653、クロノミーネの尽力とコーネリアスの貢献
「おい! クロミ! 大丈夫なんかよ! しっかりしろぉ!」
「起きてるし……別にウチ元気だし……あ、狼殿いたの、ね!? ちょっ! ヤバすぎじゃん! もおおおおーー! 次から次に! どうなってんのぉ!」
「落ち着け。どうせお前にしか治せねぇんだ。魔力がねぇんなら俺のぉ吸っとくか?」
「吸うし! 手ぇ出して!」
「お、おお……ほれ。」
『魔力吸引』
「おい、遠慮すんな。ギリギリまで吸え。俺の魔力なんざお前からすりゃ微々たるもんだろぉがよ。こいつらぁ治すのぉ優先しろや。」
「分かってるし……」
「おぐっ……ふぅ……一気に抜きやがったなぁ……悪いな。後ぁ任せるぜ……俺ぁ寝る……」
そう言ってドロガーは洞窟の方へふらふらと歩いていこうとして……途中で倒れた。
「任せろし……」
『水球』
クロノミーネはまずカムイを水球に包み、しっかりと洗っている。特に鼻の周辺を。
それから……
『臓腑修癒』
次に、カムイの腹に空いた二ヶ所の傷に指を入れて治癒魔法を使った。
「はぁ……きっつ……も、もう少し……」
「あ、あの、クロミさん?」
そんな時に現れたのはアーニャだった。激しい戦いがあったのだ。目が覚めたのだとしてもおかしくないだろう。
「黒ちゃん? どうしたの?」
「こ、コーちゃんが……ぐったりしてて……」
「はあぁ!? 精霊様まで!? どーなってんのよ! ちょっと待ってて!」
さすがにダークエルフであるクロノミーネもとっくに限界を超えている。余裕など少しもないだろう。しかも今はカムイの治癒の真っ最中なのだから。
「あ、そうだ黒ちゃん! 中にいる人間! 全員起こして連れてきて! 早く!」
「う、うん、分かった!」
慌てて洞窟内に走って戻るアーニャ。
「んもぉーー! みんなして何やってんのよぉぉーー!」
文句を言いながらもカムイを治す手は止めない。いくらカムイの体調が悪くとも、傷さえ塞げば後は放っておいても大丈夫なはずだから。カムイならば、おそらく。
『走査』
並行してコーネリアスの状態もチェックするクロノミーネ。コーネリアスがぐったりして動かないなんて只事ではないのだから。
「よし……狼殿はこれでよし……血も魔力も足りないけど……自力でどうにかして……で、精霊様を……」
「あれ? 牙がない……根本から折れてるのぉ!?」
コーネリアスには一センチ程度の短い牙が二本ほど生えている、はずなのだが。今はそれが見えない。
「うーん……魔力が空っぽってことしか分かんないし……でも参ったし……精霊様にウチの魔力を入れるなんて真似はできないし……ほっとくしかないし……」
魔力は魔力でしかないはずなのに、なぜクロノミーネはそうしないのか。
「あ! もしかして!?」
慌てて立ち上がり、カースの首を覗き込んだクロノミーネ。
「やっぱり。ニンちゃんの首の傷……嫌な感じがしないから放っておいたけど……これって精霊様の牙だし……」
「どうしよ……」
クロノミーネは困っている。抜くのが正しいのか、このままにしておくのが正しいのか、判断がつかないようだ。
クロノミーネの見立てによると、カースの首に突き刺さり、埋没している二本の牙はカースに何らかの活力を与えているようだ。それこそが魔力も体力も枯渇したカースを揺り動かした原因かも知れない。
それだけに、今その牙を抜いてしまうと……むしろカースにとって悪影響を及ぼす危険すらあるのだ。
しかし、その牙を取り戻さないとコーネリアスがさらに弱ってしまうような気もしている。いくらクロノミーネがダークエルフとは言え、精霊の生態など知るはずもなく、途方に暮れていた。
「あ、あの、クロミさん。連れてきたよ……」
「ああ、黒ちゃんありがと。じゃあ一列に並べてくれるー?」
クロノミーネからすれば有象無象の人間などそこらの木石と変わりない。
「う、うん。ほら、皆さんこっち。並んでください。」
眠そうで怠そうな態度を隠すこともなく、女達はダラダラと歩いている。
「早くしろし! ダラダラすんなし! まずお前! 手ぇ出せし!」
ビクッと手を出す女。その手を無造作に掴むクロノミーネ。そのまま有無も言わせず魔力を全て吸い取ってしまった。当然ながら女はその場に倒れ込んだ。
「次ぃー!」
「ちょ、ちょっと何を……」
「いいから手!」
やはり一瞬にして容赦なく全魔力を吸い散らかすクロノミーネ。
「次ぃ!」
それからもクロノミーネは女達から容赦なく魔力を抜き続けた。相手の体調に考慮することなく、限界も何も気にすることなく全てを。
「クロミさん、私にも魔力あるよ? 少ないけど……抜かないの?」
「黒ちゃんはこいつらを洞窟に運んでやってよー。大変だろうけどさ。ウチはまだやることがあるしー。」
「う、うん。クロミさんもがんばって。あ、そ、その、カースの具合って……どうなのかな……?」
「うーん……分かんない。分かんないけど問題ないと思うよー。あーしんどぉ……」
「そうなんだ……ごめんね。私なにも役に立たなくて……」
「別にいいしー。ニンちゃん達のことはウチがやるしー。」
クロノミーネはそれからもぶつくさ言いながらも献身的にカース達の面倒を見続けたが……ついに倒れた。
やがて朝は来る。辺りがゆっくりと明るくなっていく。
奇しくもこの日は一月二十五日。
天王ジュダがカース達を天道宮へと招く日である。果たしてその予定はどうなるのか。
アーニャを除き、全員が起き上がることもできないこの状態で。
もしも今、こんなところを攻め込まれたら……




