664、魔王覚醒
『狙撃』
天道魔道士の女が持っていた杖が、中ほどから折れた。
「だれ」
ついにカースが現れた。足取りはしっかりしているし、意識もはっきりしているようだ。
「誰でもいい。死ね。」
『榴弾』
『火蝶扇風翔』
カースの数百発にも及ぶベアリング弾の嵐。迎え撃つは巨大な蝶の羽ばたき。周囲の生木が燃えるほどの熱風がカースに叩きつけられた。
『徹甲弾』
しかしカースは何事もなかったかのように追撃をする。榴弾では致命傷に至らなかったらしい。
「よく逸らせたな。やるじゃん。」
徹甲弾は大腿部に命中したらしく、彼女の左足をもぎ取っていた。
「遅えんだよ魔王! 危うく女神が死ぬとこだったぞコラぁ!」
「悪かったな。だがその心配はいらないさ。もし俺が遅れてたとしても、そこにカムイがいるからな。」
「えっ!?」
「ガウガウ」
いつの間にやらカムイはドロガーの背後でお座りをしていた。
「ピュイピュイ」
コーネリアスはカースの首に巻き付いている。いつものポジションだ。
「魔王! そいつを片付けたらこっちを頼む! クロミがやべぇんだ!」
「おう。」
『狙撃』
天都魔道士の右の大腿部を貫通し、彼女は地べたに倒れ……なかった。傷ついた体でふわりと浮かび上がり……
『火蝶獄炎乱舞』
敵も味方も関係ないとばかりに辺り一帯を真っ赤な蝶の大群で埋め尽くしてしまった。木も草も、大地さえも燃え上がる……かと思われた、その時……
『吹雪ける氷嵐』
カースにしては珍しい上級魔法だ。ただでさえ真冬なのに、赤い蝶が乱舞するより広範囲が一気に凍結地獄になる。再びクロノミーネやドロガーを襲った蝶も消えた。そして、天道魔道士の女は凍りつき地面に落ちた。
「今なら足は治るぞ。降参するか?」
女を見下ろしながらカースが問いかける。
「私は誇り高い天道魔道士。降参するぐらいなら死ぬ。『火蝶豪え『狙撃』ん……」
カースの魔法が女の額を貫いた。
「ドロガー、こいつたぶんいい物持ってると思うぞ。いるか?」
「おお、貰っとくわ。後でな。つーか寒ぃんだよ! さっさと止めろや!」
そう言ってドロガーはクロノミーネの元へと急ぐ。傷だらけの体で。
カースは魔法を解除してアレクサンドリーネを抱き起こす。
「カムイ、他に気配はあるか?」
「ガウガウ」
「ないんだな。よし、じゃあそのまま警戒を頼む。こっちはもう何も心配いらんからな。」
「ガウガウ」
瀕死だったはずのカース。それにしては魔力も体力も充実しているように見える。その体には傷ひとつ見えない。首にあった二筋の傷すらも。
「あっ、ニンちゃんやっと起きたのー!? おっそーい!」
「おお、悪かった。で、こいつら何者?」
「知んなーい。そこそこいい魔力持ってたけどー。」
「お、おいクロミ! 大丈夫なんかよ!?」
「ちょっ! ドロガぼろぼろじゃん! こっち! 寝て寝て!」
問答無用でクロノミーネの前に寝かされたドロガー。どうやら助かりそうだ。
「次はアレクを頼む。また限界超えたみたいでな。」
「ドロガも金ちゃんも無茶しすぎだしー。」
「それでドロガー。こいつらのこと知ってるか? 何とか魔道士って言ってたような気がするが。」
「おお……天道魔道士だぁ。赤兜とは別の天王直轄の魔法部隊なんだとよ。」
ローランド王国で言えば宮廷魔導士にあたる存在だろう。
「ふーん。そこそこ手強かったもんな。来たのはさっきの女とそこの男の二人?」
カースが殺した女、クロノミーネの近くで気を失っている男が見える。
「いや、もう一人いたぜ。女神がどこかにぶっ飛ばした奴がよ?」
「ガウガウ」
タイミングよくカムイがその男を引っ張ってきた。
「なるほど。三人ね。」
「よーし応急処置終っわりー。次は金ちゃんねー!」
クロノミーネはもうドロガーの治癒を終えたらしい。
「お、おい、大丈夫なんか? お前だって魔力がヤバかったんじゃ……」
ドロガーが心配するのも当然だろう。
「んー、こいつの魔力ぜーんぶ吸ったからねー。まあまあ回復したしー。」
「なんだよ……そんなことしてたんかよ。ちっとも動かねぇから心配してたんだぜ?」
「だってー、こいつが色々抵抗するからさー。魔法を封じて体の動きを止めてー。そしたら魔力の流れまで止めようとするしー。おまけに変な魔法が飛んできたからそれも防いでー。ちょっと面倒かったけどーまあまあいい魔力だったしー。」
クロノミーネは口を動かしながらも手を止めない。アレクサンドリーネは見る見る回復していった。
「よーしいいんじゃなーい? 後は洞窟に戻ってしっかり診よっかー。」
「ありがとな。ついでにカムイも頼む。だいぶ元気にはなったと思うけどさ。」
「いいよー。そんじゃ狼殿行こっかー。じゃあニンちゃんここは任せたしー。」
「ああ。アレクを頼むな。」
「おおそうだ。魔王よぉ、ギルドに集まった奴らが赤兜に連行されたってよぉ。今キサダーニが向かってる頃だぜ。」
「なるほどな……ありがとよ。それよりしっかり休んでくれよ?」
「おお。そろそろマジで赤兜の大軍も来そうだしよぉ……やれやれだぜ……」
クロノミーネ、アレクサンドリーネそしてカムイは洞窟へと戻っていった。ドロガーは死んだ天道魔道士を魔力庫に収納してから……




