652、駆けつけたクロノミーネ
「あんだぁこりゃ? めちゃくちゃじゃねぇか。どうなってんだよ?」
「どうせニンちゃんじゃなーい? 大人しく寝てればいいのにさー。でも心配だから少し急ぐしー。」
「ま、待てよ。足元が危ねぇからよぉ……」
「ほぉら。そんなら手ぇつないであーげる。どうせ飛ぶしー。行こ行こー。」
「お、おお……」
カースの高波はかなりの広範囲まで被害をもたらしたようだ。倒木にぬかるみ、とても歩けたものではない。
「あれ? さっきまで明るかったのにー。もー。」
『光源』
「めちゃくちゃ明るいじゃねえか。さすがクロミだぜ。」
「まーねー。これならニンちゃん探しやすいんじゃーん?」
「魔力探査とかで探せねーのかよ?」
「あー無理無理。だってウチでもよっぽど近付かないと感知できないしー。ニンちゃん変だもん。」
「あー、そうだっけか。まあいいや。どうせ魔王のこった。そこら辺で大暴れしてんだろ。音のする方に行きゃあいいぜ。」
「そーねー。でもさっきから静かだけどさー。うーん。」
『集音』
「あっち行ってみるよー。変な音がするしー。」
「どんな音だぁ?」
「なーんかズルッズルッって感じ? 死にかけの魔物的な?」
「そりゃあ生き残ったエチゴヤなんじゃねぇか? あいつみてぇによぉ?」
ドロガーが顎で指した方向にいたのは横たわった深紫だった。動く気配はない。
「どーする? 殺しとく? ウチはどうでもいいしー。」
「今ぁ魔王たちと合流すんのが先だろうぜ。音のする方へ行ってみようぜ?」
「そーねー。こっちこっちー。」
「それにしても夜襲かよ。エチゴヤらしいぜ。俺を呼びに来て正解だったのか、それともクロミも待っておくべきだったのか。難しいところだぜなぁ?」
「どっちでもいいんじゃん? ニンちゃんが寝てても金ちゃんいるし。狼殿だっているしー。あっ、ニンちゃん!」
「どこだ? あ……マジか……」
クロノミーネが指し示す方向にはカースがいた。立って歩いている。左脚の傷を手で押さえながら、なぜか傷口に指を入れながら……
「ニンちゃんニンちゃん! 何やってんのよ! 寝てなきゃだめじゃん!」
「やべぇぞこりゃあ! おい魔王どうなってんだよ! ポーションねぇんかよ!」
「遅えん……だよ……アレクとカムイを……頼む……」
カースは崩れ落ちた。糸が切れたように。
「ちょっ! ニンちゃーーん!」
「おっ、おいどうすんだ!」
「ドロガ! 金ちゃんと狼殿を探して連れてきて! ニンちゃんはウチが何とかするし!」
「おう! 任せろや!」
ドロガーは走り出し、クロノミーネはカースの服を脱がせにかかる。
「もおぉぉーー! ニンちゃんのバカぁぁーー!」
カースを宙に浮かせて素早く衣服を剥ぎ取ったクロノミーネ。全身を確認している。
「はあぁ!? めちゃくちゃだし! ニンちゃん何やってんのよ!」
左の大腿部は骨にまで達するほど深く切れており、腹部にはムラサキメタリックの弾丸がめり込んでいる。右の膝は折れる寸前。そして首筋には二つの深い刺し傷まであった。
『魔力譲渡』
『肉治体癒』
「よぉし! 脚は終わりっ! 次は……んん? んもぉー! 何これぇー! 全然抜けないし!」
ムラサキメタリックの弾丸を魔法で抜くのは難しい。腹に手を入れて抜き取る方が無難だろう。もちろんクロノミーネもそうした。
「あぁーもぉー!」
なかばヤケなのか、クロノミーネは魔力ポーションを取り出して激しく煽った。まずさ故に一気に飲んでしまいたいのだろう。
「はあぁ……次は……膝!」
『骨格整癒』
「はふぅー。最後は首だけどぉー……これって……ほっとこ……あー疲れたし! もおおぉーニンちゃんのバカバカ! どんだけ無茶してんのよ! 人間のくせに! 普通死ぬし! もお!」
『水活』
カースはカプセルのような水に包まれた。後はもう休むだけなのだろう。
「これでよし……っと。分かってるし……ニンちゃんは金ちゃんのために立ち上がったんだよね? とっくに限界超えた体で無理矢理さ……」
クロノミーネがカースの額に手を当て、顔を覗き込む。
「ニンちゃんってすごいね……あんな魔法が効かない奴らだって楽勝だし。すごいよ……」
「魔王の寝込みを襲う気かぁ? 女神に告げ口してやんぞぉ?」
「ああドロガ。あ、金ちゃんいたんだ。うっわー金ちゃんまでボロボロだしー。そんじゃ次は狼殿ね。早く連れてきてねー?」
「おうよ。つーかおめぇ大丈夫なんか? 魔力やべぇんじゃねぇのか?」
「へーきへーき。このぐらい楽勝だしー。ほらほら早く早くー。」
「お、おお。探してくらぁ。」
先ほどのカースと同じように手早く服を脱がせ、アレクサンドリーネの容態チェックを始めたクロノミーネ。
「はあぁ……金ちゃんも無茶してるし……歩けなくなっても知んないよー? 全身の筋肉がズタズタだし……うっわ膝も砕けそう。ほんっと、お似合いの二人だし……」
『肉治体癒』
『骨格整癒』
『水活』
「あー……もー無理。頭おかしくなりそー……」
ぬかるみを気にすることなく地べたに身を投げ出したクロノミーネ。制御の難しい上級治癒魔法を立て続けに何度も使ったことで、相当疲れたのだろう。魔力の消費は当然のことながら、繊細な制御にかなり神経を削ったことだろう。
制御の精密さや魔力量の多さに定評のあるダークエルフだが、体力ではエルフに劣る。ここ連日の出来事もあり、クロノミーネとて万全の状態とは程遠い。そもそも治癒魔法が得意でないと自称しているクロノミーネだ。
それでもカースやアレクサンドリーネのためなら身を削ってでも治癒にあたっている。その心中たるやいかなるものなのだろうか。




