676、天王ジュダ・フルカワ
背格好は私と大差ない。私より数センチ背が高く、少し細い程度だ。焦茶色のサラサラ髪に切れ長の目。そして声はいわゆるバリトンボイスってやつか。生意気だがいい声してやがる。口調や見た目とは全然合ってないがな。
「会いたかったぜ。天王さんよ。」
「僕のかわいいツボネを傷物にするとはレディに対する扱いがなってないな。いや、だから魔王なんだろうね。悪鬼羅刹の所業だね。」
いつの間にやら部屋の隅に立ってやがった。カムイが教えてくれなければ、もう数秒発見が遅れただろうな。
「ああっ! 陛下ぁ! 玉体をお運びいただいだのみならず! そんな風に言っていただけるなんて! このツボネ天にも昇る想いです!」
うおぉ……こんなおばさんの濡れた瞳なんか見たくもないぞ。
「さて、せっかく会えたんだ。詫びの言葉があるなら聞くが?」
「んん? 詫び? 何の? あ、もしかして君らの分の夕食がないことかい? いきなり来ておいて無茶言うもんじゃないな。まったく。礼儀知らずだなぁ。」
とぼけてやがる。それとも普通にボケてるだけか? 元からイカれてるってこともあるしな。ヤコビニみたいに。
「赤兜が宿を襲った件。エチゴヤと手を組みローランド王国に手を出した件。それからヤコビニに空気を入れた件。後は小さいところで、ローランドの金貨を集めてやがるな。国外持ち出し禁止の金貨をな?」
金貨の件は今思い出した。バンダルゴウで噂があったんだよな。ローランドの金貨が高く売れるってさ。
「はっはっは。まったく意味が分からないね。君、正気? 証拠もなしにそんなこと言ってると大恥かくよ? ねぇ、笑ってやりなよマツ。」
「ああっ! へ、陛下がっ! わ、私の名前をお呼びくださった!? あはっ! あはははっ! あへぇえへへへへ!」
この野郎……女中の名前を覚えてやがるのか。やるじゃん。でも生意気だな。
『永眠』
「ふーん。いい魔法使うじゃん。最近眠りが浅くてさー。どう? 僕専属の睡眠係になんない?」
ちっ、女二人は寝たがジュダの野郎には効いてない。もしや私と同じタイプか? 感じとれる以上に魔力を持っているような……?
「で、証拠が必要って言ったか? 証拠なら目の前にあるだろ。お前が自白すればいいんだよ。もっとも、死にたけりゃあ自白しなくてもいいけどな。」
「はっはっは。若気の至りってのは眩しいもんだね。あんまり余裕ぶってると危ないよ? ほら、上見てごらん?」
『風斬』
見るわけないだろ。ちっ、効いてない……いや、今のは効いてないってよりは……
「あーあ。バレちゃったかな? じゃあね。また後で会おう。」
『狙撃』
ちっ、消えやがった……
「ニンちゃーん。上が危ないしー。外に出た方がいいんじゃなーい?」
「上?」
『浮身』
吊り天井って感じではないな。半分自爆というか、天井を壊して落としたって感じか?
つーかあの野郎……自分とこの従業員を見捨てやがった……何がかわいいツボネだ。それとも私がこうして助けることを期待してやがったのか?
「とりあえず出ようか。アレク、その二人を頼める?」
「いいわよ。」『浮身』
赤兜なら放置するんだが、さすがに女は見捨てられないよなぁ。
部屋から出たら浮身解除。おーお、すごい音を立てて崩れちゃったよ。自分とこの建物なのに、あいつバカだろ。
「カース、あれって幻術の一種みたいね。でも魔力まで感じるなんてかなりの高性能みたいだわ。」
「そうみたいだね。でも部屋の隅から動かなかったところを見ると、あそこに何かあったのかもね。例えば魔法陣とかさ。」
「そーみたいだしー。つーかあいつ魔法陣から追跡されないように壊したっぽくなーい? 意味分かんないしー。」
もしくは魔法陣をコピーされないためとか? アレクが見たら描き写すこともできそうだしね。
「ガウガウ」
匂いはなかったのね。魔力だけ感じる幻術か。それってむしろ本人の魔力じゃなくて魔法陣が持つ魔力かもね。
それにしても、顔見せのためだけに現れたとは思えない。とくに妙な魔法を使われたって形跡もなかったが……あいつは洗脳魔法を使いやがるからな。用心しないと。
「行こうか。これだけの音がしたんだし赤兜に挟まれたら面倒だからね。」
「もう来たしー。あいつら鎧着てないしー。」
ぷぷっ、きたのかきてないのかどっちだ。
んん、ごほん。さっき見た制服だな。
『風斬』
まったく。有事だってのに鎧も着用してないとは。危機感がないねぇ。
ではあいつらが来た方へと進んでみようか。
面倒になってきたら火でも着けてやりたいが、さすがにそれは最終手段かな。ジュダの野郎だけは生け捕りにしてあれこれ吐かせる必要があるもんな。
こいつらがローランドにやらかしたことってまだまだありそうだよなぁ。人の顔を変えられる奴とか鳥使いとかさ。案外取り逃した教団の聖女とかの居場所だって把握してたりしないか?
でも、いよいよとなれば殺すけどね。後は野となれ山となれってやつだ。私がそこまで面倒見きれるかってんだ。




