658、一夜が明けて
クロノミーネが現れると同時に隊長は号令をかけた。
「殺せ!」
半円状に包囲した状態から赤兜は一斉に槍を構えて突撃をしてきた。
『豪水牢』
クロノミーネがぽつりと使った魔法は赤兜のみならず隊長やドロガーまで巻き込んだ。まるで荒れ狂う海のように。
「がぼっぐぼっ、ばあっかやろ! やめろぉクロミ! ちっと弱気になっただけじゃ、がっぼぉっ、ねえか!」
「べーつにー? ウチ別にドロガの昔のことなんて知んないしー?」
「ぼはっ、はな、話したじゃ、ねぇかげっぼっぼっほぉ! あいつぁもう死んで、んだっよぉ!」
「な、なあ、あんたクロミさんだろ? ドロガーを許してやってくれねぇか? あいつはどうも本気であんたにイカれてるみたいだからよ。」
「えー、別に許すとか許さないとかの話じゃないしー。なーんか気に入らないだけだしー。てゆーかあいつら何なのー?」
濁流を閉じ込めたような閉所でドロガーを含む赤兜達はもがき苦しんでいた。
「見ての通り赤兜だ。あいつらの狙いはあんたん所の魔王らしいぜ? だからな、もう勘弁してやってくれよ。これ以上やるとドロガーの野郎が死んじまうぞ?」
「ふーん。別にいーけどー。つーかあんた誰ぇー? ドロガの友達ぃー?」
友達かと聞かれて一瞬言い淀んだキサダーニだったが……
「あ、ああ、ダチだ。ギルドでも話したと思うが俺は五等星キサダーニ。ちぃと色々あったが俺とドロガーはブラッディロワイヤルで苦楽を共にした仲間なんだよ。」
「ふーん。別にどうでもいーしー。」
それでもドロガーは濁流から弾き出された。
『落雷』
その一撃で赤兜達は全員が気を失った。もしかしたら死んだ者もいるかも知れない。ドロガー達があれだけ苦労した相手を、クロノミーネはたちまち静かにさせたのだ。
「ウチもう少し寝るしー。」
キサダーニの返事を待つことなく、クロノミーネは洞窟へと戻っていった。しかし、その足取りは決してしっかりしているとは言いがたかった。ドロガーのために無理を押して起きてきたのではないだろうか。
「ありがとよ……」
横になったままドロガーが呟いた。
「てめぇはさっさと追いかけろ。後は俺がやるからよ。」
「お、おお……悪ぃな……」
濡れた体、寒さと疲れ、そして怪我や魔力の消耗で震えながらもドロガーは立ち上がった。そして足を引きずりながらふらふらとクロノミーネの後を追うのだった。
「ふん、バカが……」
そんなドロガーの後ろ姿を見送ったキサダーニは倒れた仲間の介抱を始めた。一人はどこに逃げたか分からないが倒れている二人はどうにか生きてはいるようだ。ポーションを飲ませて後は待つしかない。
そして傷だらけの体を奮い立たせて、赤兜にとどめを刺すべく歩き始めた。
「あーあ……やっちまったなあ……これでもう後に退けなくなっちまった……最悪の場合はローランドにでも逃げるしかねえか……ロガのバカ野郎が……」
それから三十分。キサダーニは一人を除く全ての赤兜にトドメを刺した。トドメを刺さなかった一人はきっちりと拘束し、洞窟内へと連行した。
「ちっ、どいつもこいつも……」
内部には誰一人として起きている人間がいない。今また赤兜にでも攻めて来られたら、今度こそ終わりだろう。キサダーニだって限界は近いのだから。
「ガウガウ」
「うおっ、驚かせやがる……お前は確か魔王の仲間だったか。さっきまでいなかったよな?」
ドロガーと一緒に洞窟を出たはずのカムイがそこにいた。キサダーニが駆けつけた時にはもういなかったようだ。
「ガウガウ」
何やら伝えたいようだが、もちろんキサダーニに伝わるはずもない。
「寝てていいぞ。俺が見張りやってやるからよ。」
キサダーニの言葉を理解しているはずのカムイだが、洞窟の入口辺りで丸くなって眠り込んだ。
「こいつはいよいよ終わりか? ローランドに逃げる時間もないんじゃねぇか? やれやれだ……」
今回退けた赤兜は五十人程度。赤兜騎士団は総勢三千人を超えるとキサダーニは聞いている。その中から各地の迷宮にもぐったり、他の街に派遣されたりするのだが、それでも天都イカルガに常駐する人数は千を下ることはないとも。
つまり、今回襲ってきた赤兜は本気とは思えない。確かにキサダーニから見て、もし自分が来なければあるいは全滅させることも可能だっただろう。
それでも相手は魔王なのだ。大抵の魔法は無力化できる自分を一瞬にして下したローランドの魔王なのだ。たった五十人の赤兜でどうにかなるとはとても思えない。それなのに赤兜騎士団の騎士長は何を考えているのか。考えが読めずキサダーニは訝っていた。
それでも分かることはある。それは、戦いはこれからだということだ。それなのに肝心の魔王がこの調子では分が悪い……キサダーニはそう考えていた。
先ほど見たドロガーの想い人……クロノミーネハドルライツェンと言ったか。人間ではないと聞いている。一瞬にして三十人近い赤兜を水の牢に閉じ込めた手腕は恐ろしい。だが、あれは事前に自分が赤兜の魔法を封じていたためでもある。もしも全員がムラサキメタリックを纏っていようものなら無傷で終わっていたはずだ。
やはり、前途は多難なようだ。
そして太陽が中天に達したぐらいだろうか。最初に目を覚ましたのはアーニャだった。




