732、狂人
「ガウガウ」
ん? まだいたの? どこに?
「ガウガウ」
バラけてるの? どこだ?
『遠見』
見つからない……
「カース、あいつら鎧の上から白いコートを羽織っているようだ。あそこに一人いるぞ。」
サーコートってやつか。
「えーっと……あ、本当だ。あれは見えないよね。」
『水球』
直径五メイルはある特大水球だ。直撃して破裂すると上手い具合に凍ってくれるって寸法さ。
さあ、もういいだろ。これなら少しは話せるんじゃないか?
『赤兜どもに警告しておく! 見ての通りここで戦う以上お前らに勝ち目はない。大人しく対話に応じるなら命は助けるし、ここから出してやる! 全員バラけてるみたいだから各自で好きに判断しろ! 助かりたい奴は両手を挙げてその場に立て! 十秒だけ待ってやる!』
親切にも『拡声』で伝えてやる。
「おや、皆殺しにするんじゃなかったのか?」
「少し気が変わってね。あの人数だし、情報も欲しいしね。でも、あいつらが騙し討ちをしてきたら兄上頼むね。」
「もちろんだとも。」
元々私に隙などないが、兄上が付いててくれるから最強に無敵だ。だからこんな考えも浮かぶってもんさ。
さて、十秒経ったな。立ち上がっているのは……三人か。
『お前ら三人はそこから動くな。少し待ってろ』
「兄上、他の奴らはどの辺にいる?」
「まず、あの氷柱の右側三メイルに一人。それから反対側六メイルに一人だ。」
『水球』
さすが兄上だよな。こんな真っ白な世界で白いコートを着てる奴をやすやすと見つけるんだからさ。これも心眼の修練の賜物なんだろうなぁ。
「それから今度はあっちだ。おっと、もう立ち上がったか。あの二人で終わりだ。」
「分かった。」
今さら手を挙げてももう遅い。いや、一人は突っ込んでくるな。どちらにしても遅いけど。
『水球』
『水球』
さあ、これで全滅だ。この環境じゃなければもう少し手こずったんだろうけどね。せっかくの無敵の鎧も環境には勝てないってことか。鎧のせいで水中気すら使えないだろうからね。
『よし。お前ら三人はこっちに来い。兜は脱いでおけよ!』
さて、大人しく話す気になってるのかどうか……
『そこまでだ。そこからは一人ずつだ。まず右のお前。ゆっくり歩いてこい! もちろん手は挙げたままな』
ほう。意外と素直じゃないか。
「よし。そこで止まれ。では約束だ。お前は助けるし、ここから出してやる。だからローランド人に危害を加えるな。そして聞かれたことを正直に話せ。いいな?」
「あ、ああっごぼぉっぼろっぼぉ!?」
ふふふ。バッチリ効いたな。兜だけでも脱がせて正解だ。
『次! そっちのお前だ』
よしよし。素直に歩いてくるね。
よし。こいつも契約魔法ばっちり。では最後の奴を。
『最後はお前だ。ゆっくり歩いてこい』
こいつも素直に歩いてるな。
「よし。そこで止まれ。」
「今だ! やれぇ!」
何言ってんだこいつ? あーあ、せっかく助けてやろうと思ったのに剣を抜いちゃってるよ。
「なっ!? お前らどうしっ、ぐあっ!」
そりゃ契約魔法が効いてるから動けないに決まってる。それぐらい分かるだろうに。さてはムラサキメタリックを装備してるから実際には効いてないとでも思ったか? 大人しくしている演技とでも? 無理無理。兜までしっかり装備してたら効かなかったかも知れないがね。
「カース。こいつは殺していいな?」
「うん、いいよ。」
「待っ、てっぎゃっ、ぐわぁっ!」
やっぱ兄上は半端ないね。こいつより後から剣を抜いたのに、さらりと受け流して地面に押さえつけてのけた。しかもよく見れば兄上の武器は木刀じゃん。さすがに刀でムラサキメタリックの相手をするのは無理だもんな。
「あれ? 兄上のその木刀ってもしかしてエビルヒュージトレントの?」
「ああ。フェルナンド先生にいただいたやつだ。相変わらず重宝してるよ。」
いいなぁ……軽くて丈夫な上に魔力との相性もいい。軽く振ったようにしか見えないけど赤兜の頭をあっさりスイカ割りだもんな。
でも私には不動があるしね。クソ重いことを除けば最強だもんな。
「よし。じゃあお前らこっちに来い。そして装備を全解除しろ。」
「なっ!? やはり殺す気か!」
「約束が違う!」
「いいからこっちに来い。そうすりゃ分かるさ。」
私だって約束したんだから守るに決まってるだろ。
「な、なるほど……」
「暖かい……」
やれやれ。素直に鎧を収納しやがった。こいつらを外に出すことを考えると絶対服従の契約にすると魔力の無駄がすごいからな。この程度の約束で充分だ。
「では聞かせてもらおうか。」
ふむふむ。ジュダは少なくとも二十六階より下にいるのか。そうなるとここから外に出ることはないな。三十一階か、もっと下か。確実に戦力を集めようってことかな。こいつらによるとすでに百人近くは外に出た。そうなると多く見積もっても中に残っているのは百五十人ってとこか。まさかそれほどの人数がそこまで奥に潜っているとはな……
しかもそいつらはこれまでの奴らより格上。こりゃあ気を引き締めていかないとなぁ……
「あ、そうだ。聖女フランもここに潜ってるんだろ?」
「そうだ」
「何のために? 戦力になるとは思えないが。」
「回復魔法や治癒魔法が使えるからだ」
はぁ!? 嘘だろ? あの子そんなこともできたのか? 全然知らなかった……つーか同級生なのにろくに話したこともなかったしな……
「ここで一番強い奴は『ゆうしゃ』と聞いたが何者だ?」
地上で入り口の番をしてた奴が言ったんだよな。ゆうしゃ、と。嫌な予感がするんだよなぁ……
「自分のことを勇者と思い込んでる狂人だ。しかし強い」
「そいつは身の丈ほどもある大剣を持ってたりするか?」
「ああ。持っている」
まさか……嘘だろ?
「そいつの名前は?」
「勇者ムラサキと呼べと言われている……そう呼ばないと機嫌を悪くし、手がつけられなくなる……」
まさか……あの偽勇者なのか……?
なぜだ? ローランド王都で、王宮の中庭での戦いで間違いなく殺したはずなのに……




