659、コーネリアスの牙
「あ、おはようございます……えーっと、冒険者の方ですか?」
「ああ、五等星キサダーニ・ロブ。ドロガーの昔の仲間だ。」
キサダーニはあれからずっと起きていたようだ。
「へー。ドロガーさんの。あ、私はアーニャ・カームラと言います。じゃあキサダーニさんが見張りをしててくれたんですね。ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げたアーニャ。
「別にいいけどよ。いつまでここにいるつもりだ? さっさと逃げねーと赤兜が来るぞ?」
むしろ昼になっても増援が来ないことがおかしい。
「で、でも、カースが起きないと……」
「そりゃそうだ。どっちにしてもいつまでもここにはいられねーぞ? 俺だって命を懸けてまで魔王を助ける気なんざねーからな?」
「で、ですよね。むしろ今こうして見張りをしてくれてありがとうございます。私は……何もできませんから……」
「まあいいさ。魔王にゃ借りがなくはねぇ。貸しもあるけどよぉ。ここらでどーんと恩を売っておくのも悪くねえさ。」
「そ、そうなんですね。ありがとうございます。」
次に起きたのはクロノミーネだった。
「あー黒ちゃんおはよ。元気ー?」
「クロミさんおはよう。私は元気だけど……」
「呑気にあいさつしてる場合じゃねーぞ。どうする気だ?」
「えーっと、ドロガの友達だよねー。ドロダチって呼んであげる。どうもしないし。ニンちゃんが起きるまでねー。」
「別にいいけどよ……どうなっても知んねーぜ?」
「ここって意外と守りやすいしー。だいたいウチらどこに逃げればいいかなんて知んないしー。ニンちゃんが起きたらどうにでもなるしー。」
クロノミーネにしては意外と考えているようだ。ほんの少しだが。
それからアレクサンドリーネも目を覚ました。クロノミーネが無理矢理起こしたとも言うが。
「金ちゃんおっはよ。調子どーお?」
「動けないわ……体中が痛くて……少し待って……」
そう言うとアレクサンドリーネは魔力庫から何やら薬を取り出して、ポーションで流し込んだ。
「はあぁ……少しだけ良くなったわ……痛みを少し消しただけだけど……」
「アレクさん大丈夫? 今の薬って……」
アーニャは心配している。アレクサンドリーネが無理をして危険な薬を飲んだのではないかと。
「問題ないわ……ただの波符亜燐だから……でも、痛みは消してくれるけど……治してくれるわけじゃないわ……」
「ばふありん……半分はカースの優しさで出来てたり……」
アーニャには聞き覚えがあったのだろう。
「カースの優しさ? カースは錬金術師じゃないから無理ね。むしろこんな時はカースの魔力入り特濃ポーションが欲しいわ……」
「そんなポーションがあるの!?」
「もうないわよ。死ぬほど不味いポーションだったけど。さあ何か食べるとしましょ。だから私を起こしたのよね、クロミ?」
「もっちろーん。今の金ちゃんはとにかく何か食べないとヤバいしー。それを言ったらニンちゃんもだけどぉー。でもニンちゃんと精霊様はまだ起こさない方がいいっぽいしー。」
「それもそうね……じゃあアーニャ、料理を頼めるかしら?」
「う、うん! 任せて! スータドマ村っぽい料理でよければ……」
魔力庫から食材を取り出すアレクサンドリーネ。それから鍋や食器、調理器具まで。
「ふわぁ……こ、このナイフ……一体何で……」
「ミスリルよ。鍋にフライパンもね。カースの口に合う料理を作るにはこれぐらい用意しておかないとね……」
「火加減はウチが見るしー。」
クロミはそう言って鍋を空中に浮かべた。釜戸などないのだから当然だ。
「う、うん……」
「あっ! これミソ!」
「漬け物!?」
「ワサビあるの!?」
「うっわー干物おいしそー!」
「お米!? マジやばいし!」
アーニャは大きな声で独り言を吐きながら料理を進めていった。
それらの食材はアレクサンドリーネの料理や天都の宿で何度も食べたはずなのだが、いざ食材として目の前にすると感動の度合いが違うらしい。
そろそろ出来上がる頃だ。
すると匂いに釣られたのか、ようやくコーネリアスも起きてきた。
「ピュイピュイ」
声のトーンはいつも通りだが、どこか弱々しさを感じる。そんなコーネリアスだが、頭をキョロキョロと振り回している。カースを探しているのだろうか。
「コーちゃん、大丈夫?」
アレクサンドリーネも心配そうだ。
「ピュイピュイ」
首を縦に降りながら返事をするとカースの方へと這い寄っていった。
全員がじっと見つめている。アーニャも料理の手を止めて。
「ピュイ」
そのままカースの首に噛み付いた。例の二筋の傷がある場所へと。
「こ、コーちゃん……?」
「精霊様……」
ますます心配になるアレクサンドリーネ。クロノミーネはどちらかと言うとコーネリアスを心配しているようにも見える。
「ピュイピュイ」
振り返ったコーネリアス。口をいっぱいに開き何かを見せようとしている。
「あっ、牙が戻ってるし!」
それは一センチ程度の短い牙だった。カースの首に打ち込んでいたそれを今、取り戻したということなのだろうか。そのせいなのか、先程より元気になったようにも見える。
「ピュイピュイ」
そしてコーネリアスはくるりと回りウインク。それからアレクサンドリーネの首へと巻きついて一言「ピュイピュイ」そう言った。
「とりあえず問題なさそーだし。食べよっか?」
クロノミーネが言うならおそらくそうなのだろう。アレクサンドリーネもそう考え食事を始めた。未だ目を開けないカースが気になって仕方ないものの、今の自分はカースを心配できる状況でないことぐらい自覚している。
カースが目を覚ました時に、無様な姿を見せたくないことも。




