660、アレクサンドリーネの覚悟
全員が食べ終わった頃、ようやくドロガーが目を覚ました。
「えれぇいい匂いさせてんじゃねぇか。俺の分はあんだろぉな?」
「もちろんあるよ。はいドロガーさん。」
「おお、悪ぃな。おっ、こりゃあうめぇな。アーニャが作ったんか? 女神のたぁ違って素朴な味わいってやつかぁ? うめぇじゃねぇか。」
「アレクさんと違うってのは余計だよ。でも口に合ったようでよかったよ。」
全員が食事を終え、わずかばかり弛緩した空気が流れる。
「さぁてと。魔王の奴ぁ全然起きねぇし。どうすっか決めとかねぇとなぁ。つーかよぉ、とっくに赤兜の大軍に囲まれてもおかしくねぇんだぞ? なんであいつら来ねえんだ?」
「ガウガウ」
カムイは何やら言いたいようだが、それを理解できる者はいない。
「もしかしてカムイが何かしたから増援が来ないって言いたいのかしら?」
さすがにアレクサンドリーネは鋭いようだ。
「ガウガウ」
「そういや狼ちゃんは俺と一緒に洞窟を出たはずなのによぉ。すーぐいなくなったっけ? 何か他のことをしてたってことかぁ?」
そう。確かにカムイはドロガーと共に洞窟を出た。赤兜を迎え撃つために。だが、その後すぐに姿を消した。
「ガウガウ」
カムイは首を縦に振っている。
「そうなのね。分からないけどカムイが何かしてくれたのね。ありがとう。カースが起きたら一緒に手洗いしてあげるわね。」
アレクサンドリーネもカムイの扱いを熟知しているようだ。
「とりあえず赤兜が来ないのはいいとするぜ。だからっていつまでも来ねぇわけねぇよな? あっちの女どもだってどうにかしなきゃいけねぇ。それどころかギルドにぁ次から次へ女どもが、いや野郎もまざってるが、押し寄せてんだぜ? そいつらもどうにかしねぇとよ?」
カースがあちこちでエチゴヤ関連の店を潰した効果が出ているらしい。
「あ、そういえば罠をしかけてたの忘れてたわ。せっかくだからそのままにしておくけど。」
「へー、金ちゃんやるじゃーん。どんな罠ぁー?」
「上から岩石が転げ落ちてくるだけよ。まあ、使ったが最後この洞窟が塞がってしまうわ。」
「あはっ、金ちゃんやるじゃーん。そんなら赤いのが来てやばくなったらどかーんとやっちゃうわけねー。」
「あの時はもう後がないと思ったから……今も似たようなものだけど。でも本当に最後の手段よ?」
「分かってるしー。ニンちゃんが起きなかったら岩をどけられずにウチら終わりーってやつじゃんねー。へーきへーき。」
「ええ、私もそう思うわ。それで後先考えずにあんな罠を仕掛けたの。ちょうど洞窟の上の方って険しい山肌が広がってたものだから。」
「やっぱニンちゃん待ちだよねー。もー、無茶ばっかしてさー。さっきウチ診たしー? なんかさー、体中もーめちゃくちゃになってたよ? 金ちゃんもたいがいだけどさー。」
「かなり身体強化を使ったみたいね。カースも無茶して……」
「おいおい、そんな話ぁいいんだよ。結局どうすんだよ? せっかくキサダーニだって来てくれたんだぜ? ここに立て篭もるってことでいいんかぁ?」
全員が沈黙する、が……
「ここに居るわよ。カースが目覚めるまで。」
「金ちゃんがそう言うならいいしー。」
「女神よぉ……おめぇがそう言うってこたぁ何か考えがあんだろぉなぁ?」
ドロガーが気にするのは当然だ。自分だけでなく呼び寄せた仲間の生死がかかっているのだから。
「……一所懸命って言葉があるわ。ローランド貴族にとっては常識だけど。アーニャなら知ってるんじゃない?」
「う、うん……知ってるよ。」
アレクサンドリーネはアーニャがローランド国民だから知ってると思ったようだが、違う。アーニャは前世の知識で知っていただけだ。
「それがどうしたぁ?」
「貴族はね、一度手に入れた土地は死ぬまで手放すことはないの。命懸けで守るものなのよ。もし手放すことがあるとすれば……それは死んだ後の話ね。つまり、カムイが選んだこの洞窟は私達にとっての領地も同然。領主であるカースを筆頭に私達はここを守り抜くことでしか勝機はないわ。」
アレクサンドリーネの言うことは半ば暴論である。彼女自身もその自覚はあるのだろう。だが、カースの身を想うがあまりにそのようなことを言ったとするなら、誰が反論できるというのか……
「難しい事言われても分かんないしー。金ちゃんがそう言うならそれでいいしー。どうせニンちゃんが起きないとどーにもなんないしー。」
「どうせこれだけの人数が籠城できる場所なんてそうそうねぇんだからよ。そりゃあ迂闊にぁ動けねぇわなぁ。まあいいんじゃねぇの? しゃあねぇなぁ。赤兜が攻めてきたら皆殺しにすりゃあいいんだろぉがよ。」
ドロガーは軽口を叩くが覚悟を決めたようにも見える。
「よその国に来て貴族がどうとか言ってんじゃねえよ……まあ他に道もねえんだろうけどよ。死なねえ程度に付き合ってやるよ……」
キサダーニもまだ離脱する気はないようだ。
どうやらこのままこの地で襲い来る赤兜を、エチゴヤを迎え撃つことになりそうだ。




