681、ドロガー VS 赤兜
「おらぁぶっ殺せぇ!」
「おおよぉ!」
「俺らぁ赤兜だぞこらぁ!」
「てめぇらこそ傷裂ドロガー舐めんじゃねぇぞ!」
槍を振るうドロガー。そんなドロガーに槍を向ける者もいれば剣を抜く者もいる。
「遅えんだよ!」
遅れて剣を抜いた者はいい的でしかない。肩にドロガーの槍が突き刺さった。ただし、すぐ抜ける程度の深さでしかなく、肩と二の腕の鎧の隙間にすっと入ったにすぎない。
だが、それでも……
「ひぎゃああああぃぎぎぎぎぃぃぃーー!」
我を忘れてのたうち回っている。
「おらぁ! 次ぁ誰だぁ! どっからでもかかってこいやぁ!」
「なめんじゃねぇ!」
「冒険者が一人で勝てると思ってんなよ!」
「足もらいぃぃ!」
「やるかぁバカが!」
踏み込んだドロガーの脛を狙った槍だったが、練度が低いのだろう。ドロガーが少し動いただけで狙いを外している。そもそもここの見張りしか任されないような赤兜である。練度の低さは推して知るべしといったところだろう。それなのに、突きで脛を狙うとは……大博打をしたものだ。
「隙だらけだぜぇ!」
突きを空ぶってたたらを踏んだ赤兜にドロガーの槍が落ちる。
「がっふ!」
脳天をしたたかに打ち据えた。兜越しのため外傷こそ見当たらないものの、しばらくは立ち上がれないだろう。
そう。これが本来の槍の使い方である。無理して刺す必要はない。棍棒と同じように叩きつけるのも有効なのである。実戦経験豊富なドロガーらしい戦い方なのだろう。
倒れた赤兜と入れ替わるように襲いかかってきた赤兜もいたが、その剣を受け止めると同時に穂先の反対側、石突を足の甲に突き立てたことからもそう見える。
「あっがぁ! くっそがぁ! しゃれた真似しやがる!」
「おう囲め囲め! 囲んで一気にぶち殺すぞぉ!」
「いーや! 俺らぁ本気にさせやがったんだ! 半殺しにしてエチゴヤに売り飛ばそうぜ!」
「バカがぁ!」
間合いを取るのは赤兜の勝手。ドロガーがそれに付き合う必要はない。足を痛めた赤兜を目がけて槍を突き出す。
「おっとお! そうそう何度も食らうかよ!」
「今だぁ!」
「やれぇ!」
盾、赤い盾で防がれた。ムラサキメタリックやアイリックフェルムには及ばなくとも騎士団の正式装備なのだ。それなりの防御力はあるのだろう。ドロガーの槍を弾いても傷が付いたようには見えない。
『火矢』
『火矢』
「だから遅えってんだよ!」
赤兜から放たれた魔法だったが、カースやクロノミーネの魔法を見慣れているドロガーには遅くて仕方ないのだろう。余裕を持って躱している。
だが……
「きゃあっ! あ、熱いいぃ!」
「いやぁっ! 熱い熱いよぉぁああ!」
「ぎゃははは! テメーが避けたせーだぜ?」
「ぎゃっはぁ! ばっかおめぇら室内で火の魔法使ってんじゃねーよ!」
「ひゃはっ! そんじゃ氷の魔法にすっかぁ!」
『氷矢』
『氷矢』
殺傷力などたかが知れた下級魔法でも……無防備な箇所、例えば目などに当たれば大怪我となる。
「くっ、このド外道がぁ……どけぇおらぁ!」
「おっとぉ? 通りたけりゃあぎゃあああああーー!」
「バカ! 油断すんな!」
「うぉら! そこだぁ!」
赤兜を一人仕留めることと引き換えにドロガーは囲みを突破した。左大腿部の後側に槍傷を受けながらも。
『散水』
グラスをひっくり返した程度の水が二人の女を濡らす。一人は腹、もう一人は肩が焼けていた。
「赤兜ってのは卑怯モンの集まりかぁ! そんなに俺が怖えんかよ! この雑魚どもがぁ!」
『氷矢』
『氷矢』
「ちっ、当たんねーや。やっぱ火の魔法でいんじゃね?」
「やめとけやめとけ。騎士長にバレても知んねーぞ? それよりよぉ。面白ぇこと思い付いたぜ」
「おっ、何だなんだ?」
「舐めてんじゃねぇぞ!」
怒りのあまりだろうか、ドロガーが投げたものはトンファーだった。
「ぎゃははぁ! そんなの当たってもどーってことねーよ!」
「なんだこりゃあ? それよりおもしれーことって何よ?」
「なぁーに。簡単なこった。お前ら散れ! 壁際に行けぇ!」
残った赤兜はわずか五人。さすがにこの人数でドロガーの相手をするには厳しいとでも思ったのか、一番長身の騎士が指示を出した。
目的を察したのか、ドロガーの顔色が曇る。
「さぁーて。お前どうやら間抜けみてえだな。そんな見知らぬ女ぁ庇うとぁよ? 傷裂ドロガーともあろうモンが甘くなったもんだなぁ?」
今まで人質をとるような真似をされなかったのは、赤兜の常識において女達にそのような価値があると思われなかったからだろう。使い捨ての玩具に人質としても価値などあるはずがないと。ここには女だけではなくイカルガの冒険者もいるが、ドロガーに比べれば下っ端も下っ端。よって同様に人質としての可能性など無視されていたということだ。
それなのに。ああもあからさまに狼狽えた様を見せてしまったら……人質が効くと宣伝したも同然。ドロガーらしくもないミスだった。
「ちっ……間抜けぁてめぇだ……俺がなぜ見ず知らずの女なんざあ庇ったと思ってやがる……」
「ヤキがまわったんだろ? 踏破者だなんて調子くれてっからよ?」
「ローランドの魔王が怖えからだよ……」
天道魔道士との戦いの時も似たようなことを言っていた。これは果たして本音なのか……
「はぁ? 意味分かんねぇぞ? だいたい迷宮を踏破したんはお前の力じゃねえんかよ?」
「んなわけねぇだろぉが……あの魔王がいなきゃ無理に決まってんだろ。だからてめぇらいつまで経っても踏破できねぇんだよ。揃いも揃って無能だよなぁ? 赤兜ってのぁよ?」
「おう! 一人ころ「待てや! いいから最後まで話ぃ聞け。殺すのなんざいつでもできんだろぁが? なぁ?」……けっ……言うだけ言わせてやんよ。せいぜい長話でもするんだな」
「昨日だったか。天道魔道士が来やがってよ。魔王の女ぁ殺そうとしやがったわけよ。まあ、あの女もあれこれとキマっちまってる女だからよ? 一歩も退かねぇわけよ。」
「魔王の女だぁ? 知るかよそんなもん」
「めちゃくちゃいーい女だぜぇ? んでよぉ。だから俺ぁ言ってやったのさ。その女ぁ殺すんなら先に魔王を殺してからにしろ。でねぇとヒイズルが海に沈んじまうぞってな?」
「お前……もしかして迷宮で狂ったんか? 昔ぁよくあったそうじゃねえか。二十階以降じゃあ特によ? なぁーにが海に沈むだ。できるわけねーだろ。できるもんなら見てみてえもんだぞ」
「俺ぁ見たくねぇぜ? これでも生まれた国なんだからよ?」
下らないと切り捨てつつも、ドロガーの真剣な声に耳を塞ぐことができないようだった。が……
「ちっ、もういい! くだらねぇ話はここまでだ! 今から一歩でも動いてみろ。一人ずつ殺すからよお!」
「くくく、残念ながら時間切れだ。やれぇダニィ!」
「おお!」
乱入したのはキサダーニだった。そしてすぐさま魔法を使い……
「行けえぇぇ!」
声を張り上げた。
キサダーニの合図で数人の冒険者が室内へと飛び込んできた。
どうやらドロガーの時間稼ぎは成功したらしい。




