749、偽勇者ムラサキ
見た目から判断などできない。顔までムラサキメタリックで固めてやがるからな。
だが、声は覚えてる。城塞都市ラフォートで、ローランド王宮の中庭で……
「てめぇ……なぜ生きてやがる……?」
「死んだに決まってんだろ? 首の上ぇぶった斬られたんだぜ? てめぇになぁ魔王ぉ!」
ムラサキの大剣を軽々と振り回し、偽勇者が迫る。くそっ、あれだけ高火力の魔法を撃ち込んだってのに……
『徹甲弾』
「効くかぁ!」
腹に当たったのに踏ん張りやがった……
「おらぁ死ねやぁ!」
『身体強化』
不動を振り回して奴の大剣を迎え討つ。ちっ、互角かよ……身体強化を使ってようやく……
「へぇ? その程度の体でよく受け止めやがったなぁ。だが、おらぁ!」
ふん、当たるかよ。苦し紛れに膝を突き出してきやがった。籠手で防御したけど。
『榴弾』
ダメージはないだろうが目眩しにはなるだろ。少し距離をとった。そしてドロガーに目線をチラリ。ここは小部屋にしては広いな。安全地帯ではないようだが。
「おらぁ逃げてんじゃねぇぞ! 魔王ってなぁ勇者に殺されんのがお約束なんだからよぉ!」
『水球』
ふっ、距離さえとればこんなもんだ。ほぉら凍れ凍れ。そのまま窒息して死んじまいな。
「だから効かねぇってんだ! ぬりぃことやってんじゃねぇぞ!」
バカな! 自分を中心に半径一メイルがカチコチに凍ってんだぞ? それを魔法なしてぶち破りやがった……腕力か。
そりゃそうか。身長二メイルを超える大男が身の丈ほどもある肉厚の大剣を軽々と振り回してるんだ。そりゃあまともな腕力なわけがない。
「おらぁ! てめぇも男なら魔法なんぞ使ってねぇで腕一本でかかってこいやぁ!」
『徹甲弾』
狙いは足元。もちろん命中。必然的に……ほぉら隙ありぃ! 死ねや! 何度でもなぁ!
『螺旋貫通峰』
「おっとぉ! へへっ、油断も隙もあったもんじゃねぇなぁ。なかなか恐ろしい技ぁ持ってんじゃねぇか! 生意気な魔王だぜぇ!」
ちっ、よろけた体勢を無理して立て直すのではなく、そのまま転げて距離を開けやがった。だが、甘いんだよ。
『水球』
今度は特大だぜ? それでも腕力でぶち破れるか?
『風球』
ちっ、邪魔が入った。私の魔法はホーミングだから少々妨害されようが外れることはない。だが、ここではさっさと目標に当てないとすぐに凍ってしまうんだよな。
「久しぶりね、下級貴族。」
この声は……女? それも私達と同じぐらいの若さを感じる。つまり、こいつは……
「バルテレモンちゃんか。」
ムラサキメタリックのフルプレートに身を包んでやがるけどな。いや、左手だけ出てる。
「下級貴族のくせに気安く呼ぶな。聖女様とお呼び。」
「あなたこそローランド王国を裏切ったくせに大きな口をきくのね。あげくの果てがジュダの情婦? 哀れ過ぎて泣けてくるわね。」
「あんた……! まだこんな下級貴族と一緒にいたの……名門貴族アレクサンドル家のくせに……」
「当たり前じゃない。カースはローランド王国最高の男よ。いや、近隣諸国を見渡してもカースほどの男はいない。そんなことも分からないからジュダごときにいいように利用されるのよ。」
「くっ……ムラサキ! この女もまとめてぶち殺してよ!」
「まあ落ち着けや聖女ぉ。この女らぁジュダ様が楽しみに使うって言ってたぜ? だよなぁジュダ様ぁ?」
「その通り。よく覚えてたね。偉いぞ。さあて魔王くん。よくもまあこんな所まで追いかけてきたね。まさか生きてるとは思わなかったけど。」
顔は見えないが、確かにジュダの声だ。部屋の隅にいる数人の赤兜の中にまぎれてやがるのか。
「ジュダか……お前こそあれだけの爆発の中でよく無事だったな。いくらムラサキメタリックでもな。」
「くく、分からないだろう? 君も所詮は原始人か。ところで、いいのかい? ここで僕が魔石爆弾を使ったら君らはあっさり全滅だよ?」
ふん……魔石爆弾には何か仕掛けがあるってことか。
「いいぜ。使えよ。」
本気なのかハッタリなのかは知らんが、私に、いや私達にそんな脅しが通用すると思うなよ? どうせお前らはここで殺すんだからな。
「心配しなくてもまだ使わないさ。うちの勇者が君との決着をつけたがってるからね。なあムラサキ?」
「ああ! 魔王にぁ貸しがたっぷりあるからよぉ! ここらで全部返してもらわねぇとなぁ! つーわけだ聖女ぉ。ちっと下がっててくれや。なぁに、一分もかかりゃあしねぇからよ!」
ふっ、こいつらが下らない話をしてる間にじっくり観察させてもらったぞ。
それにしても、見れば見るほど……何なんだこの部屋は……
迷宮の中なのにあれこれゴテゴテと得体の知れない物がたくさんだ。溶鉱炉にも見えるし、ここで何か作っているのか? おかしいだろ。迷宮では同じ場所に置いた物は二十四時間ぐらいで吸収されるはずだが……
おまけに先ほど私が使った二発の魔法。あれだって爆風が直撃したはずなのに。
「さっさとぶち殺して!」
この言葉遣い……どこが聖女だよ。本物の聖女はうちの母上だけで充分だっての。
「さあて魔王よぉ。仕切り直しといこうぜおぃ。」
「いいぜ。かかってこいよ。」
不動を持ち、棍術の構えをとる私。本当にあの時の偽勇者かどうかなんて分からないが、私にできることは一つ。たった一つだ。
何度私の前に現れようともその都度ぶち殺す。それだけだ。




