745、地下二十六階
はあぁ……アレク特製のシチューだぁ。めちゃくちゃ美味しい。体の芯まであったまるねぇ。ふうぅ最高。
シチューってご飯にかけて食べたいんだよな。しまったな。シチューだと分かっていればご飯も頼んでおいたのに。アレクの魔力庫に米は少しばかり入っているはずだから。うーん惜しかったな。
そして仮眠。がっつり眠りたいところだが、ジュダに追いつくのは少しでも早い方がいいからな。なるべくならあいつが外に出る前に追い詰めたいものだ。ジュダがここに入ったのは私達より二、三日前ってとこだろう。だとするとそろそろ追いついてもいいと思うんだよなぁ……
それからおよそ半日後。二十六階にまで到着。我ながら何という早さだ。地図があるとこんなにも違うのか。
さて、ここからは地図が少し複雑なんだよな。天井は低いしたくさんの氷の塊が道を塞いでいるもんだから。それでも丁寧に描いてあるせいか迷わずにすみそうだ。
「さすがの魔王もこっからぁゆっくり行くんかぁ?」
「当たり前だろ。どこに罠があるか分かったもんじゃないからな。何ならドロガー、先頭行くか?」
「やめとくぜ。足手まといにゃあなりたかねぇからよぉ?」
ここからの階層は罠が厄介らしい。なんせ視界は悪いし死角も多い。いい点はさっきより少しだけ寒くないってことだろうか。
「アレクはアーニャを頼むね。」
「ええ。任せておいて。」
ちなみに先頭は兄上が行くことになっている。近接無双の兄上なら適任だよな。私はそのすぐ後ろで地図を見ながら追随するのだ。行き先の指示を出しながら。
「兄上、そこ右ね。」
「分かった。」
おっと、魔物か。
「ゲギャギャギャギャギャア!」
「コガガガガガガガギギギィ!」
「ゲギャッギャッギャッギャ!」
ゴブリンだ。あいつらから聞いた通りではあるが。こんな中層でゴブリンが出るとはなぁ。通称『ホワイトベレー』。
カゲキョーの三十階あたりでも出たよなぁ。レッドキャップって厄介なゴブリンがさ。強さ的にはそいつらと同じ程度らしい。違うのは全身真っ白ってことぐらいかな。いつもなら黄色く汚い乱杭歯のはずだが、こいつらは歯も真っ白だもんな。白い歯っていいね。
「ゴブリンにしては強いな。」
「だよね。やっぱ迷宮だもんね。」
そんなホワイトベレーも兄上にかかっては一瞬だったが。ゴブリンなら一振りで三匹仕留める兄上が、一匹に三振りかかったから強いと評してるのかな?
「でも気をつけてね。こいつらが厄介なのはそこじゃないからね。」
「ああ。気をつけよう。」
そうなんだよね。ホワイトベレーどもって自分らも危ないくせに、全く気にせず罠を作動させまくるそうなんだよな。魔物って愚かだよなぁ。
それからもホワイトベレーは現れ続けたが、兄上は全く危なげない。姿勢も乱れなければ剣筋にも狂いなしだ。もちろん呼吸も乱れてない。このクソ寒い中で身体を動かしてるのにさ。いやぁすごいね。
「兄上、その先はしばらくまっすぐね。でも細いみたいだから気をつけてね。」
「分かった。」
げっ……マジで細いじゃん。横幅が一メイルもない。これはだめだな。アーニャが通れない。いや、アーニャが乗ってる鉄ボードが通れない……
「兄上、ちょっと待って。少し実験してみるから。」
「いいぞ。何をするんだ?」
『火球』
道が狭い原因は両側が氷の壁に挟まれてるからなんだよな。だから溶かせばいい。
うーん……だめだなこれは。確かに溶けるけど、効率が悪すぎる。鉄を溶かすより溶けにくいじゃん。氷のくせに。
「お待たせ。溶かすのは諦めたよ。」
「カースの炎でもあそこまで溶けないとはな。さすがは神の試練といったところか。」
「そうみたいだね。」
ならば仕方ない。
「アーニャ、そのままじっとしておいてね。」
「う、うん。」
『点火』
『金操』
鉄ボードの形状を変える。上を向いた『コ』の字のように。そこにアーニャは横向きに寝てもらう。これなら通れるだろ。
「よし。これで大丈夫だね。兄上、先頭を代わるよ。」
「そうか。任せたぞ。」
こんな細い道だからな。天井だって低い……二メイルちょいしかないし。どんな罠が隠れてることか……
『氷柱』
そーら転がれ転がれ。こいつを先に行かせておけば罠なんて怖くないのさ。おっ、あそこか。氷柱が横にスパッと切れた。あの罠はいい切れ味してるね。
はいもう一回。
『氷柱』
罠がなくなるまで何度でもやるぜー?
ふむふむ。同じところは作動しないのね。いつも通りか。
他には落とし穴が開いたり上から槍が落ちてきたり。定番の罠ばかりのようだ。
「よし。一応だいたいの罠は見えた。そんじゃ行くよ。みんな油断しないでね?」
「ああ。」
兄上が油断するわけないよなぁ。
よし抜けた。だいたい二百メイルってとこか。狭っ苦しいところだったなぁ。出た瞬間を魔物に襲われることもなかったし。思ったより危なくなくてよかったよかった。こんな狭い場所で水でも流されたら堪らないからな。だから私が先頭を歩いたわけだが、何事もなくてひと安心だ。
さあ、ここを過ぎたら安全地帯までもう少しだ。安全地帯に立ち寄らず、いきなりボス部屋に行ってもいいんだけどね。やっぱ一応ジュダがいないかチェックしておかないとね。
やっと着いた。二十六階に着くまでは早かっただけに、ここまでがやけに遠く感じちゃうよ。あー疲れた。ここまでぶっ通しだったもんなぁ。
暖かい料理。旨い酒。そして風呂。相変わらず迷宮内とは思えない快適さだけど。まあ、贅沢を言えば風呂がマギトレント製じゃないことが惜しいよなぁ。普通に水壁の魔法で湯船を作っただけだ。寒いから維持するのに普段より魔力を食うんだよなぁ。
よし。全員さっぱりしたね。では仮眠タイムといこうか。クロミの水魔法に包まれて。はぁー快適快適。
例によって見張りはアーニャだ。
次に目が覚めたら、ジュダに追いつくまで止まる気はないからな……




