662、天道魔道士
三つの影は同時に魔法を撃った。
アレクサンドリーネはどうにか洞窟内に避難し、ドロガーはその場で避けた。そしてクロノミーネは『自在反射』
その魔法を跳ね返した。
「ほお? まさかそうくるとはな。やはり侮れぬな」
「あの男もやはり踏破者だけあって動きが鋭い。相手に不足なし」
「あの女は逃げた。私の相手には不足あり」
「やる気あんなら降りてこいや! この臆病者がよぉ!」
ドロガーはそう言ってナイフを投げた。が、彼らに当たることなく落ちてきた。
「ほうれお返しだ」
「儂らが上、お前らは下」
「戦いは上が有利」
今度は大量の石が降ってきた。飛礫の魔法だろう。
『風流』
それを防いだのはやはりクロノミーネ。大量の石礫が二人を避けるように動いていく。
「ほほう。やりおるわい」
「魔力制御が丁寧だ。やはり侮れぬ」
「発動も早い。凄腕」
「これドロガじゃ無理だしー。とりあえず洞窟に入っててよー。」
「しゃあねぇな。あんな上空にいられちゃあ手が出せねぇぜ……」
クロノミーネの魔法に守られながら、ドロガーはどうにか洞窟まで避難した。そこにはアレクサンドリーネも待ち構えていたが、二人ともしばらく出番はなさそうだ。
『火柱』
「おおう、これはこれは」
「かなりの熱量」
「髪がちょっと焦げた。熱い」
天高く立ち昇る炎の柱も、下からでは距離があるため躱されてしまったようだ。
「どれ、次は他の魔法でも」
「む、あの女が消えたな」
「落ち着いて魔力を探る。あれほどの魔力はそうそう消せない」
「ぶむぅっ!?」
「どうした!?」
「落ちた。助ける」
三人のうち一人が突如地面へと落下していく。身動きも取れないまま。
「くっ、浮身、風球」
必死に魔法を唱えてはいるが落下の勢いは止まらない。
そして他の二人が助けに入るより早く地面に軟着陸した。そこには、背中から体をしっかりと抱きしめるクロノミーネがいた。
「む、いつの間に」
「いけない。魔力を吸われてる」
微動だにしないクロノミーネと必死でもがく魔法使いの男。
『火線』
『雷火』
残る二人も男を助けようと魔法を撃つが……
「がうぁっぐぅ……」
ごろりと向きを変えたクロノミーネによって味方に命中してしまう。
そしてようやく地面に着陸し、杖で直接クロノミーネに殴りかかるのだが……
「おっとぉ。こっからぁ俺が相手んなんぜ? この五等星傷裂ドロガー様がよぉ?」
残る二人のうち背の高い男の杖を受け止めてドロガーは言う。背の低い女の杖はアレクサンドリーネが魔法で防いだ。
「接近戦なら勝てるとでも? 我ら天道魔道士を侮るでないぞ」
『火線』
「んなもん当たるかぁ!」
ドロガーはいい勝負になりそうだ。
またアレクサンドリーネの方でも。
「あなたボロボロ。相手にならない」
「それでも私が勝つわ。天道魔道士って言ったわね。つまりここに来たのは天王ジュダの命令ってわけね。」
「違う。そんな命令は受けてない」
「じゃあ何しに来たのよ?」
「バカ兜があたふたしてるから見物に来ただけ。天王陛下もあんなバカどもでなく私達を重宝すべき」
「ふぅん。つまり同じ宮仕えであっても赤兜とは違うのね。天道魔道士というのは。」
「当然。天道魔道士はあんな奴らとは別格。私達は誇り高き魔法使い」
「くっ、そうみたい、ねっ! 魔力は高いし発動は滑らか……ぐっ、威力も悪くないわ……」
「当然。いくらローランドが大国だからって魔法の腕には関係ない」
「ぐっふ……」
吹っ飛ばされたアレクサンドリーネ。会話をしながら魔法の応酬をしていたようだが、いくら魔力を振り絞ろうともろくに動かない体で勝ち目は少ない。
「じゃあ終わり。殺す気はないけど死んだらそれまで」
『火線』
『氷壁』
「しぶとい。でもあっちの女と比べると魔力はすかすかだし練度も低い。胸だけ大きくても戦いには勝てない」
『火蝶』
アレクサンドリーネの周囲を赤い蝶が舞い始めた。
『氷散弾』
アレクサンドリーネから放たれた無数の氷の散弾が蝶を撃ち抜く、が……
「無駄。その程度の威力じゃあ穴しか空かない」
『火蝶繚乱』
赤い蝶は時とともに数を倍々に増やしていく。そしてアレクサンドリーネの視界全てを覆い尽くした時、一斉に襲いかかっていった。
『氷壁』
周りを氷で囲うも……
「無駄。すぐ溶ける」
蝶一匹一匹が持つ熱量はかなりのものらしく、見る見るうちに氷壁が溶けていく。しかも蝶は少しも減ったように見えない。むしろますます増えていきアレクサンドリーネだけでなくドロガーやクロノミーネにまで襲いかかっている。
『氷壁』
それでも必死に壁を作り耐えるアレクサンドリーネ。攻勢に出られないほど追い込まれているのだろうか。
赤い蝶は仲間ごとクロノミーネを覆う。それでも手を緩めず魔力を吸い続けるクロノミーネ。ドロガーは逃げの一手。敵に背を向けることこそないものの、攻めるよりも蝶から逃げることを優先しているようだ。
そうなると手が空いた背の高い男は……
『火線槍』
太いレーザーのような熱線がドロガーを襲う。赤い蝶に視界を遮られたドロガーはそう容易く躱すこともできず……
「あぢいぃぃっ!」
大腿部を掠めただけで肉が焼け焦げた。動きが鈍れば、たちまち蝶が追ってくる。追ってくればまた視界が塞がれるという悪循環に陥っていた。
「クソったれがぁ……」
「距離をとったのは失敗だったな。天道魔道士を相手に遠距離戦など無謀も無謀よ」
「知るかぁ……どうせ勝つのは俺だからよぉ……」
『火線槍』
「あぐぁっ!」
右肩が焦げている。
「踏破者とはその程度か。バカ兜どもが踏破できないのは当然としても、その程度の腕でよくもまあ」
「くっくっく……俺の力で踏破なんざできるわけねぇだろぉが……」
「ほう。ならば誰の力だと言うのだ? 貴様以外に戦力などいたか?」
「後ろぉ見てみろや?」
背の高い男が振り向いた瞬間、ドロガーは魔力庫から武器を取り出した。カースから貰ったトンファーだ。
「脅かしおって。何の気配もないのに後ろなどと。それより足を止めていいのか? 蝶が集まってきたぞ?」
無数の蝶がドロガーの身を焼く。
「俺の勝ちだ。」
ドロガーは軽くトンファーを振る。
「何を……ぐがあっ!?」
男の首から血が流れている。だが決して致命傷とは言えない。仕込まれた刃鋼線がかすっただけのようだ。本来なら一撃で首を飛ばすはずなのだが。
「オラぁ!」
それでも好機と見るや逃げの姿勢から一転して愚直な突進。
『火線』
「知るかぁ!」
熱線が脇腹を貫いても走り続け、そのままトンファーをもう一振り。
『火扇』
一振りと同時に熱風で飛ばされた。だが、相手も……
「あぎゃあぁおおおおぉごごこぉぉおぉぉおおおーー!」
ドロガーの激痛が炸裂していた。一度目は距離があったせいか効き目が弱かったようだが、今度は確実に決まった。つい先ほどまで冷静だった天道魔道士に恥も外聞もない悲鳴をあげさせるほどに。痛みのあまり、地べたをのたうちまわらせるほどに。
「はぁーはぁ……冒険者を……舐めんじゃねぇ……」
ドロガーは立ち上がり、クロノミーネの元へと歩み寄っていく。真っ赤な蝶に覆われたクロノミーネの元へと。




