683、ジュダの挑発
出やがったか……ジュダ。
「やっとお出ましか。てっきり奥で震えてるもんかと思ったぞ?」
「いやーこれ以上壊されたら困るからさ。ちょっと案内に来たのさ。そっちの扉、まあ壊れてるけど、そこから出て右に進むと中庭がある。そこで待ってるよ。」
「素直に行くと思うか? ここにはお前のガキもいるんだろ? 建物ごとぶち壊したっていいんだぜ?」
「カース……ジュダ様がそうおっしゃってることだし行こうよ……」
なっ!? アーニャ!? な、何言ってんだ……
「その女の子、見覚えがあるね。艶やかな黒髪に黒真珠のようなつぶらな瞳。どこで会ったのかな?」
「てめぇ……アーニャに何をしやがった……」
「ん? アーニャ……アーニャアーニャアーニャ……んー。その名前も聞いた覚えがあるなぁ。ローランド人で黒髪のアーニャ……」
『狙撃』
ちっ……またもや幻術かよ……くそ生意気な……
「あっはっは。無駄無駄。分かったら大人しく指定の場所においでよ。その子もそう言ってることだしさ?」
『ニンちゃん……もう三十秒話してて……本体の場所が分かるかも……』
クロミから伝言が届いた。なるほどね……
「もう一回言え。どこに行けばいい?」
「だーかーらー。そこ。派手に壊れてるけど扉があったっぽい跡があるよね? そこから出て右にまっすぐ進むと中庭がある。そこまでおいで。」
「いいだろう。で、アーニャに何をした?」
「別になにもー? 僕の魅力に参っただけじゃない? ほら、僕って君と違って渋い二枚目だし? よかったら金髪の子も色黒の子も面倒見るよ?」
『火球』
絶対殺す……
「あっはっはっ。じゃあ待ってるよ?」
「逃げんなボケぇ!」
くそ……消えやがった……
「ニンちゃんごめーん。だめだったしー。でもあいつが現れたのはあの辺だしー。ちょっと調べてみよっか。」
いや、会話の引き伸ばしができなかった私のせいだ……
「ああ、頼むよ。」
「カース……早く行こうよ……ジュダ様をお待たせしちゃだめだよ……」
アーニャ……一体何が……
あ、もしかして!
『解呪』
「あふっ……あ、あれっ? 何か……」
なるほどね……洗脳魔法か……まったく魔力を感じなかったが……
まさか幻術越しにもかけられるとはな。しかもアーニャが兜をとっている時を狙うとは……偶然か?
考えてみればこのメンバーで洗脳魔法が効きそうなのはアーニャしかいない。しかしそのアーニャもムラサキメタリックを纏っている限り一切の魔法は効かない。だから兜をとって休憩している時、それも気が緩む休憩終わりを狙った……のか?
「アーニャ、天王の名前は?」
「え? もちろん覚えてるよ。ジュダ・フルカワだよね? それがどうかしたの?」
ほっ。
「いや、何でもない。気を引き締めていこうな。」
今度こそ兜をきっちりとかぶせて……
「うぷー、やっぱ息苦しいね。でもあと少しの辛抱だもんね。カースがんば!」
「おう!」
よし、これでいい。
「カース。見てきたわ。なかなか高度なことしてるみたいよ?」
「高度なこと?」
アレクがそう言うほどなのか?
「ええ。私が使える転移魔法は魔法陣を刻むタイプじゃない? それって魔法陣自身には何の魔力も宿ってないし、使用者が全ての魔力を賄わなければならないわよね。」
「そうだね。」
私でもそれぐらいは知ってる。だからそこらの地面とか紙に魔法陣を描いても発動できるんだよな。
母上は何もなくても使えるけど……
「でもここの魔法陣は違うみたいなの。魔法陣そのものが魔力を持っているわ。魔道具としての魔法陣といったところかしら?」
「なるほど。」
何となく分かってきた。
「だから転移に必要な膨大な魔力と複雑な制御をある程度は魔法陣の方で負担しているみたいなの。その上これは転移と幻術を組み合わせたような術式だから制御は少し難しいけど、必要な魔力は少なくて済むみたいね。」
「なるほど。さすがアレク。よく分かったね。」
私には無理だなぁ。
「クロミと一緒に見たからよ。一応描き写してはおいたけど理解できたとは思えないわ。それにカースの魔法で少し焦げてたし……」
「あ……ごめんごめん。ついムカついてさ。ついでにここも全部燃やしておくね。」
『燎原の火』
さて。これで心置きなく中庭とやらに行けるな。連行された女達がいる場所はここからだいぶ遠いみたいだし。そうそう火が回ることもあるまい。
「さあ、全員乗ったね? 行くよ!」
『浮身』
『風操』
中庭か……最終決戦に相応しい場所なんだろうな?
「あーニンちゃんちょい待ちー。」
「ん? どうした?」
「さっきの人間が使った魔法だけどさー。ちょーっとヤバいかも知んないしー。」
「どういうこと?」
クロミがヤバいと言うなんてよっぽどじゃない?
「んー、ウチでも全然魔力を感じなかったのねー。てことは魔法を使ってないっぽいんだよねー。でも黒ちゃんはおかしくなったしー。」
「そうだな。」
「えっ!? 私おかしくなったの!?」
「いや、それは大したことなかったからいいよ。詳しくは後でな。で、クロミ。どうヤバい?」
本当は大したことあったけど。
「んー……関係あるかは微妙なんだけどエルフの禁術にさー。目と目が合っただけで使えるやつがあるのねー。『禁術・死眼』ってやつ。」
「どんなの?」
「うーんとね。だいたいこのぐらいの距離まで近付いて目を合わせれば殺せるってやつー。ちなみに代償は五感だしー。使ったら成功しても失敗しても目とか耳とか、相手によっては全部失くなるよー。で、一生治らないの。でも成功したら相手は即死だけどー。魔力は結構必要だからさっきの人間が使ったのとはたぶん別物とは思うけどねー。」
あ、それ……知ってる……マリーから聞いたことがある。名前までは知らなかったが。有効距離はだいたい二メイルか……さっきのジュダはアーニャまで十五メイルは離れてたよな。でも目と目を合わせることぐらいはできる距離だよな……
「分かった。あいつの目を見るとヤバいってことにしておこう。警戒するに越したことはないからな。ありがとクロミ。」
「うん。もしあの禁術だとしても目が合わなきゃ関係ないしー。」
よし。今度こそ、中庭に行こう。なかなか火も回ってきたし……




