733、合流
もう少し詳しく聞いてみたが、こいつらが知っているのはそこまでだった。偽勇者らしき野郎は聖女フランと同じタイミングでタイショー獄寒洞にやってきて、それ以来ずっと迷宮に潜り続けているらしい。長い時で二ヶ月あまりも出てこないこともあるとか……まさか修行のつもりか?
「兄上、知ってるとは思うけど一応僕が知ってることも話しておくね。」
「ああ。」
「というわけなんだよね。もしそいつがあの偽勇者だとしたら少し厄介かな。七回生まれ変わるなんて信じてなかったけど、少しばかり怪しくなってきたかな。」
「なるほどな。だいたい僕の知ってる事と同じだ。七回生まれ変わるか……確かにローランド神教会は生まれ変わりを肯定しているから理論的にはおかしくないが……」
理論的にはね……
そりゃあ私は死者が転生管理局に行くってことは知ってるが……全次元、全時代の死者が必ず行くものかどうかなんて分からない。
仮に行ったとして、同じ時代同じ場所同じ人物に生まれ変わることなんてできるか? どんだけ徳を積んでたらそんなことができるんだよ。
「とりあえずあの偽勇者がいると考えて警戒しておこうよ。でも兄上なら楽勝だよ。」
「そんなの分からないさ。装備の差だってあるしね。でもフェルナンド先生ならムラサキメタリックでさえ斬ってしまわれるんだろうな……」
「それは間違いないね。」
だって神剣セスエホルスだって持ってるし。鬼に金棒すぎるだろ。
「それよりカース、どうするの? この人たちの話だともうここに赤兜は来そうにないんだよね?」
そうなのだ。こいつらが知る限り二十五階より上に仲間はいないらしい。いたとてしも小隊が一つか二つぐらいらしい。それにバラバラに攻めて来た奴らとは別に二人ほど逃げたそうだし。生き残りは少なくとも二人、多くて十人ちょいってとこか。
逃げた二人を追ってもいいんだが……あまり意味がないな。せいぜい二十一階のボス部屋を探すついでってとこか。
あ、そうだ。
「お前らがボス部屋の位置を知ってるのは何階までだ?」
「二十七階までだ。その下には行ったことがない」
うーん微妙だな。それでも知らないよりはマシか。
「兄上、何か書くものある?」
「ああ。」
「ありがと。」
さすが模範騎士。用意がいいね。ペンに紙束。あっ、このペン軸ってミスリルじゃん。うわー贅沢。普通は黒鉛に革を巻くだけなのに。貴族はつけペンや羽ペンを使ったりもするけどさ。私もそのうちミスリルで作ろうかな。でもそんなに使う機会もないしなぁ……
「この紙にここから下の階層の安全地帯とボス部屋の位置を描け。その階層に立ち入ってからの大まかなルートと目印があればいい。空を飛んで一直線に進むからな。」
「二十六階からは飛びにくいと思うが……いいのか?」
「どういうことだ?」
「天井が低い上に鋭い氷柱が無数に生えている。しかもよく落ちてくるぞ?」
なんとまあ……
「じゃあ任せる。要は分かりやすければいい。お前らの隊の新人でも迷わず行けるように描いておきな。」
「分かった」
それなら分かるだろう。本当は連れてって案内させたいところだが、ここから地上に帰す約束だからな。仕方ない。
それにしても、こうしている間にジュダが先に外に出たらと思うと心配でたまらんな。ジュダだけでも厄介なのに、偽勇者まで一緒となるといくら宮廷魔導士と近衞騎士団でもなぁ……
いやいや。兄上が大丈夫だと言ったんだ。私が心配することじゃない。
「よし。じゃあお前らもう出てっていいぞ。元気でな。」
「あ、ああ……」
「じゃ、じゃあ……」
私がこんな優しいことを言ったら不思議か? そんな驚いた顔しなくてもいいだろうに。
それにしてもこいつらは洗脳されてなかったみたいだな。やはり全員が全員とも洗脳されてるってわけでもないみたいだし。何か基準でもあるんだろうか? たぶんジュダの気まぐれか怠慢だろうけどさ。
「さて、一旦あっちに戻ろうか。で、みんなを連れて安全地帯で休憩しよう。」
本当はムラサキメタリックの装備を回収したい気もするが……魔石だけはきっちり回収するけどね。
「そうだな。数人は逃してしまうことになるが仕方ないだろう。」
「じゃ、アーニャ。兜をかぶってもらうよ。」
「う、うん。」
私もだいぶムラサキメタリック兜の扱いに慣れてきたな。
では戻ろう。二十一階にある、二十階のボス部屋出口に入ると……二十階のボス部屋前に出る。何とも不思議な光景だよな。これぞ迷宮。
「ピュイピュイ」
真っ先に気付いてくれたのはコーちゃんだ。つーか戦闘中かよ。鶴の魔物がえらく多いな。クロミにしてもアレクにしても手こずる相手じゃないだろうに。
「あっ、ニンちゃん! もーそんな時間? よーし。そんなら本気出すしー。」
『豪水牢』
うほー。クロミもやるなぁ。巨大な水牢で大量の鶴の魔物を全部覆ってしまったじゃないか。で、そうなると後は勝手に凍るってわけか。この迷宮の攻略って水の魔法を上手く使うのが肝だね。
「あ……カース? おかえりなさい……」
「ただいま。アレク大丈夫? えらく疲れてない?」
「だって金ちゃんずっと一人で戦ってたもーん。」
なにぃ!?
「どうしてまたそんな無茶を……」
「クロミには赤兜が現れた時に相手をしてもらわないといけないもの……ドロガーも。だから魔物の相手は私が一人でするって決めたの。それに、どんな環境でも私は戦えなきゃだめだから……」
なんと……なんという向上心! アレクはいつも言ってるもんなぁ。どこまでも私に付いてくるって。そのためにも強くなりたいって。うーん泣きそう。なんていい子なんだ。
ぎゅっとしちゃう。うう、こんなに冷たくなるまでがんばったんだねぇ。うんうん。温めてあげるからねぇ。
「さっさとボスを倒して二十一階の安全地帯に行こうか。そこでゆっくりしよう。」
「俺ぁ何もしてねぇから文句ねぇぜぇ。いやー寒ぃ寒ぃ。」
ドロガーだって肉弾戦要員だからな。アレクが一人で戦うと言うならそれで問題ない。
二十階のボスは氷のゴーレム。八人だなら四倍の強さになってるはずだが、もちろん敵ではない。そして二十分ぶりの二十一階。もちろん変わりはない。赤兜達の死体そのままだ。そのうち迷宮が吸収するんだよな。装備がもったいないよなぁ……
まあいい。最速で安全地帯へ行こう。




