657、ロガとダニィ
ドロガーとキサダーニを含む冒険者が五人。対する赤兜は三十人以上はいる。そのうちムラサキメタリックに換装できた者が三人。残りは未だ魔力が上手く使えないようだ。
「かかれ!」
そんな赤兜も隊長の号令で一斉に突撃を仕掛けてきた。槍を突き出し、ことごとく串刺しにせんと。
「下がれ! 俺の後ろまで!」
キサダーニが指示を出した。素直に従う冒険者達。従わないのはドロガーだけだった。
「やるぜぇダニィ……」
「へっ、仕方ねえな。やってやんよロガ。足い引っ張んなよ?」
「いくぜ……合わせてやるぜぇ……」
「おう!」
『旋廻痛恨鞭』
二人は一本のロープの両端を持ち回転させる。カースが見たら「大縄跳びかよ」と呟くことだろう。
そのような事で襲いくる槍衾を迎え撃つことが……
「ぎあああががががぁぁ!」
「ぐぎゃごごごぉおぼぼ!」
「ごげぇおおおおべげぇ!」
できている。どうやらロープに棘が付いており、赤兜の手を傷をつけたようだ。そこにドロガーの『激痛』が作用し、かすり傷にもかかわらず悲鳴をあげるほどの激痛を与えている。
風を切る音が吹き荒ぶ木枯らし並みに発生するほどの高回転であることも理由の一つかも知れない。
「ひるむな! 所詮はかすり傷にすぎん! 命に関わることなどない! あの縄ではなく両端の二人を狙え!」
赤兜の部隊は二つに分かれ、それぞれがドロガーとキサダーニに迫る。
「離せダニィ!」
「おお!」
キサダーニがロープから手を離すと、ドロガーは頭上で大きく回し始めた。
「ひゃごぇええええぇ!」
「ぬぁきゃあぁぁあぁ!」
「あがぐぐぐぬぬっお!」
先端が体を掠めると、赤兜はそれだけで激痛にのたうち回る。
「いつまでもそんな手が通用するかあ! パット! アルバ! テイジ! 行け!」
その三人はムラサキメタリックを纏っていた。無敵の鎧で体ごとロープを止めようというのだろう。
「甘ぇよ! ムラサキメタリックがなんぼのもんだぁ! ダニィ次ぃ!」
ドロガーは振り回すロープを三人のうち一人の足元に絡めてから後退する。それでも襲いかかってくる二人の剣をどうにか往なしつつ。
「ちっと待ってろ!」
キサダーニはキサダーニで赤兜に囲まれている。それでも剣と魔法を駆使しながらどうにか凌いでいた。
キサダーニの魔力庫には先ほどのロープと同じ物がもう三本入っている。どうにかドロガーと合流し、再び同じ攻撃をしようとするのだが……
「ぐあっ、くそがぁ……痛ぇじゃねぇか……」
ムラサキメタリックを纏った二人に前後を挟まれたドロガー。ジリ貧な上に、このまま時間をかけると先ほど足を封じたもう一人も立ち上がってくるだろう。ドロガーに余裕はなかった。
ドロガーとキサダーニ以外の冒険者も、赤兜を洞窟に入れないよう必死に戦っている。だが、腕と装備の差は歴然なようで……一人は倒れ、一人は逃げ、そして残り一人は……
「くそったりゃあああ! かかってこいや赤兜のド腐れどもがぁ! 俺ぁ死んでもここを守るからよぉ!」
傷を負いながらも奮戦していた。
「おらぁ!」
ドロガーを挟むムラサキメタリックに体当たりを敢行したのはキサダーニ。その体は傷だらけ、革鎧もボロボロになっている。
「やっと来たかよ……」
キサダーニの到着に合わせたかのようにドロガーは決死の覚悟で残る一人の剣をかいくぐっては肉迫し、足をかけ地面に押し倒した。そして兜の口の隙間に短剣を刺し入れ、すぐに離脱した。
致命傷ではないが、そのムラサキメタリックは絶叫をあげている。
「おめぇ……自慢のブラッディオーガの革鎧がズタズタじゃねぇか。そんなんで戦えんのかぁおお、ダニィ?」
「てめぇこそボロクソじゃねえか。後は俺に任せて寝とけや。ええロガよお?」
二人とも体中傷だらけになりながらも、へらず口は止まらないらしい。
「全員でかかれ! もう瀕死ではないか!」
「お前が来いや……」
「俺らが怖ぇんか? 俺らブラッディロワイヤルがよ?」
隊長が反応することはない。ただ残った赤兜を動かすだけだ。三十人を下回ったものの、依然として数の差は明白である。淡々と隊列を整えていく。
「なぁダニィよぉ……ヒロナぁ喜んでくれると思うかぁ? 俺があっちに行ったらよぉ。」
「バカなこと言ってんじゃねえぞ! いくらてめぇが仇をとったからってよ! あいつの一番のお気に入りは俺だからよ!」
応急処置をしたはずだがドロガーは弱気になっているのだろうか。魔力も体力も、そして血も少なくなっている状態からすると当然なのかも知れないが。
「構え!」
隊列はすぐに整った。多少人数が減ったとは言え、統率に問題はないらしい。
キサダーニは魔力庫から先ほどと同じロープを取り出し片方をドロガーに掴ませる。果たして同じ手が通用するものか。
ドロガーが背筋に冷たいものを感じたのは気温のせいだけではないのだろう。気を抜けば飛びそうになる意識を奮い立たせロープの端を強く握る。先端は金属で覆われているため硬く冷たい。そのせいなのか、これでだめならキサダーニだけでも逃すか……などと無駄に冷静なことを考えたりもした。
だが……
『水球』
その時だった。
ドロガーの頭上に冷たい水の塊が落ちてきたのは。
「今さー、他の女の話ぃーしてたよねー?」
気怠げに現れたのはクロノミーネだった。




