680、連行された人々
カース達と別行動をしているドロガーだが、コーネリアスの導きにより連行された人間の居場所は早々と見つけていた。
後はカースに聞こえるように派手な合図を出せば終わりなのだが……
「くそったれがぁ……どこまで腐った真似ぇすりゃあ気が済むんだぁ……」
「ピュイ」
建物内に潜入し、とある一室を覗いたドロガーの目に映ったものは……
壁に背をつき、両手を斜めに上げて……隣の者と手のひらを重ね……太めの釘らしき物で壁に打ちつけられている者達だった。その数ざっと五十人……壁に沿って並べられていた。まるで蝶や蛾の標本のように。
ただ標本と違うのは全員が生きており、苦悶の声をあげていることだ。中には服を剥ぎとられ、赤兜によって陵辱されている者もいる。もちろん抵抗などできようはずもない。
「ふぅー、たまんねぇなぁおい。やり放題じゃねぇか」
「おおよ。なかなか上玉も多いしよ。騎士長も粋なことしてくれんな」
「ふぅ……つーか目的が分かんねぇな? こんなの集めてどうすんだろな? 冒険者の野郎どもなんかわざわざ集めんでもその場で殺せばいいのによ?」
「がはは! おめぇいきなり冷静になってんじゃねーよ!」
「俺らぁ言われたことだけやってりゃいいんだよ! まっ、言われなくてもやるけどな?」
「そりゃそうだ。さぁて、俺ぁスッキリしたから外の見張りと交代してくらぁ」
その室内の入口は一つ。ドロガー達が覗いているのは入口から離れた壁、そこにコーネリアスに言われるがままに空けた穴からだった。
「うへぇーくっせ。お前ら何回やったんだよ!」
「そーそー。ただでさえ血の臭いがひでぇってのによぉ。さいてー」
「そんじゃお前らはやんねーのか?」
「ばっ、ばか! やるに決まってんだろ!」
「当たり前だろが! 別に嫌いじゃねんだからよ!」
「かかか! だったら文句言わずにやりゃいいだろーが。おーそうだ。あっちの方の女はまだ誰も使ってねーぞ?」
「おっ、そうかよ。悪いな!」
「んじゃ見張り頼むぜ! さっきからなーんか騒がしいからよ」
「おう。お前らもほどほどにな。殺さねーように遊べよ?」
ドロガーは迷っていた。さっさとカースを呼びに戻るなり合図を出すなりすればいいのだが、目の前の惨状を見てしまったばかりに……すぐにでも飛び込みたい衝動に駆られていた。
「ピュイピュイ」
コーネリアスが心配そうな声で何やら問いかけたようだが、ドロガーに伝わるはずもない。
「ああ、こんなことしてる場合じゃねぇな……あ、そうだ。なぁ蛇ちゃんよ。入口で見張りしてる奴のうち一人をカプッと咬めるか?」
「ピュイピュイ」
コーネリアスは首を縦に振った。
「よし。そんじゃあ悪ぃがちょいと咬んできてくれるか? その後で魔王を呼びに行ってくれ。いいか?」
「ピュイピュイ」
やはり首を縦に振った。
「よし。頼むぜ。俺ぁその後で動くからよ。」
そしてコーネリアスはするすると地面を這い、建物の入口に近付いていった。ある程度近寄ると、今度は壁を登り天井に張り付き……ぽとりと落ちた。赤兜の首を目がけて。
「いっ!? 蛇ぃ!? 痛って! かまれた!」
「お、おい大丈夫かよ! 結構でけぇぞ! どこから入り込みやがったぁ?」
「こんな真っ白な蛇なんて見たこと……あ! もしかして!」
「なんだぁ? 知ってんのかぁ? ひひっひひひぃ」
「お、おい大丈夫かよ? 早く治癒室に連れてかねーと!」
「そ、そうだな! 俺ぁ左を支えるわぁ」
「おれぁ大丈夫に決まってんだろぉ? ひひひぃ! だっておれらぁ無敵の赤兜だひひひぃもんひひっひひぃ!」
「ちょ、やべぇって! こいつどうなっちまってんだよ! 急ぐぞ!」
「おお! こんなの聞いたことね……いや、あるかも……」
「ひぃやはははははぁ! ひひひぃー! 赤兜ばんざーい! 天王へいかばんざざざざざざざぁーーーー!」
「急ぐぞ!」
「おお!」
これで入口の見張りはいなくなった。コーネリアスも消えた。ドロガーは立ち上がり入口まで歩き、扉を開けようとしたが……押しても引いても開かなかった。中から閉じられているようだ。
「なんだ? まだ交代の時間じゃねー。やりてーのは分かるがちーと待ってろ」
扉の小窓が開き、声だけが聞こえた。どうやら先程の騒動は聞かれてないらしい。
「一人倒れたぞ。治癒室に連れてったからここには俺しかいねぇ。一応もう二人寄越してくれや。」
「あー? サボってんじゃねーぞ?」
どうやらドロガーの演技は完璧らしい。
「知るかよ。俺ぁきっちりやってんだろ。中のもんばっか楽しみやがってよぉー?」
「そんなもん運じゃねーか。どうせあいつらだってすぐイッちまうだろ。もうちーと待ってろや」
「ったくよぉ。騎士長の野郎もワケ分かんねーことさせるよなぁ? 役得でもねーとやってらんねーぜ。そうは思わねぇか?」
「おいおい。知らねーぞ? そんな口ぃきいてよー。巻き添えは勘弁だぞ?」
「へへっ、大丈夫大丈夫。俺ぁ騎士長の弱みぃ握ってっからよ。ちっとぐれぇサボってもなーんにも言われねーぜ? まあさすがに誰にも言えねーけどよ?」
「本当かよ……お前すげえな……あれ? そういえばお前何番隊だ? 声に聞き覚えがねーぞ?」
「俺は親衛騎士団だよ。もっとも落ちこぼれで役職なんぞ何も貰えない下っ端だがよ。だからこんな所に回されてんだよ。クビにならねーのは……へへっ、騎士長の弱みを握ってっからだがな。」
「しっ、失礼しました! ま、まさか親衛騎士団の方とは……」
「ばーか。かてぇこと言うんじゃねーよ兄弟。俺らぁ同じ赤兜騎士団じゃねぇか。仲良くやろうぜ? どうよ。俺がすっきりしたら全員連れて飲みに行こうぜ。こんな見張りなんぞ必要ねぇってんだ。誰も来やしねーってのによ。なぁ?」
「はっ! 自分もそう思います!」
「だろ? だったら開けてくれや。俺ぁさっさとすっきりしてぇんだからよ。」
「はっ! お待ちください!」
ドロガーの演技が勝ったらしい。扉が開いた。
「どうぞ! お入りください!」
「……悪いな……」
「あぎゃあああああああぃぁあぁぁーー!」
ドロガーがした事は中の赤兜の手の甲に軽く傷を付けただけ。それだけで叫び、のたうちまわっている。
「ど、どうした!? 何があった!?」
「何だぁ!?」
ぞろぞろと集まる赤兜。
「いきなり倒れたぞ? こいつ大丈夫か?」
無防備に仲間の容態を確認する赤兜達を後ろから……
「いぎゃおおおおおおおがああぁぁぁあがぁぁーー!」
「ぐっごぁあああぉああざががぉぉぉぉぉーー!」
「びっごゃあんがぁぁぁぁあぁああぁぁーー!」
たちまち激痛魔法の餌食となっていった。
「ああっ! こいつ! よく見りゃ! ドロガーだ! 五等星の傷裂ドロガーだぁ!」
「何だとぉ!? キサダーニより先にこいつが来やがったかぁ!」
「おう囲めぇ! まずはこいつからぶち殺してやんからよ!」
「くくく。お前らみてぇな下っ端どもにこの俺がやれんのか? こぉーんな見張りしかやらせてもらえねぇ雑魚どもがよぉ?」
隙間から確認した赤兜の総数は十数人。不意をついて減らしたので残りは十人を切った。この人数ならと……ドロガーには勝算がある。
コーネリアスがカースを呼びに行っているし、キサダーニだって遠からずやって来るだろう。
ドロガーには勝算があった。




