて逆に心配だし。ドロガの心がもう……壊れちゃってたらどうしよ……」
ここまで『声』以外に一切の妨害がなかった。おそらく本来ならば、進むだけでかなりの妨害があるのではないだろうか。それが人の心の正しい状態なのではないだろうか。クロノミーネは、きっとそこを気にしているのだろう。
「だっる……やーめた。」
延々と下る螺旋階段に嫌気がさしたのか、クロノミーネは飛び降りた。手すりなどない螺旋階段から底の見えない暗闇へと身を躍らせた。
『暗視』
「ぜんっぜん見えないし!」
『光源』
「ちっとも明るくなんないし!」
『水球』
結局は水球をクッション代わりにし、一緒に落ちることを選んだらしい。
そして無事最下層へと着地したクロノミーネ。わずかばかりの明かりがさしているそこは半径五メイルほど、円型の窪地だった。中央には泉、その外周にはいくつか扉が見える。
泉に沿って歩きながら、扉にも注意を払うクロノミーネ。その表情は真剣そのものだった。




